10月の間、「マンガ」をテーマにお届けするTV Bros.WEBの「マンガ大特集」。本日は漫画家・大童澄瞳先生のインタビューを公開!
テレビブロスが年に一回、(その年に新刊が出た作品の中から)一番心にきたマンガ作品を選ぶ「ブロスコミックアワード」。2008年から始まったこのマンガ賞で、これまで13人の漫画家の方々に受賞していただいたけど、歴代受賞者を見ると凄く豪華! こちらとしては先生方の活躍に乗っかる形だからありがたいけど受賞していただいた漫画家の皆さんは正直この賞をどう思ってるんだろう、もしかしたら名誉を汚しちゃいねえか…? そんな不安をもとに、受賞者の皆さんに改めて受賞当時の心境とその後を探るべくインタビュー連載を始めます。題して、「ブロスコミックアワードのその後、どんな感じ?」。全9回でお届けする短期集中連載です。
今企画の第一弾にご登場いただくのは『映像研には手を出すな!』(小学館)で2017年に受賞していただいた大童澄瞳先生。「月刊スピリッツ」で連載中の同作は、2020年にアニメ化、実写映画化され、大ブレイク。アニメ版はニューヨーク・タイムズが選ぶ2020年の最も優れたテレビ番組「ベストTV番組2020」(The Best TV Shows of 2020)に選出されるなど世界的に評価されました。インタビューでは、『映像研』の大ブレイク前の2017年の受賞時の心境から現在までの4年間を振り返っていただきました!
取材・文/TV Bros.編集部
【プロフィール】
大童澄瞳(おおわら すみと)
●1993年、神奈川県生まれ。高校では映画部に所属。東洋美術学校絵画科卒業後、独学でアニメーション制作を行う。2016年に『映像研には手を出すな!』で「月刊スピリッツ」にて連載デビュー。2020年、本作のアニメ化に際し、ED映像を手掛けたことで、アニメーターとしてもデビュー。
『映像研には手を出すな!』…『月刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて、2016年9月号より連載。2020年に実写映画化・アニメ化された。アニメ版は米ザ・ニューヨーカーが選ぶ2020年度の「ベストテレビ番組」(The Best TV shows of 2020)に選出、24回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の大賞を受賞。
『映像研には手を出すな!』最新第6集が
2021年10月12日に発売!
ブロスコミックアワードとは…2008年からスタートしたマンガ好きのテレビブロス関係者50人が選ぶマンガ賞。
●歴代受賞作
2008年:日本橋ヨヲコ『少女ファイト』
2009年:岩本ナオ『町でうわさの天狗の子』
2010年:とよ田みのる『友達100人できるかな』
2011年:日下直子『大正ガールズエクスプレス』
2012年:押切蓮介『ハイスコアガール』
2013年:びっけ『王国の子』
2014年:小池ノクト『蜜の島』
2015年:山本さほ『岡崎に捧ぐ』
2016年:オジロマコト『猫のお寺の知恩さん』
2017年:大童澄瞳『映像研には手を出すな!』
2018年:鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』
2019年:和山やま『夢中さ、きみに。』
2020年:平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』
大ブレイク前夜の2017年
──「ブロスコミックアワード」を受賞していただいた2017年当時の心境を教えていただきたいのですが、いきなりよく分からない雑誌のよく分からない賞を勝手に贈ってしまったので困惑させてしまった部分もあるかと思います。4年経った今、改めて受賞当時の心境を振り返ってみて、いかがでしたか?
大童 「大賞」と名がつくものをいただいたことがなかったので、すごく嬉しさがありました。自分の作品が大賞を取れるような位置に来ているのかもしれないと思えて、ありがたかったですね。
※TV Bros.2017年12月29日号の発売告知ツイート
──『映像研』は多くのメディアで特集が組まれ、オススメ作品として、たくさんの芸能人の方が紹介されていましたよね。特に、どの方のコメントが印象に残ってますか?
