推し問答!【10人目:オタクになれなかった人 社会学者 橋迫瑞穂前編】推し活宗教論?

様々な人に「推し」や「推し活」について語ってもらう「推し問答!~あなたにとって推し活ってなんですか?」、第10回のゲストは、スピリチュアル文化を研究する社会学者の橋迫瑞穂さんです。なお、この記事は前編になります。

 

取材&文/藤谷千明  題字イラスト/えるたま

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推しとスピリチュアリティ、「何かを信じる、夢中になること」という意味では似ているような気がしませんか? 「ハマりするぎるとヤバい?」という点もやはり共通しているような……。あるいは「推しは宗教」なんて冗談めかしていいますし。そんなわけで、私が普段なんとなく感じていることを専門家に聞いてみましょう、という回です。

誰かに心を動かされるという現象は、色々なものを動かします。自分の心、行動、時間、あるいはお金……。バラエティ番組の署名から、オタクの聖地巡礼についてまで、思いのほか、話題は多岐に渡りました。

 

【1人目:ジャニーズオタク松本美香さん】「あの頃の未来にオタクは立っているのかな」

【2人目:仮面推し活経験者 野田春香さん】「時にオタクは推しを隠してた Because I love you」

【3人目:メンズ地下アイドルオタク Kさん】「推しとオタクとドラマと部活」

【4人目:芸人オタク 手条萌さん】「Chu! ワーキャーでごめん」

【5人目:Vtuberオタク Wさん】「健康的なオタ活ですわ皆様方〜!」

【6人目:ホスト好き 佐々木チワワさん】「消費社会とぴえんの報道」

【7回目:推し活今昔物語〜「推し活!展」に行ってみた〜】

【8人目:2.5次元好きの臨床心理士 笹倉尚子さん】「オタクなカウンセラーに推し活をまじめに語ってもらってみた」

【9人目:新規ハイ経験者 藤原麻里菜さん】「推して、推されて、脳の汁」

 

「熱狂する」って、かなり危なさをはらんだ社会的行為だと思うんです

 

藤谷千明 あなたにとって「推し」ってなんですか?

 

橋迫瑞穂 いきなり暗いことを言って申し訳ないのですが、「常に私を裏切ってきたもの」ですね。

 

藤谷 本当に直球で来ましたね。「裏切る」とは?

 

橋迫 例えば、ずっと好きだった俳優や作家が若くして亡くなってしまうことが続いたり、好きだったバンドマンが大きな不祥事を起こしたり……。ずっと好きなままでいることができる、私にとって唯一裏切らない存在は『ケロロ軍曹』くらいですね。

 

藤谷 『ケロロ軍曹』のファン歴はどのくらいなのでありますか?

 

橋迫 なんとなくスカパーのアニマックスチャンネルを観ていたときに、たまたま流れていたんです。シーズン3の途中あたりかな。その頃、博士号をとるだとか論文を執筆するだとか、とにかく忙しかったんです。

 

藤谷 その多忙な時期に『ケロロ軍曹』が、心に入り込んできたのでありますか?

 

橋迫 地球が破滅寸前なのにも関わらず、ケロロ軍曹とギロロ伍長が「なんで俺たちは地球を支配しようとしてるんだろう」と明後日の方向に言い争っているのを観て「くだらなすぎる!」と感動を覚えたんです。

 

藤谷 2次元のキャラクターの場合、3次元の生身の人間よりは「裏切られる」ことは少ないのかもしれません。もちろん、キャラクターが「無」から発生するわけではなく、色々な人が関わっているわけですが……。

 

橋迫 おっしゃるように、2次元なら安心かといえば決してそうではありません。制作側や演じている声優さんになにかあった場合もそうです。でも、そもそも「推し」という言葉でごまかされている部分が大きいと感じているんです。

 

藤谷 と、言いますと?

 

橋迫 そもそも「熱狂する」って、かなり危なさをはらんだ社会的行為だと思うんです。

 

藤谷 まあ、「たくさんの人が熱狂する」というのは、「推し」からやや飛躍しますけれど、時と場合と対象によっては「動員」や「戦争」に繋がりかねないとは感じます。とはいえ、例えば「推し活」=「戦争への道だ」とまでは思わないし、『ケロロ軍曹』が軍国主義だとかそういう話でもなく(それはそう)。「人の心を動かす方法」というのは、そのくらい「取り扱い注意」なもの、というか。

 

橋迫 社会学には「遊び」という概念があるんです。その場で皆で遊ぶ、スポーツをする、ライブで盛り上がる……そういうことを分析するんですけど。そこで何より重要なのは「限定性」ということを主張していて、つまり「遊び」には「日常に戻る」ことが必要になります。

 

藤谷 ずっと「非日常」のままでいては、よくないですよと。

 

