『鎌倉殿の13人』を観る前に! おすすめ必読書【『鎌倉殿の13人』不定期連載第2回】

2022年度大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合)の放送まであと1カ月ほど。将軍・頼朝(大泉洋)の死後、鎌倉幕府の第二代執権として実権を握った北条義時(小栗旬)を主人公に据え、陰謀に満ちた権力闘争を描く。ドラマで描かれるであろう頼朝時代から承久の乱までの流れは登場人物が複雑に絡み合っていて把握することが難しい。そこで、オンエア前にしっかり予習しておくための必読書を選んでみた。
文/木俣冬

 

まずは坂井孝一著『鎌倉殿と執権北条氏 義時はいかに朝廷を乗り越えたか』(NHK出版新書)から入ると『鎌倉殿〜』の方向性をつかみやすいだろう。著者の坂井は『鎌倉殿〜』の時代考証の担当だ。坂井はこの時代を描いた代表的な書『吾妻鏡』があくまでも北条氏の視点に立ったもので北条氏に都合よく描かれていることをふまえ、そこで伏せられた事実に目を向けていく。

前半は資料の少ない源頼朝の流人時代を丁寧に紹介。大河ドラマでは『草燃える』(1979年)が頼朝以下源氏三代を描いている。ここで触れられなかったことは頼朝が北条氏を頼ることになるきっかけのひとつでもある伊東氏との関わりだ。『鎌倉殿〜』では伊東氏の血筋である八重役に新垣結衣がキャスティングされていることもあり、ドラマの前半は頼朝と伊東氏との物語が手厚く描かれるのではないか。となると読んでおきたいのは『曽我物語』。義時の祖父で八重の父である“伊東祐親”(浅野和之)の孫・曽我兄弟が祖父の仇をとる物語である。伊東祐親は頼朝と八重の子・千鶴を殺した無慈悲な人物とされているが、坂井は著書で、物語上、祐親を一概に無慈悲な人物とは捉えることはできないと書いている。ほんとのところはどうなのか……考える一助として、原文と比較しながら読むことができる『現代語で読む歴史文学「曽我物語」』(勉成出版)はいかがでしょうか。

また北条側のバイアスが相当かかっているとはいえ『吾妻鏡』も押さえておきたい。2019年度大河ドラマ『麒麟がくる』第22回で明智十兵衛光秀(長谷川博己)が読んでいた書物である。現代語訳もあるが、初見の場合、もしくはすでに既読である場合、マンガ版をおすすめしたい。マンガで描けばなんでも読みやすいというわけではないが、『ワイド版 マンガ日本の古典「吾妻鏡」』上中下(中央公論新社)は竹宮惠子が描いていて絵的にも構成的にも一流なのだ。

以仁王、源頼政の挙兵から六大将軍・宗尊親王の京都送還まで80年余にもわたる鎌倉幕府の記録をマンガ化して平成9年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞した。興味深い点は、このマンガでは北条義時がいかにも何か企んでいそうな顔で描かれていること。北条に都合よく書かれているにもかかわらず、なんだか悪役顔、もしくは策士顔なのである(あくまで筆者の印象です)。
まずはマンガで全体を把握した後、文字で『吾妻鏡』に挑み、さらに比較として当時の証言がふんだんに記された『愚管抄』も読んだ上で公平な視点をもって『鎌倉殿〜』に臨みたい。『愚管抄』も現代語訳(講談社学術文庫)などがある。

学術的な視点はいらない、エンタメとして楽しみたいという方には、『草燃える』の原作にもなっている永井路子の時代小説であろう。とりわけ第52回直木賞受賞作『炎環』(文春文庫)は流人・頼朝の挙兵から承久の乱までを、関わった4人の人物の視点で順に描いていて広がりがある。4章のうち最終章が義時の視点だ。スケールが大きく、キャラクターが立っていて、文章も巧みで、視点も申し分なし。第1章の主人公・頼朝の弟・全成から見た頼朝の描写は興味深い。第2章は頼朝の妻で義時の姉である北条政子(小池栄子)が主人公。政子に関しては一冊まるまる書いた『北条政子』(文春文庫)も永井の代表作。鎌倉時代というとどうしても政子の存在が大きいのは永井路子作品の影響もあるように感じる。『鎌倉殿〜』では政子がどう描かれるのか。永井路子作品を読むと期待が膨らみ過ぎてしまう。

この時代のもうひとりの重要人物は頼朝の次男・実朝。彼の人生は鎌倉時代のミステリーの格好の題材のひとつである。太宰治も短編『右大臣実朝』を書いている。これは青空文庫にあるので気軽に手を出せる一作。実朝の死の真実が死後20年後に紐解かれるという趣向で『吾妻鏡』で不吉な存在とされた彼につかえていた「私」の回想。合間合間に『吾妻鏡』が引用されていることがおもしろさであり面倒くささでもある。やっぱり『吾妻鏡』は避けて通れない。

実朝暗殺の日からはじまる葉室麟の長編小説『実朝の首』(角川文庫)も暗殺された実朝の首が消えたという『吾妻鏡』の記述から着想を得たものである。『愚管抄』では雪の中からみつかった記述があるのは有名。

この実朝暗殺の首謀者疑惑があるのが義時である。これが『鎌倉殿〜』ではどう描かれるか気になる。義時はダークヒーローとして描かれるのであろうか。それとも陰謀家としての義時ではない、三谷幸喜が描く意外な北条義時の姿が現れてくるのか。ちなみに三谷はナチスの宣伝大臣ゲッベルスを主人公にした舞台『国民の映画』でゲッベルスの意外な一面を描いたことがある。きっと北条義時も一筋縄ではいかないだろうと想像できる。三谷が書いた二作目の大河、『真田丸』(2016年)も勝った者の視点で描かれた書物とは違う視点を意識したものだった。

様々な視点で書かれた書籍を読んで視野を広げることで、三谷幸喜がどんな展開を繰り出してきても対応できる体制を整えた上で『鎌倉殿〜』の初回に備えたい。そう思うと『鎌倉殿〜』の時代考証を諸事情により降板した『応仁の乱』でおなじみの呉座勇一が上梓した『頼朝と義時 武家政権の誕生』(講談社現代新書)にも念のため目を通しておくのも一興である。

 

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