様々な人に「推し」や「推し活」について語ってもらう「推し問答!~あなたにとって推し活ってなんですか?」、第8回のゲストは臨床心理士の笹倉尚子さんです。なお、この記事は前編になります。
取材&文/藤谷千明 題字イラスト/えるたま
笹倉さんは、「サブカルチャー臨床研究会(さぶりんけん)」という団体の代表をつとめています。カウンセリングの現場でもアニメやゲーム、マンガ、あるいはアイドルなどの話が出ることも多いそうで、日々更新されるサブカルチャーの情報を共有し、ひいては現場で活かせる知識を模索していく会だそうです。さぶりんけんは先日『サブカルチャーのこころ オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』という本も出版しました。
「推しは心の栄養」なんていいますし、その一方で「推しがしんどい」という日もあります。人々の心にとって「推し」とはどういう影響をもたらすのか。そんなお話を伺ってみたいと思ったのですが、前編は笹倉さんご自身のオタクとしての「心持ち」の話になりました(笑)。
「心の専門家」にとって「推し」とはなんなのでしょう?
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SNSでは目立たないけど意外と多いのが「ぬるま湯」オタク
藤谷千明 あなたにとって「推し」とはなんですか?
笹倉尚子 少し面倒な答えになっても大丈夫ですか。
藤谷 もちろんです。というか、皆さん毎回どこかしら面倒なので安心してください。
笹倉 小城英子さんによる、ファン心理の研究というか、分類する尺度があるんですね(1)。
大きくわけると「(疑似)恋愛」か「同一視」か、みたいな。
出典:小城英子(2004)ファン心理の構造(1)ファン心理とファン行動の分類.関西大学大学院人間科学:社会学・心理学研究,61,191-205.
註:「ファン心理尺度の再考」(小城,2018)で「疑似恋愛感情」は「ファン・アイデンティティ」と「育成の使命感」の2側面に分けられている。
藤谷 推しの恋人になりたいor憧れの推しになりたいの2択ということでしょうか。
笹倉 ただ、最近は連載の過去回でもおっしゃるように、皆さん「酸素」だったり「光」だったり、恋愛対象でも崇拝対象でもないじゃないですか。
藤谷 そういわれると、たしかに。他にも最近では「栄養素」なんて表現もありますよね。
笹倉 生命維持に必要なものというか。では、今の自分にとって「推し」とはなんだろう? と考えたときに、たとえるなら「推し活」は「お風呂」かなと。裸になるというか、自分の心の素の部分を見つめる機会にもなりますし。
藤谷 なるほど。酸素や食事と違って、入らなかったとしてもすぐに命に関わるわけではないけれど、入ったほうが健康によいといいますか。……ただお風呂は時々億劫になる日もありますよね? 私はあります。
笹倉 基本的には好きなんですけどね(笑)。さらに、お風呂の中でも「推し」は「石鹸」か「入浴剤」かで迷っています。「入浴剤」かな? 絶対に必要なものではないけれど、私は毎回入浴剤使うタイプなので、切らしてしまうと「あっ」とガッカリしてしまう。生活に彩りがなくなってしまうじゃないですか。
藤谷 つまり、大きくわけると石鹸は「生活必需品」で入浴剤は「嗜好品」というか。
笹倉 ただ、「あまりハマりすぎると良くないぞ」という防衛が働いているから、こういった回答になるのかも。
藤谷 その「躊躇」は珍しいかもしれません。これまで出てくださったゲストの方は「ええい、ままよ」で行く人が多いというか。
笹倉 踏み込みきれないというか、今の推しは2.5次元系の舞台俳優なんですけど、全通もできないですし、お風呂のメタファーでいくなら「ぬるま湯」なんですよ。
藤谷 SNSでは目立たないかもしれないですが、意外とそういう人って多いと思いますよ。
笹倉 そもそも、昔は「オタク」といっても、私はゲームやアニメなどの2次元のオタクだったんです。生身の人間を「推す」という感覚はありませんでした。ほかには、学生時代に演劇部所属だったので、たまに演劇をみるくらいで。それが、仕事で知り合いが誰もいない広島の大学に就職することになって。それまではずっと非正規だったということもあって、心が弱っていたんでしょうね。2015年にゲームの『刀剣乱舞』にハマったんです。
藤谷 大学院から大学に就職するのも大変という声はSNSでも目にすることは少なくありません。
笹倉 博士課程、つまり大学院まで出ると27歳くらいになる、20代後半で社会のことを知らない人間ができあがってしまうんですよ。奨学金も借りていたり、親からしたら「良い大学に行かせたのに」みたいな圧があったりで、自分の中で敗北感もあって……。
藤谷 そんな自虐的なこと言わないで! 大変な努力をされたと思いますし、もっと自信持ってください!
