様々な人に「推し」や「推し活」について語ってもらう「推し問答!~あなたにとって推し活ってなんですか?」、第9回のゲストは、「無駄づくり」で知られる発明家の藤原麻里菜さんです。なお、この記事は前編になります。

取材&文/藤谷千明 撮影/佐野円香 題字イラスト/えるたま
「無駄づくり」をテーマに発明品を制作しつづけている藤原さん。「その発想はなかった」と思わせてくれるユニークな作品はYouTubeやSNSで話題となり、現在はコンテンツクリエイター、文筆など、幅広い活躍をされています。
そんな藤原さんですが、「文學界」の連載『余計なことで忙しい』によると、コロナ禍の間にオーディション番組やK-POPにハマったそうです。しばらくすると熱が落ち着いてきたものの、そのタイミングで推しのK-POPグループが来日。「現場」の楽しさを知ってしまったというか、推しを生でみると「パチコーンとなる」「脳から汁が出る」という状態になったのだとか。なお、藤原さん的には東京ドーム出口の風がやたら強いのは、脳汁を乾かすためだと解釈しているそうです。そっか〜! そんな、最高なパワーワードを連発されている文章を読んだ私は、「ぜひ話をお伺いしたい!」とお声がけしました。
ただ、藤原さんは楽しいのは間違いないけれど、その状態をご自身でも少し不安に思っているようで……? その不安の正体はなんなのでしょう?
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目次
「日プ無印」がきっかけでK-POPの沼に入りました
藤谷千明 あなたにとって「推し」とはなんですか?
藤原麻里菜 「余分なもの」だけど「あったほうが楽しいもの」です。
藤谷 まさに、藤原さんが大切にされている「無駄」とも重なってきますね。
藤原 それもあります。ただ、あまりにもハマりすぎてしまって推し中心の人生になってしまうことに対する危機感も少しあります。
藤谷 前回ゲストの笹倉さんもそうおっしゃっていました。だから「嗜好品」の域にとどめていたいと。今回、藤原さんにお声がけしたきっかけは、『文學界』の連載エッセイなんです。そこでK-POPにハマって「パチコーン」となってしまった、というフレーズがすごく印象に残っているんです。それは初めての体験だったのでしょうか?
藤原 小さな頃からオタクというか、アニメやゲームも好きでしたし、なにかにハマるということは日常的なことではありました。
藤谷 それこそ、「無駄」もSAKEROCKのサイトにあった「無駄」と書いてあったページからであると、インタビュー記事で知りました。
藤原 はい、当時はSAKEROCK のCDが発売されたら必ず買っていたし、突発的にライブがあると告知されたら、急いで駆けつけたりもしていました。
藤谷 本当にSAKEROCKの「熱心なファン」だったんですね。そういったこれまでの経験と、「パチコーン」の違いってなんなんでしょうね。
藤原 シンプルな「好き」とは、なんだか違いがあるように感じています。「キュンキュン」ではなくて、「パチコーン」はアドレナリンが出ているような……。
藤谷 脳から出る物質の違いの可能性が……。では、藤原さんがK-POPにハマった経緯を教えてください。
藤原 コロナ禍に入ったばかりのころ、『PRODUCE 101 JAPAN』(日プ無印)を友だちから勧められたんです。これまでオーディション番組に馴染みがなかったけれど、時間があったこともあり、見始めたら、その面白さに夢中になったんです。ちなみに推しは佐藤景瑚くんです。
藤谷 オーディション番組、いわゆる「サバ番」がきっかけなんですね。私はサバ番もK-POPもあまり詳しくないのですが、同居人(※藤谷はオタクな同居人たちとルームシェア暮らしをしています)が『PRODUCE 101 JAPAN』にハマっていたので、話は多少伺っております。
編集部(K)私もサバ番、大好きです!
藤原 番組では、K-POPグループの曲が課題になるんです。それで自然と原曲にも興味を持つようになって……。
藤谷 おやおや、沼ですね。
編集部(K) 沼なんですよ〜(笑)。
藤原 それで、SNSで佐藤くんを推している人たちのアカウントと相互フォローになって、推し語りや情報交換をするようになったんです。皆さんK-POPにもすごく詳しくて、そこでNCT127の「英雄; Kick It」のMVを観て、こんな世界があるんだ!と興味を持ちました。YouTubeのコンテンツも豊富ですし、英語の勉強にもなるかも、くらいの軽い気持ちで見始めたんです。
藤谷 (MVを見ている)かっこいいですね。
藤原 曲もすごく好みだったし、どんどんNCTのパフォーマンスや世界観に惹かれていきました。その中でもテンさんが素敵だなと、目で追うようになって、そこから……。
藤谷 沼っていうか、もう滝ですね。「流れ」がキレイです。テンさんの魅力はどこにありますか?
