全編から伝わって来る「やったれ感」にシビれた映画『太陽を盗んだ男』伊藤智彦 第1回【連載 アニメ人、オレの映画3本】

前回の荒木哲郎さんがバトンを渡してくださったのは、アニメ演出家・監督の伊藤智彦さん。『時をかける少女』(2006年)や『サマーウォーズ』(2009年)等の細田守作品で助監督を務め、『世紀末オカルト学院』(2010年)で監督デビュー。近作では『富豪刑事Balance:UNLIMITED』(2020年)等を手掛けている。
伊藤さんの1回目となる今回は、果たしてどんな作品が飛び出してくるのか⁉ 文末のイラストもぜひご覧ください。
取材・文/渡辺麻紀

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<プロフィール>
伊藤智彦(いとう・ともひこ)●1978年愛知県生まれ。アニメーション監督、演出家。手掛けた主な作品に『ソードアート・オンライン』(2012年/監督)、『僕だけがいない街』(2016年/監督)、『HELLO WORLD』(2019年/監督)などがある。

“映画が面白いものを要求している”ことに対して、自分がどこまで純粋でいられるか

――今回は伊藤さんの1回目です。まずはどの作品を?

こういう依頼があったとき、僕がいつも挙げているのは同じ作品なんです。長谷川和彦の『太陽を盗んだ男』(1979年)。20年来、常に僕の好きな映画のトップに居座っている。朝日カルチャーセンターでアニメのクラスをもっているアニメ評論家の藤津(亮太)さんからコーナーをいただいたときも、『~盗んだ男』についてだけ喋ったくらい。本当に大好き。アニメ関係者のなかにもファンは多いと思います。

――伊藤さんはいつ、ご覧になったんですか?

上京して大学のアニメサークルに入った頃です。よく行っていたビデオレンタルショップの、5本で1000円サービスみたいなのでたまたま選んだ1本が『~盗んだ男』だった。3本は観たかった作品、2本は何となく選んだんですが、どこかでタイトルを聞いたことがあったんだと思います。
当時の僕はフィルムセンターで黒澤明の作品等を観ていて、映画の勉強をしていた。『~盗んだ男』は、そういう作品とはまるで違っていたので本当に驚き、衝撃を受けたんです。

――私は今回、初めて観たんです。長谷川監督のデビュー作『青春の殺人者』(1976年)があまり好きじゃなかったので敬遠していたんですが、確かにとても驚きました。今でも十分面白いし、なんというか常識を逸脱したところに魅力がありますね。

そうなんですよ。僕のそれまでの日本映画のイメージって、一言でいっちゃえば「地味」なんですが、『~盗んだ男』は派手、しかも乱暴。明らかに法にも触れている(笑)。ビハインドのネタには事欠かない映画で、皇居に中学生を乗せたバスが突っ込むシーンも無許可で撮ったと言うし、銀座のデパートの屋上からお札をばらまくシーンもそう。捕まったときのために助監督をスタンバイさせていたらしいですよ。

――クレジットを見ると助監督が相米慎二でしたね。彼を筆頭に、のちにブレイクする人たちの名前がたくさんあって、それにも驚きました。

相米慎二の下に黒沢清もいましたから。犯人の似顔絵には黒沢清の顔が使われていますし。本当に裏の話題に事欠かない映画です(笑)。
僕がシビれちゃったのは、全編から伝わって来る「やったれ感」みたいな感覚。違う言い方をすると「これを撮らずしてどうする?」みたいな感じかな。この感覚は今でもあって、僕の監督の指針にもなっている。

――現場至上主義というか、いい画を撮るため、面白い映画にするためには何でもやるという潔さみたいなものですか?

そうです。だって考えたらヘンなところ、たくさんあるじゃないですか。そもそもジュリーというか沢田研二扮する原爆を手作りしちゃう中学の理科の先生。なぜ彼が原爆にそこまで入れ込むのか? 日本政府を相手取る目的は何なのか? 普通の映画だと社会や政治、自分の人生に不満があったりするのに、それもない。だから、菅原文太扮する刑事を通して脅迫するときも「野球放送をゲームが終わるまで延長してやって欲しい」ですからね。でも、不思議なことに、その辺が妙にナマっぽくて独特のリアリティがある。

――そうですね。今観ても十分、ナマっぽかった。

しかも、その中学教師はキャラクターとしては主体性が薄いのに、なぜかハンパなくキャラ立ちしている。めちゃくちゃ捉えどころがないにもかかわらず、それが魅力になっているんですよ。沢田研二がそういうところを、とても上手に体現してますよね。

――沢田研二、驚くほどハマってましたね。

何でも最初の脚本では、主人公は目的をもって原爆を作っていたけれど、ジュリーが演じることになって監督が変えたという記事をどこかで読んだ記憶があります。
アニメでキャラクターの設定を作るとき、わかりやすくするためにカテゴライズする傾向がある。でも、これを観たら、ファジーでもいいんじゃないかなって。主人公の性格に相反するような要素を積み重ねて行くことで面白くなるのかもしれない――観直すたびにそんなふうに思うんですよ。

――アニメの場合、役者の存在感や表情、演技等に実写ほど頼れないので、そういうキャラクターの構築は難しいのかもしれませんね。

そうなんです。僕が知っている限りで、そういうキャラクターで成功したのは『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年~)くらいかなって。ファンが補完してくれるという強みを得ることが出来たのも大きいんですけどね。