笹倉 そんなふうに病んでいた2015年、『刀剣乱舞』を仕事から帰ってひたすらやっていた時期がありましたね。初期の『刀剣乱舞』は良くいえばとてもシンプルなゲームだったので、無心でやっていました。
藤谷 そういう時期、ありますよね。私は仕事と私生活が同時につらかったときに『干物妹!うまるちゃん』のアニメをひたすら見ていた時期がありました。
心のスキマに入ってきたのが『刀剣乱舞』のゲームでした
笹倉 わかります……。そんななか、『刀剣乱舞』が舞台になるというニュースが飛び込んできて! 演劇をやっていたという自負もあって、当時は2.5次元舞台を少し見くびっていたんですね(苦笑)。でも、好きだった『刀剣乱舞』だし、と思ったら予想外に面白くて2.5次元というジャンル自体にも興味が出てきて。たまたま広島は公演のチケットを入手しやすかったこともあって、軽い気持ちで別の2.5次元舞台を観に行ったんです。そしたら、価値観が覆されたというか。そして、帰りに物販の前を通りがかったときに「すみません! 明日のチケットください!」って(笑)。
藤谷 すっかりハマっているじゃないですか! そこで推し俳優さんに出会ったのでしょうか?
笹倉 はい、その俳優さんのことは、それ以前から知ってはいたんです。でも、その広島での2.5次元の舞台の彼は、キャラクターと演技が奇跡的にマッチしていて。次の日は手紙を書きましたね。「仕事ですごく辛かったけど救われました、ありがとうございます」みたいな重たい内容の文章をしたためました(笑)。
藤谷 そのお話を伺って、やっぱり「推しは栄養素」じゃないですけど、「恋人」でも「憧れ」でもない部分があるというか。
笹倉 そうなんです。これまでの自分になかった部分が開拓されるような感覚はあるかもしれません。
藤谷 どういうことですか?
笹倉 私、推しに出会うまでは自分でいうのもなんですけど、完璧主義的なところがあったんです。ただ、推しは良くいえば自然体でおおらか、少し厳しくいえばルーズなんですよ。それを見て、自分の価値観も変わってきたというか、寛容になれたというか。それまでの自分は、少しのミスでも自分が許せなくなっていたんですけど、あまり思いつめないようになれたのかもしれない。そういう意味でもお風呂というか、リラックスできた、健康になれた気がしています。
藤谷 いい話ですね〜。
笹倉 だから、推しにはずっと健やかにいてほしいんですよね。手紙の内容もすごく考えて書いています。まずパソコンで下書きして内容を練って、それから手書きで清書するようにしています。便箋も公演のイメージに合わせて選んでいます。
藤谷 「勢い」では書かないんですね。
笹倉 とにかく「応援している」ということを最優先して伝えます。とにかく褒めます。
藤谷 どんな褒め方をしているのかお伺いしてもいいですか?
笹倉 (考え込む)「顔がいい」のは当たり前なので書かないですね。今日の舞台のこの演技が胸に響きましただとか、初日からこんな変化がありますねだとか、雑誌のインタビューのこの部分の発言がよかったですだとか、とにかく褒めていました。自分でいうのもアレなのですが、文章を書くのも仕事の一環ですので、現在その能力が最も注ぎ込まれているのが推しへの手紙なのかもしれません。推しの魅力である大らかさや健やかさをキープしてもらうことが、ひいては私の健康につながるので。
藤谷 推しの健康が自分の健康につながる。名言出ました。
笹倉 自分も健康でいたいし、推しにも健康であってほしいです。
3代目JSBの「Welcome to TOKYO」に背中を押されて上京
藤谷 昔のお風呂の薪をくべるように……、火を絶やさないように……。
笹倉 ただ……。
藤谷 ただ?
笹倉 2022年の春に上京してからは、ちょっと歯車が狂ってきまして……。
藤谷 東京! 狂った街! ちなみに上京理由は転職ですか?