橋迫 「非日常」の線引きを設定しないと、ずっと熱狂し続けていることになる。そこで「推し」という言葉は、その「限定性」や「非日常」の線引を曖昧にする効果があるというか、「推し」という言葉はすでに「日常」に溶け込んでいますよね。

 

藤谷 それこそ、この連載では「推し」は空気や光に例えられていたこともありました。それは「日常」になくてはならないもの。そこには「寄り添うもの」としての意味合いもありますが、SNSから「推しの情報」が休むことなく「日常」に供給されていることも繋がっている気がします。この連載、かれこれ1年近くやっているのですが、最近周囲からやSNSから「推し活」に不安や疲れ、後ろめたさを感じる声が目立つようになった気がして。これはジャニーズ問題など大きな報道などの影響もあるかもしれませんが、ブームによって情報過多になっていることもあるのでは……という。

 

橋迫 私はスピリチュアリティを専門に研究しているんですけれども、「スピリチュアル・コンテンツ」の例えば「ヒーリング」とかって「ハマりすぎる危ういもの」として世間に認知されているという印象があります。おそらくもっともカジュアルな「占い」だって、それに頼り切りの人がいたら……。

 

藤谷 周囲にそういう人がいたら「落ち着け」と、なりますね。

 

橋迫 もちろん、スピリチュアル・コンテンツのなかでも医療を否定した出産や育児などは、別の問題をはらんでいます。ただ、基本的にスピリチュアリティって「限定性」が守られている場合の方が多いんです。「オーラや霊が見える」という人も、「人に話すとヤバいと思われるから」と、すごく注意深く線引きをしている。一方で「推しのためにお金を使って頑張っている」ことは、無邪気に肯定されている傾向がありませんか?

 

藤谷 そういえば、スピリチュアリティ好きな人はお金を使っても「経済を回している」みたいな言い方はしない印象がありますね。「スピリチュアリティのカリスマに心酔して大金を使う」ケースもネットニュースで目に入ってきます。

 

橋迫 それもあります。「よくわからないヒーラーやセラピストに10万や20万も払うなんて」という。とはいえ、「推し活」でそのくらい使う人がSNSやメディアに出てきたところで、もはやあまり驚く人はいないじゃないですか。むしろ「推しのためにお金を使って頑張っている」という風に捉えられることもある。それは本当に「努力」として認められてよいものなのでしょうか。

 

藤谷 ……「頑張っちゃう」側の気持ちも大変わかるのですよ。それに、近年の「推し活」ブームは女性の消費が中心だったじゃないですか。そこには「女の幸せは恋愛して結婚して子供を生むことだけじゃないよ」や「結婚して子供がいて家庭が大変でも推し活をしてる間は役割から解放されている」みたいな、カウンターの意味合いもあったと思うんです。ただ、カウンターはいつまでもカウンターのままではいられないわけで。そこに何か迷いを感じている人も多いのかしら、と。

 

現在の「推し活」ブームは、極端に「お金の問題」に集約されてしまっている

 

橋迫 いや、「推し活」ってそもそも自分のためのものですよね。それをわざわざ「カウンター」にする必要はまったく無いと思うんです。

 

藤谷 あ、今「クリティカル」入りました。

 

橋迫 もちろん、社会からの「逃げ場」がカウンターになるのはわかります。ただ、社会から自分のことを守りたい、ケアしたいという行為が、かならずしもカウンターである必要はない。やっぱり最終的に自分自身が「快」か「不快」かの二択だと思うんです。「昨日のライブが良かったから、またこの先も生きていられる」という感情は誰にも責める権利はないじゃないですか。

 

藤谷 シンプルに「生きがい」ですからね。「いつまでもしょうもないモン追っかけてないで日常に帰りなさい」という声が足りてないと。ちなみに私は高校時代、親から「27歳になったら(今でいう推し活を)やめろ」みたいなことを言われた記憶があります。もはや数える気もないほど余裕で超えておりますが……。

 

橋迫 「生きがい」のために働いてお金を稼いで、使う。それそのものは誰かがとやかくいうことはないと思うんです。ただ、現在の「推し活」ブームは、極端に「お金の問題」に集約されてしまっている気がするんです。「お金を使うことは素晴らしい努力でもなんでもないことですよ」と冷たく突き放す機能が社会から失われていると感じます。これは「スピリチュアリティ」でも頻出する問題なのですけれど、こういう努力って諦めがつかないんですよ。ギャンブルと似ていて、ただ、お金を使っているだけなのに、「この努力に相当する見返りがない」という思考回路に至るわけです。

 

藤谷 そもそも、「ファンの応援」という行為がこんなに「努力」みたいな空気になったのって、わりと最近だと思うんです。25年前、私が学生時代の頃に好きだったミュージシャンは「オリコンチャートで1位をとりたい」とインタビューなどで公言しているような人でした。でもそれを読んで、私は一度も「じゃあCDを何枚も買おう」という発想になることは、1ミリもありませんでした。

