八重役・新垣結衣インタビューと『草燃える』に見る八重の今後【『鎌倉殿の13人』不定期連載第5回】

放送開始から3か月、いよいよ源氏の攻勢が目覚ましい展開を見せる大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)。
悲運に見舞われる姫・八重役の新垣結衣のオンライン取材会でのコメントや、同じ時代を描いた過去の大河ドラマ『草燃える』(1979年)での史実の扱いを通して、八重の今後を推察し、ドラマの楽しみ方を考えてみたい。

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文/木俣冬
ヘアメイク/藤尾明日香
スタイリスト/道券芳恵

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<プロフィール>
きまた・ふゆ●東京都生まれ。著書に「みんなの朝ドラ」、「挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ」など。「連続テレビ小説 なつぞら」、「コンフィデンスマンJP」などノベライズも多く執筆。そのほか「蜷川幸雄 身体的物語論」「庵野秀明のフタリシバイ」の構成も手掛ける。WEBサイト「エキレビ!」で「毎日朝ドラレビュー」連載中。

 

「なぜあなたは命がけで嘘をつかない」という台詞の意味

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)の第15回(4月17日放送)で、八重(新垣結衣)が義時(小栗旬)の子供を出産。その子こそのちの泰時(坂口健太郎)であることはすでに発表済みである。
八重には自害する説、義時の妻になる説……と諸説あるなかで「鎌倉殿」が選んだのは悲劇ではなく幸福な後者であったのかと思って観ていたら、生まれた赤ちゃんはある言葉に聞こえる泣き声で義時をドキリとさせる。八重役の新垣結衣は義時と幸せな時間を得たと語っていたが、なんだかちょっと不穏な風向きではないか。はたしてこのまま八重と義時は幸福に暮らせるのだろうか。すでにのちの妻・比奈(堀田真由)も発表済みである。八重の今後を考察してみよう。

筆者には赤ん坊の鳴き声がうっすらと「ブエイ ブエイ」と聴こえた。タモリさんのような空耳アワー的に。
「武衛」とは兵衛府を敬う敬称。右兵衛権佐の位を持つ「頼朝」は第8回から主に上総広常(佐藤浩市)から愛称のように何度もそう呼ばれてきた。第15回で義時は義村(山本耕史)に「少しずつ頼朝に似てきてるぜ」と意味深な言葉を投げかけられることもあって、最初は喜劇のモチーフだった「武衛」がなんとも強烈な威力をもった言葉に聴こえてくるようになった。
シンプルに考えると泣き声が「ブエイ」だとすれば、この回、無念の死を遂げた上総広常(佐藤浩市)の生まれ変わり?(その後、生々流転して芹沢鴨に?) あるいは、やがて泰時は実質的に「ブエイ=頼朝」のような支配者になるという意味であろうと考えることができる。あるいは、頼朝に似てきた=武衛 と赤ん坊にまで皮肉られていると義時が感じたという意味か。ここでは大河ドラマで同じ時代を描いた「草燃える」(79年)をリスペクトした考察をしてみたい。

『草燃える』では、八重は悲劇の自害説を採っている。八重と義時(『鎌倉殿』では平清盛を演じた松平健)は結婚しない。義時の最初の妻は茜(松坂慶子)という架空の人物で、大庭景親(加藤武)の娘という設定だった。彼女は頼朝(石坂浩二)か義時の子かわからない子(泰時)を生むというドロドロ展開なのである。『草燃える』が放送されていた年の夏、松坂慶子が色っぽく歌った「愛の水中花」が大ヒット、松坂慶子ブームが巻き起こった。人気絶頂の松坂慶子が演じる茜を義時から頼朝が奪うメロドラマ的展開は現在のジェンダー平等の視点から観たら、ダメ絶対という気もしないではないが、そんなこと言い出したら物語なんて作れなくなってしまいそう。それはさておく。「鎌倉殿」の序盤、八重は茜的な展開になるのではないだろうか。そう筆者は想像していた。