笹倉 これも推しが原因なんですけど、握手会で少し塩対応をされたことがあったんです。
「えっ、広島から新幹線(のぞみ)+宿泊費で何万円もかけてきてるのに」とショックだったんですね。そこでちょっと疲れてしまって。そんなときに『HiGH&LOW THE WORST』きっかけでLDHにハマったんですよ……。
藤谷 推し疲れにLOVE DREAM HAPPINESSが。
笹倉 入り口は映画だったけど、LDHのアーティストも観るようになっていったんです。LDHはファン向けのコンテンツが充実しているから地方でも応援しやすいですしね。ただ、やっぱり「人生は一度きり」ってLDHの方々はよくいうじゃないですか。それもあって「東京行きたいな」と思うようになって、三代目 J SOUL BROTHERSの『Welcome to TOKYO』に背中を押されて、上京を決意したんです。
藤谷 すごい急展開来ましたね。いかがですか、東京は。
笹倉 上京して1年ちょっとですけど、本当に嫉妬と羨望の気持ちが抑えられなかったというか。新宿の大きな書店なんかに足を運ぶと、雑誌がきれ〜いに並んであるじゃないですか。もちろん嬉しいですよ。でも「東京生まれ東京育ちの人はこの中で育ってきているんだ」という気持ちが生まれてきて(笑)。しかも、仕事帰りにいろんな公演を観ることができる。それが当たり前の環境ということに嫉妬してしまった。これまでは、交通費と宿泊費に消えていた5万円を全部チケットに変えられるということで、理性が保てなくなりそうなんです。
藤谷 仕事帰りに(席があれば)当券が乱舞してしまう街ですよね、自分のペースを守れなくなりそうになったと。
笹倉 本来なら「ぬるま湯」のままでいたいのに、サウナになってしまったというか。
藤谷 整わない、反対に乱れるサウナだ。
笹倉 しかも、まだ、コロナ禍も終わったとは言えません。推しの舞台だっていつ中止になるかわからない状況だから、「行けるときは行こう」と思ってしまうんですよね。
藤谷 義務感になってしまうとねえ……。参考までにお伺いしたいのですが、心理学的にはそういった心理状態に名前はついていたりするのでしょうか。そしてそれに対して対策はあるのでしょうか……?
笹倉 一般的な用語で言えば、「依存」に近いのかもしれません。だんだん同じ量では効かなくなってきて、量や回数が増えていく……みたいな。
あと最近、ファンの「心理的責任感」について研究されているものがあって(2)。要するに「推しの人気を支えるのは自分!」みたいな気持ちのことですね。その「心理的責任感」が強い人は同担に対して競争的になりやすいとか。たぶんサウナにハマりすぎて、他の人と滞在時間を競ってしまうのと似た感じなんじゃないでしょうか(笑)。
対策は……どうでしょうね。「依存」って、生きづらさに対する痛み止めでもあったりするから。そもそも対策が必要なのかどうかも、ケースバイケースなのかなと。生活が破綻しないレベルで踏みとどまれていたら、それが一番なんですけどね。
出典(2):井上淳子・上田泰(2023)アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について.マーケティングジャーナル,43(1),18-28.
後編はこちら!
推し問答!【8人目:臨床心理士 笹倉尚子さん後編】「オタクなカウンセラーに推し活をまじめに語ってもらってみた」
笹倉尚子(ささくら・しょうこ)●臨床心理士・公認心理師。 十文字学園女子大学准教授。サブカルチャー臨床研究会(さぶりんけん @saburinken)代表。 『サブカルチャーのこころ』(木立の文庫)が発売中。
藤谷千明(ふじたに・ちあき)●1981年、山口県生まれ。フリーランスのライター。
高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後多くの職を転々とし、フリーランスのライターに。ヴィジュアル系バンドを始めとした、国内のポップ・カルチャーに造詣が深い。さまざまなサイトやメディアで、数多くの記事を執筆している。近年はYoutubeやTV番組出演など、活動は多岐にわたる。著書に 『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)。共著に 『アーバンギャルド・クロニクル「水玉自伝」』(ロフトブックス)、 『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック)、『バンギャルちゃんの老後 オタクのための(こわくない!)老後計画を考えてみた』 (ホーム社)などがある。 Twitter→@fjtn_c
投稿者プロフィール

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