大童 芸能人の方が僕の作品を紹介していただくことは、雲の上のように思える華やかな業界で活躍する方にも届いているという意味で、感慨深さを感じます。特に、自分が小さい頃から楽しんでいたコンテンツのクリエイターの方々、例えば東野幸治さんや有吉弘行さん、ロンブーの田村淳さんが作品名を挙げてくださったのは嬉しかったですね。
──大童先生のTwitterのリプ欄には外国語のコメントも多いですが、海外からの人気を感じることはありますか?
大童 近年、アニメーションなどのいわゆる「オタクコンテンツ」は南米の支持が強いというのは聞いていたんですけど、『映像研』のアニメが配信されてから、実際に南米を中心に色んな国から反響があって、すごく驚きました。オープニングの特徴的なポーズのパロディがSNSにたくさん投稿されているのを見つけて、嬉しかったですね。
僕は漫画を描いている時、作画している様子をYouTubeで配信することがあるのですが、そこには海外から見にきてくれる人もいます。『映像研』の翻訳版として、ポルトガル語版やスペイン語版はまだ発売されていないんですけど、発売をずっと待望してくださったり、英語版を手に入れたことを報告してくれることもあって、とても嬉しいです。
※オープニングの特徴的なポーズ。OPテーマ『Easy Breezy』を歌うのはTV Bros.WEBで連載中のChelmico。
「やりたいことを続けていくことが一番幸せだし、それが一番いい表現につながっていくんじゃないかな」
──2020年に『映像研』がアニメ化・実写映画化、今年は東京都現代美術館で開催された「もしも東京」展で作品を展示、「LIFULL HOME’S」のCM制作に参加されるなど活動も多岐に渡り、非常にお忙しい4年間を過ごされたかと思います。この怒涛の4年間で特に印象的だった出来事を教えてください。
大童 印象的な出来事は、仕事を抱えすぎてぶっ倒れたことですね(笑)。アニメ化に際して、いろんなコラボ案件や自分がチェックしなければならないこと、僕自身もいろんな雑誌のインタビューで取材していただいたのですが、自分の仕事のキャパシティが分からなくて、そのような別のお仕事と現在進行している連載に圧迫されて、体調を崩して半年間寝込んだんです。
でも、それがきっかけで仕事をする上での考え方が変わって、より自分に優しくなりました。それでも、まだ大きな案件をいただけるので、とてもありがたいことだなと思います。
──受賞していただいたのが4年前の2017年ですが、また今から4年後に向けて具体的なイメージはありますか?
大童 僕は小さい頃から常に将来の不安を抱えていて、「このあと仕事がなくなると嫌だな」とか、「仕事がなくなったら、この貯金でどうやって生活していこうか」とか、そういうことを考えることが多いんです。だから4年後も引き続き仕事ができていればいいですね。
そのころには、『映像研』の連載が続いているのか、あるいはもう終わっているのか、あらゆる可能性がある中で、作品のためのアイデアや創作意欲を途切れさせないように生きていきたいという今の気持ちが、4年後のぼんやりしたイメージにつながっていると思います。
──デビュー作があんなに大ヒットしたので「常に将来の不安を抱えている」というのは意外でした。『映像研』の大ブレイクでその不安が払拭されることはなかったんですか?