――そういう観客やファンの補完は重要ですよね。本作の場合、それが必要なシーンが結構あるじゃないですか(笑)。

警察に持って行かれた原爆を主人公が奪還するシーンとかですよね。沢田研二が突然、警察署の窓ガラスを割ってターザンみたいに乱入するから。普通なら、じゃあロープの先はどこに繋がっているんだ? とかツッコみたくなるけど、本作だと「まあいいか」になる。観客が補完してくれている(笑)。一応、監督はジュリーを変装させて侵入させるとか、いろいろ考えたらしいんだけど、もうターザンでいいのでは? って感じで落ち着いたらしい。そういうプロセスを踏むのが無駄と考えたんでしょうね。
実は僕、このシーンをそのまんまパクったことがあるんですよ。

初めて監督をした『世紀末オカルト学院』の2話で、主人公が脈絡なくターザンして窓を突き破って現れるというシーンを作ったんです。

――気づいた人いましたか?

いや、全然。だから、こうやって自分で言うしかないんです(笑)。
もうひとつ、参考にしたのは『僕だけがいない街』(2016年)のとき。原作がまだ終わっていなかったため、アニメスタッフでラストシーンを考えることになった。断片的なイメージとしては、主人公とラスボスがどこか高いところで対峙することになりそう、と原作者の三部先生から聞いてはいました。で、僕のブレインのひとりが「伊藤さん、ここは伊藤さんの大好きな『太陽を盗んだ男』で行きましょう。ジュリーと菅原文太のやり取りをやればいいんですよ」って。で、実際にそうしたんです。しかも、かなりの高さから落ちて助かるという点も同じ(笑)。

――なるほど! いっそのこと実写をもとにしたアニメを作るというアイデアはなかったんですか

あったんです。2009年前後だったと思うけど、企画書も書いてマッドハウスの丸山(正雄)さんにも提出した。でも「ちょうど、渡辺信一郎が似たような作品を作っているから、伊藤、諦めろ」って言われちゃって。

――それは何という作品だったんですか?

『残響のテロル』(2014年)というTVシリーズで、高校生が原爆を作る話。その主人公が『~盗んだ男』のように番号で呼ばれるんですよ。沢田研二は日本語で「9(きゅう)番」だったけど、確か『~テロル』のほうは英語で「ナイン」だったと思います。
それに、日本では大震災も起きたので、原発がらみは難しいと思いますよ。なので、今はたまに観直して「あのときのゴジ(長谷川和彦)はここまでやったんだから、まだまだ出来るはず」と、自分を叱咤したり、撮影の裏話を読んで「こういうことをやれば、こういうことを達成できるんだ」みたいなことを学んだり。

――映画の教科書には書いていない裏ワザをたくさん学べるんですね。

そうです。自分が面白い映画を作るというか、映画が面白いものを要求しているという言い方が近いと思うんだけど、それに対して自分がどこまで純粋でいられるか……ちょっと青臭い表現をすると、それがあのときのゴジさんや山本又一郎だったのかなって。
本当に今でもたくさん教えてもらっているんですよ。

イラスト/伊藤智彦

<解説>

のちの大家も多数参加

『太陽を盗んだ男』/1979年/日本 キティ・フィルム/147分
監督・共同脚本/長谷川和彦
脚本・原作/レナード・シュレイダー
製作/山本又一郎
出演/沢田研二、菅原文太、池上季実子、北村和夫、神山繁、佐藤慶、伊藤雄之助ほか

中学で理科を教える城戸誠(沢田研二)はあるとき、東海村からプルトニウムを盗み出し、アパートの一室でお手製の原爆を作ってしまう。日本政府を相手取り脅迫する城戸が交渉相手に指名したのは山下警部(菅原文太)。城戸と生徒がからんだバスジャック事件のとき、彼と顔を合わせていたからだ。かくて日本の命運をかけた丁々発止の駆け引きが始まる!

長谷川和彦は1976年に『青春の殺人者』で監督デビュー。この作品が高い評価を得て、続く2作目が本作となった。本作もまた高い評価を得たにもかかわらず3本目のメガホンは取っていない。
のちに『台風クラブ』(1985年)等を撮る相米慎二が第二班監督を務め、『CURE』(1997年)等の黒沢清が制作進行。また、ハリウッドでアラン・ルドフルの『モダーンズ』(1988年)等の撮影監督も務めた栗田豊通がカメラマン助手としてクレジットされている。栗田は相米の『お引越し』(1993年)の撮影も担当している。
脚本のレナード・シュレイダーは『タクシードライバー』(1976年)等の脚本家でもあるポール・シュレイダーの実兄。日本で英文学の教師をしていたこともあり日本の文化に精通。その知識と経験を活かしてシドニー・ポラックの『ザ・ヤクザ』(1974年)、兄のポールによる三島由紀夫の伝記映画、日本では未公開の『Mishima:A Life in Four Chapters』(1985年)等の脚本を書いている。この作品が日本未公開でDVD等もリリースされていないのは、三島の遺族が本作を認めなかったからだとも言われている。製作は『~盗んだ男』と同じ山本又一郎が務めている。

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