義時と結婚する前の八重は別れた頼朝に執着し、頼朝も自ら彼女を捨てて政子(小池栄子)と結婚したにもかかわらず、何度か彼女に会いに行く。ただ、そのたび未遂に終わる。第13回では八重は頼朝に迫られたとき、その手に噛み付いて追い返した。

八重は潔白だが、義時は頼朝の仲を疑うのではないだろうか。シェイクスピアの「オセロー」のように、妻を愛すれば愛するほど疑惑は大きくなって、妻の不貞を妄想し悲劇が起こるという妄想が止まらない。愛憎が頂点に達した義時はついに八重に手をかけ、それをきっかけにダークな人間になってしまうという展開はどうだろうか。それほどの大きな契機がないと、義時がいい人過ぎて、ダークな人間になりそうにないような気がするからだ。

『草燃える』の茜は最後まで義時に真実を明かさない(当人もわかってなかった設定)。八重も最後まで真実を明かさない。あるいはそもそも嘘なんてついていないのか。そんな物語を想像してしまうわけは、第2回、八重が義時に言い放った「なぜあなたは命がけで嘘をつかない」という台詞が印象に残っていたからである。

義時は八重を慰めようと嘘をつくがバレバレでかえって怒らせてしまった。その後、義時は目的のために嘘をうまくつくことを徐々に覚えていく。嘘は「鎌倉殿」で重要な要素であろう。登場人物は戦に勝って勢力を拡大するために本心を隠して振る舞う。その心理戦はドラマの醍醐味である。

 

嘘でも真実でもどちらでも本気で伝えることが相手の心を動かす

新垣結衣へのオンライン取材会で「なぜあなたは命がけで嘘をつかない」という台詞をどう思って演じたかと質問してみた。

「まずは、八つ当たり(笑)。八重と小四郎(義時)の関係だからこその甘えというか、ほんとに八つ当たりでしょうね(頼朝が会いに来ると言って来なかった。来ないことを義時が伝えて来た)。義時の顔を見ていて嘘だなあって思うじゃないですか。八重としてはどこにぶつけていいかわからない思いがあって、しかも中途半端な嘘だから腹が立ったのでしょうね」

目を合わせない小四郎に腹を立てる八重。でも小四郎の逡巡は八重が彼を昔から知っているからこそ感じとることができたものだろうと新垣は解釈を語った。

新垣の言葉から考えると、八重自身も小四郎にだから自分の悔しさをストレートにぶつけることができる。彼女は義時以外の人たちにはつねに強がっていた(特に政子)。

「最初は親戚(甥)でもある義時にわがままを言うほど甘えていた八重ですが、それでも彼の好意をどこか信じられなかった。お土産を持ってきてくれることに『こわい』とつぶやいたのは決して嫌悪からではなく、本当なのか信じられなかったのだと思います」

つまり義時は当初、嘘であれ真実であれ、自信をもって自分の気持ちを八重に伝えることができなかった。それが成長するにつれ八重を思う気持ちを、自信をもってしっかりと伝えることができるようになった。だからこそ八重は彼の気持ちに応える気持ちになれたということだろう。嘘でも真実でもどちらでも本気で伝えることが相手の心を動かすのだ。

「見返りを求めないで尽くす義時の真っ直ぐさに八重は心を開き、彼の気持ちを受け止めたのではないでしょうか」と八重の気持ちを語る新垣。

「仕事場にいる義時のことを八重は見ていないからわからないですが、八重の前にいる義時はずっと変わらなかったと思います」

八重と義時は嘘をつかずに済んだ相手であった。だからこそ幸福な時間を過ごすことができた。「なぜあなたは命がけで嘘をつかない」は『草燃える』を観ている視聴者への見事なミスリードだったのかもしれない。全力の作劇に唸る。それでもまだ義時=オセロー説を捨てきれない。「ブエイ」の声が耳に残って離れないのだ。

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