大童 怖がりなだけなんですけどね(笑)。それは元々持って生まれたパーソナリティだからということもありますけど、この不安の原因の一つとして、『映像研』がニッチなものを描いている作品だから、というのもあります。この作品では、自分が興味あることだけにまっすぐな人々を描いていて、連載が始まる時も「アニメーションに興味ない人」や「ロボットの細かな設定に知識も興味もない人」に本当に響くのか分からない状態でスタートしたんです。
「もしかしたら一部の人にはウケるかもしれないけど、多くの人には読んでもらえないかもしれない」という想定のもと、スタートしました。実際は『映像研』はその塩梅がちょうどよかったからヒットしたと僕は思ってるんですけど、もし今後も狭い範囲の漫画しか僕が描けなかったら、より広い人に受け入れられるものを描く手札しか僕が持っていなかったら、このあと僕は少ないお客さんを対象に小さく生きていくしかない。だから、次の新しいチャレンジをしないと見えてこない部分があると思います。
──『映像研』にはサバイバルの知識や映画、アニメーション、ロボット、SF、商業的なマーケティングや広報活動、青春など色んなジャンルの要素が詰まっているので、大童先生は物語を作るための豊富な知識をお持ちになっているのが作品を読んでいても分かります。大童先生は、色んなジャンルの作品を描くことができる方ではないでしょうか?
大童 そうですね。例えば、冒険物語のような王道作品でも、プロットだったら僕は描けると思うんです。でも、それを描き続けるには自分がそれを好きでいなければならないんですよね。
──知識が豊富なので、色んなテーマでマンガを描きたい方なのかな、という印象があったのですが、先生が「描きたい」と思うものは限られているんですか?
大童 めちゃくちゃ狭いと思います。『映像研』にもロボットが出てきますが、僕はあまりロボットに興味がなかったんです。僕が好きなロボットものは「ロボットが活躍できない作品」で、具体的に作品の名前を挙げると押井守監督の『機動警察パトレイバー』にはロボットがあまり活躍できない話が多くて。『映像研』にも出てきたフレーズで「前面投影面積」という言葉があるんですけど、アニメに出てくる人型ロボットって直立しているので正面から見たら表面積が広くて被弾する確率が高くなるんです。そこで押井監督は「こんなに投影面積が広いロボットが銃を使うような戦闘で活躍できるはずがない」という思想のもと、「では、このロボットたちがどうすれば活躍できるのか?」というテーマでロボットを描いたんです。
それが押井守監督なりのリアリズムなんですけど、僕もどちらかというとそういうリアリティを大事にした作品を描きたかった。ただ、押井守監督のような超リアル思考なロボット作品と「天元突破グレンガラン」のような巨大ドリルで銀河ごと貫くような熱いスーパーロボット、どちらが売れやすいか、分かりやすいかというと後者ですよね。自分が描きたいもの、あるいはイメージできるものは継続していくからこそ、自分の技術になっていくと思うのですが、「よくこの王道のパターンあるよね〜」という狙いの上で描くのは、自分はバテちゃうと思うんです。逆に言えば、それが僕にとって今の課題だと思います。
──『映像研』第二巻で、ロボット作品を描く上でのリアリティとロマンの矛盾について議論が起こるシーンがありましたよね。「バテちゃう」というのは描いてて楽しくないということしょうか?
大童 そうですね。ロボットの構造のことを描くだけなら、僕は楽しくやれるんですけど、ロボットがもっと華やかな活躍をしてほしいという要求があった時や、読者のために活躍シーンを広げないといけないような作家としての局面に立たされた時、バテちゃうかなと思います。
──漫画家の方は、作品が人気になったら自分の意思で連載を終了できなくなったり、終了した作品の続編を描くように求められるという話はよく聞きます。もし大童先生があまり描く気がない作品の続きを描いてくれという要請があった場合は、どんな返事をすると思いますか?