藤原 テンさんは、本当になんなんだろう……? なんだろうな……?
藤谷 (無言でにっこり)
藤原 もちろん、歌やダンスの技術も素晴らしいのですが、「続けることの尊さ」を持っている人なんですね。小さい頃から音楽を続けていて、今はアイドルとして歌って踊って、たくさんの人を楽しませています。「好きなことを続ける」という中でも、どこかで必ず困難が生まれると思うんです。
藤谷 藤原さんもご自身の「無駄づくり」活動を10年以上続けていますよね。
藤原 はい、だから「続けることの困難さ」というのは自分なりに感じています。だからこそ、テンさんには「好き」という理由だけで続けているストイックさが感じられて、すごく好きなんです。

脳から汁が出る状態=「パチコーン」と、我々はどう向き合うべきなのか?
藤谷 そういう、メディアを通してもうかがえる「人となり」みたいなものへの尊敬や憧れってあるじゃないですか。その一方で、エッセイに書いてあったような「パチコーン」というか、脳から出る物質というか。あれでガンギマリになるのは果たして良いことなのか? あの「パチコーン」とどう向き合えばいいのか? 最近よく考えるんです。だからといって、「推し活は依存だからやめましょう。周囲の人間関係を大切にしましょう」と言われたところで、私は「残念! 周囲の人間関係、大体推し活から! 同居人もオタク!(※繰り返しますが藤谷はオタク4人暮らしをしています)」みたいな気持ちになります(笑)。
藤原 あるいは「(推しを)消費してばかりしていいのか?」みたいな疑問も湧いてくることもあります。
藤谷 「消費」も難しい言葉ですよね。最近「推しを消費したくない」「消費してはいけません」という言葉をよく見るようになりました。皆が、推しは「消費」される存在だと思うようになったというか。なにが消費でなにがそうじゃないのか。「顔がいい」って褒めることすら「どうかと思う」という、ご意見もある。ステージの上の人に「顔がいい」がダメって、……もう、どうしたらいいんですか! 歌やダンスの技術も含めて総合的な振る舞いの良さの話が表情に出た結果、「顔がいい」や「ヴィジュ爆発」じゃないんですか? でもこれが「何を言ってもセクハラになるんじゃないか」的な野蛮人発言と同じことなんでしょうか? ゼーハーゼーハー。
編集部(K) 藤谷さん、お水飲みますか?
藤谷 ありがとうございます。……話を戻します、本当にサバ番は「運営や推したちが提供するエンタメを楽しく消費する」ではなくて「推しそのものを不当に消費する」のでしょうか。
藤原 だって、「人生がかかっている」わけじゃないですか。それをエンターテイメントとして楽しんでいいものなのでしょうか。それは倫理に反している「消費」のような気もしてくるんです。
藤谷 オーディション番組やアイドルグループの人気投票は「アナタの一票が!」と、運営の方がガンガンこっちを誘導してくるイメージがありますし……。
藤原 そう、合格した人だけでなく、番組には参加したもののメンバーには選ばれなかった人が、のちのち意図せぬ形で有名になってしまうこともあるんです。番組が終わったら建前上は一般人なのに、影響力を持ってしまった結果、SNS上の振る舞いで炎上したりして。そんな風に人生が大きく変わってしまう人もいる。そこには推す楽しさや情熱がある一方で……。
藤谷 歪みが出てしまうかもしれない、と。それはアイドルやサバ番だけの問題ではなく、えーと、他意はないのですが、全国高等学校野球選手権大会を例に出させてもらいますね。野球ファンの方すみません。伝統ある高校野球だって、近年「子供にあんな無理をさせていいのか」的な議論をSNSで見ることが増えました。我々は炎天下で白球を追うさまを、エアコンの効いた部屋でテレビ見てるわけですよ。それも「消費」と言えます。そして、高校球児たちは「望んで」甲子園を目指している。他人の青春や人生のきらめき、その美味しいところを抽出するシステムが、そこかしこに「エンターテイメント」の形で存在している。そしてその後の話は、私も含めて知ったこっちゃない。というか、そもそもこっちが「望んで」も、責任なんてとれないわけです。ゼーハーゼーハー(水を飲む)。
藤原 だから、ずっと見ていると、「このまま楽しんでいいのかな」と、罪悪感が生まれてくるんですよね。アンビバレントな状態に苛まれているというか。
藤谷 その後ろめたさ含めて、近年はエンタメ化してる感すらあるのでは? と、考えてしまいます。
編集部(K) 私も思うところはありつつも、結局は好きだから見ちゃうんです……。
藤谷 公式からお出しされてるコンテンツを、好きで見ることの何が悪いんですか! という気持ちもあります。藤原さんのエッセイには、サバ番からのK-POP熱が一通り落ち着いたあと、実際に「現場」で生の推しを見たことで「パチコーン」になったと。