 

橋迫 私、ポケットビスケッツの署名運動(※)を当時の子どもたちが率先してやっていて、びっくりしたんです。「子どもにこんなことをやらせるなんて!」って。

※バラエティ番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』で生まれたユニット・ポケットビスケッツが98年に行った100万人以上の署名を集めたら新曲が発売できるという企画。なお180万人近い署名が集まった

 

藤谷 たしかに、そのあたりから少し空気が変わった感はありますね。とはいえ、直接お金を払う仕組みではなかった。この20年くらいの間に「何か」が変わっているわけです。古くは05年に『ハッピー☆マテリアル』をオリコンチャート1位にしようとネット上で盛り上がったこともありました。オタクの「消費」がなんらかの意思表示になっている。それこそ色々ありましたよね。「アニメ『らき☆すた』の影響で町おこしに」と、いわゆる「聖地巡礼」ブームもありましたし。これは「良い例」かもしれませんが。

 

橋迫 そうとも言い切れません。『らき☆すた』では鷲宮神社も「聖地」として扱われていますし、ほかにも、『ラブライブ!』では神田大明神が関わってきます。どちらも実在する神社です。もっと慎重に扱うべき題材のはずですが、研究者からも批判の声はあまり見られず「町おこしできてよかったね」というばかりで。最近は少し風向きも変わりましたが。

 

藤谷 それでいうと、私、元自衛隊というのもあって、『ガールズ&パンツァー』で大洗が盛り上がっているときに、自衛隊の戦車を展示していると知って、軽く「引いた」んですよね。例えば、自衛隊が駐屯地を開放して一般公開する「お祭り」はありますが、この場合、橋迫さんのおっしゃる「日常」に介入しすぎているのでは……? と。

 

橋迫 あのときも、地元の共産党議員の方が「戦車を観光目的として展示することには問題がある」と指摘したんです。そうすると、当然ながら反発が生まれ、クリエイターの方からも「せっかく作品で町おこしできたのに」と。

 

藤谷 正しいかそうでないかの議論の前に、まず「経済効果」に説得力が生まれてしまう。正直、そうなるのもどこか「仕方ない」と思っちゃう自分もいるんです。とはいえ、これは推し活全般にもいえることかもしれませんが、何かあると「私たちはお金を払っているのだから」というフレーズがまず最初に出てきがちじゃないですか。でもその発想って突き詰めるとネットでよく見るモラハラ夫の「誰のおかげで食えてるんだ」に重なるのでは……と。「誰のおかげで食えてるんだ」「誰のおかげで経済効果生まれてるんだ」というか。それはさっきの「努力」の対価が傷つけられていると感じているのかもしれません。……これは陰謀論でしょうか。

 

橋迫 しかも、それは「売る側」の正義ですよね。

 

藤谷 「買ってる側」もそこに乗っかってるような……。

 

橋迫 「買う」気持ちよさって、天井知らずなんですよ。でも何が「自分にとって気持ちのよいこと」なのかが問題になってくる。本来なら自分のためにコンテンツがあるはずなのですが、価値が転倒してある種のマゾヒズムが生まれるというか。

 

藤谷 それが楽しいのも、脳汁出るのもわかるんですよ〜。

 

橋迫 それが楽しいというのは当然のことで、だって難しく考える必要も、コントロールする必要もないのですから。ただ、「お金」って本当に大事なものじゃないですか。だからこそ、改めて自分自身に確認する必要が出てくるのだと思います。

 

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【当連載が一冊の本になりました! この記事の後編部分を含めた、過去連載に加筆修正を加え、全て収録! ぜひ書籍もお手に取ってください】

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推し問答!【10人目:オタクになれなかった人 社会学者 橋迫瑞穂後編】推し活宗教論?

 

橋迫瑞穂●1979年、大分県生まれ。立教大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程後期課程修了。立教大学社会学部他、兼任講師。専攻は社会学、文化社会学、ジェンダーとスピリチュアリティ。また、ゴシック・ロリータやゲーム、マンガなどのサブカルチャーについても研究している。著書に「妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ」(集英社新書)などがある。

藤谷千明(ふじたに・ちあき)●1981年、山口県生まれ。フリーランスのライター。
高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後多くの職を転々とし、フリーランスのライターに。ヴィジュアル系バンドを始めとした、国内のポップ・カルチャーに造詣が深い。さまざまなサイトやメディアで、数多くの記事を執筆している。近年はYoutubeやTV番組出演など、活動は多岐にわたる。著書に 『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)。共著に 『アーバンギャルド・クロニクル「水玉自伝」』(ロフトブックス)、 『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック)、『バンギャルちゃんの老後 オタクのための(こわくない!)老後計画を考えてみた』 (ホーム社)などがある。 Twitter→@fjtn_c

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