大童 もしそういう話があった時に、その時にやる気があるかどうか、あるいは経済的にやる必要があればやると思いますが、基本的には僕はやりたいことをなるべくやっていたいと思っています。もし「あの作品の第二部として続きを描いてくれ」と言われて僕が「ちょっとな…」と思ったら「あの作品の何が良かったんですか?」という風にまず聞くと思います。
その質問に対する回答が、例えば「青春感が良かった」と言われたら、「“青春”を使った別のテーマで描きます」と答えると思います。その時に、自分がやりたいことと要求されていること、二つの輪がちょうど重なる点を目指していくと思いますね。
──『映像研』第4巻の最後のページで浅草氏が「やりたいことを、やりたいようにやるのだ!!」と言う最高にかっこいいシーンがありますが、先生ご自身から同じ発言を聞けて、すごく感動しています。映像研の三人娘は、大童先生の「小心者」「マネジメントや利益が好き」「少し社交的でアニメーションが大好き」という3つのパーソナリティがそれぞれに反映されているんですよね。
大童 そうですね。だから、浅草氏のあのセリフも僕の本心です。やりたいことを続けていくことが一番幸せだし、それが一番いい表現につながっていくんじゃないかなと思います。読者の新しい視界を開く作品を作りたいと思っていますし、そんな作品を生みだすためには、誰かに求められて作るより、僕が思い描いているものを見せる方がいいなと、そんな気がしています。
指標としての「深夜の馬鹿力」
──今お気に入りのコンテンツはありますか?
大童 ラジオですね。高校生の頃、友達が深夜ラジオを聴いていて、その少し後に僕も『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)を聴き始めたんです。内容は、ひどい下ネタばかりなんですけど、伊集院さんなりのひねくれた世間の見方や伊集院さんがかつて不登校だったことなど、僕とマッチする部分があって、ずっと好きで聴いていたんです。
先ほど印象的な出来事として「仕事を抱えすぎてぶっ倒れた」とお話ししましたが、簡単に言えば、抑鬱状態という鬱に近い状態で倒れてしまって、心療内科に通いながら回復の日を待っていたんですけど、治療の間、自分が楽しめるコンテンツにずっと触れることで、自分が鬱に近い状態かどうか確認しようと思ったんです。鬱病になると、今まで楽しめたものが突然楽しめなくなるっていうじゃないですか。
だから僕は鬱に近い状態になっているか確かめるための指標の一つとして、伊集院さんのラジオを聴いています。毎週聴いたり、昔にカセットで録音したものを聴いたりするのが今でも楽しくて、すごく救われています。
心の拠り所として、いつもそばにあるリュック
──最後の質問となりますが、この4年間を象徴するキーアイテムはありますか?
大童 なんだろうな…。リュックかもしれないですね、今も手元にあるんですけど。
──『映像研』で浅草氏が背負っているリュックと似てますね!
大童 そうですね。ほぼ一緒なんですが、いくつかモジュールがついているので浅草氏のものよりも少し大きくなっています。いわゆるミルスペックと言われる、軍用としての使用にも耐えられるように作られたものです。これは高校生の頃から使っていて、浅草氏にも作中で同じバックを背負わせています。
──そのバックがなぜ大童先生のこの4年間を象徴するアイテムなんでしょうか?
大童 僕はこのリュックと共に生きている感覚があって。このリュックは普段から使用してるんですけど、中には救急キットやタオル、グローブ、下着や靴下まで入っていて、僕にとって「何が起きても大丈夫」だと思えるリュックなんです。少し体調を崩した時もずっとそばにありましたし、僕がインタビューを受ける時も必ず「すごく大きなリュックですね」と聞かれるので「これは浅草氏にも背負ってもらってるんです」とお話しするんです。
──大童先生にとって心の拠り所にもなっているような部分もあるのでしょうか?
大童 すごくあります。僕は人混みが苦手で、自律神経が乱れてフラフラしてしまうところがあるんですけど、そんな時にいつも肌身離さず持っている何かがあると落ち着くじゃないですか。例えば、多くの人にとって寝室のベッドがリラックスできる場所であるように、僕はこのリュックをそのポジションに置こうと思って、リュックとの良好な関係を築こうと試みています。
リュックの中にはスナイパーが身を隠すために頭から被るスナイパーベールも入っているのですが、防寒着として使うものでもあるので、僕は家で寝ている時に毛布のように身に付けます。そうやって、自分がリラックスするときに体の近くにあるものであることを日々実感することで、外でもこのリュックが僕の心の安寧を保ってくれるんです。
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