藤原 そうです。K-POP熱が落ち着いてきたタイミングで、初めて推しの現場へ行ったんです。席は遠かったけど、「推しがあそこにいる」と思ったら、なんだか涙が出てしまって……。「自分はアイドルを見て涙するような人間だったんだ」と感慨深くなったことをよく覚えています。
藤谷 脳と目から汁が……。気持ちはとてもわかります。
「推し活」と「恋愛」の明確な違いは、「好き」を伝えることに上限がないこと
藤原 「推しを生で見る」という経験をしちゃうと、またそれを求めてしまう自分がいるんです。そのあと一緒に行った友達と感想を語らったり、それも楽しいですし。ただ、どんどんエスカレートしそうで怖くなってきて……。それは「推し活」と「恋愛」の違いだなと。
藤谷 「(ステージの上の人を)推すこと」と「(身近な人間に)恋すること」の違いは様々な解釈があります。藤原さんはどうお考えですか。
藤原 「好き」を伝えることの上限が見えないというか。
藤谷 なるほど。
藤原 日常、職場や学校の周囲の人間関係であれば、「好き」と伝える方法は告白くらいですよね。
藤谷 はい、そして、「ゴール」と呼べるものは「付き合う」or「振られる」くらいですよね。
藤原 好きな人に気に入られよう、気を引きたいと思って行動することはあると思うけど、 例えばその人の卒業アルバムの写真をこっそり見よう、写真をSNSにアップしようなんてことは考えないでしょう。
藤谷 卒アル見てキャッキャするのは、付き合ってから2人でやることですよね。ちなみに、私はそんなこと、一度もやったことありませんが……。
編集部(K) それは誰も聞いていませんよ。
藤谷 はい。「推しと恋は違う」は、良い意味で使われることも多いです。尊さや崇高さとして表現されることもある。いわゆる「恋愛至上主義」のオルタナティブとしての「推し活」もある、と。「それはモテないことからの現実逃避ではない」というか。でも、おっしゃるように「終わり」のパターンは、自分が飽きるか推しがいなくなることくらいしかない。
藤原 何度もライブに行くだとか、たくさんCDを積んでヨントンに応募するだとか。そういった「好き」の表現の仕方を突き詰めてしまうと、あとは感情のゆく先がないじゃないですか。そこから人によっては、推しのプライベートな情報や、非公式の情報を入手しようとすることで、「好き」の気持ちをなんとかしようとしてしまう。推しっていう存在は「好き」を処理するための方法があんまりないのかもしれない。だから色々集めてしまうのかも。
藤谷 第7回では、演劇博物館の取材をしたんです。そこで、推し活とは「集める」でもあるというお話を伺いました。そして、それは江戸時代の浮世絵でも、現代のデータでも変わらないとおっしゃっていました。これは「いい意味で」の話だったのですが……。
藤原 本来なら値段のついていないはずの場所までコンテンツにしているような気もしていて。そうやって推しの人生が消費されていっちゃうんじゃないか、そしてファンである自分自身が、誰かの人生を消費してばかりいると、自分の主体性ってなんだろうって思っちゃって……。
藤谷 芥川賞を受賞した、宇佐見りんさんの小説「推し、燃ゆ」の結末は、ネタバレになりますが(芥川賞小説のネタバレ、気にする人いるんですか?)、推しを失ってしまったことをきっかけに自分の人生に向きあおうとしている……と私は解釈しています。ただ、まあこれも程度問題ですよね。この連載、本当に程度問題としかいってないな。
後編に続きます!

藤原麻里菜●1993年生まれ。コンテンツクリエイター、文筆家。株式会社 無駄 代表取締役。2013年から頭の中に浮かんだ不必要な物を何とか作り上げる「無駄づくり」を主な活動とし、YouTubeを中心にコンテンツを広げている。2021年「考える術(ダイヤモンド社)」「無駄なマシーンを発明しよう(技術評論社)」を上梓。『文學界』にて、「余計なことで忙しい」を連載中。
藤谷千明(ふじたに・ちあき)●1981年、山口県生まれ。フリーランスのライター。
高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後多くの職を転々とし、フリーランスのライターに。ヴィジュアル系バンドを始めとした、国内のポップ・カルチャーに造詣が深い。さまざまなサイトやメディアで、数多くの記事を執筆している。近年はYoutubeやTV番組出演など、活動は多岐にわたる。著書に 『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)。共著に 『アーバンギャルド・クロニクル「水玉自伝」』(ロフトブックス)、 『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック)、『バンギャルちゃんの老後 オタクのための(こわくない!)老後計画を考えてみた』 (ホーム社)などがある。 Twitter→@fjtn_c
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