八重とは「生きる力」…演者・新垣結衣インタビュー【『鎌倉殿の13人』不定期連載第4回】

放送開始から3か月、いよいよ源氏の攻勢が目覚ましい展開を見せる大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)。
このたび、八重役の新垣結衣のオンライン取材会が実施された。悲運に見舞われる姫を演じる彼女に、本作での八重の存在とは何かをうかがい、その答えを通して今後の『鎌倉殿』の展開とドラマの奥行きのある楽しみ方を考えてみたい。
文/木俣冬
ヘアメイク/藤尾明日香
スタイリスト/道券芳恵

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<プロフィール>
きまた・ふゆ●東京都生まれ。著書に「みんなの朝ドラ」、「挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ」など。「連続テレビ小説 なつぞら」、「コンフィデンスマンJP」などノベライズも多く執筆。そのほか「蜷川幸雄 身体的物語論」「庵野秀明のフタリシバイ」の構成も手掛ける。WEBサイト「エキレビ!」で「毎日朝ドラレビュー」連載中。

 

ドラマを盛り上げる“諸説あり”の人物

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)で注目キャラと言ったら八重(新垣結衣)と善児(梶原善)であろう。ふたりには意外性がある。とりわけ「鎌倉殿」の八重はいま最も気になるキャラと言っていいだろう。
暗殺者・善児はオリジナルキャラクターだが、八重は伊東祐親(浅野和之)の娘として“諸説あり”の人物だ。はっきりしたことがわからず、頼朝と結婚し子供を生んだものの不幸な別れがあり川に身を投げた説と、北条義時(小栗旬)の妻になった説がある。

『鎌倉殿』の主人公・義時をはじめとして、源頼朝(大泉洋)、源義経(菅田将暉)、北条政子(小池栄子)などのメインキャラたちはあまりにも有名過ぎて彼らの物語がほぼほぼネタバレしている。それを知ったうえで楽しみながら、行動に予想がつかない八重と善児のこれからを考察する楽しみは格別である。

歴史上の人物・義時や頼朝。完全オリジナル善児、グレーな八重と歴史ドラマキャラの3タイプのなかで最も心をざわつかせるのは“諸説あり”の人物であろう。史実(というか伝承)ではこうだが諸説あるとなると道筋がいろいろ選べるし、印象的な物語ができたら新説として歴史に加わる……かもしれない。

八重は幸福を求めて「生きる」人

4月10日(日)放送の第14回で、八重は紆余曲折を経て義時の妻となった。頼朝の子を生んだ八重が、その子を殺されたうえ(手を下したのは善児)、頼朝と引き裂かれ、それでもなお彼を追い続ける姿を義時は見つめ続け、その真心に八重の心も動く。

八重を演じた新垣結衣はオンライン合同取材会で「史実では頼朝と別れたら自害すると言い伝えられていますが、ドラマの八重は義時のおかげでそれよりも長く幸せな時間を過ごしました」と八重がようやく得た幸せな時間を振り返った。

「第13回で義時に『背中を向けても構わない。その背中が幸せそうなら私は満足』と言われたことをきっかけに彼との関係性が大きく変わるシーンでの小四郎(義時)の表情がすてきで、オンエアがはじまる前にインタビューを受けたとき、ぜひそれを楽しみにしてくださいと言っていたほどでした」
そう語る新垣。彼女のお気に入りのシーンは八重の幸福の瞬間だったが、観る側としては悲劇のヒロインを求めてしまうところもあって、八重は随分と生き抜いているなあと不思議に思ったこともあった。もちろん新垣結衣をキャスティングしておきながら八重がすぐに伝承のように川に身を投げてしまうのはもったいないのだが……。

八重は頼朝が政子と結婚してしまったあと、父・祐親に身分の低い家人・江間次郎(芹澤興人)と再婚させられる。でも次郎に指一本触れさせることなく川向こうから頼朝の暮らしをじとっと見つめていた。やがて次郎が殺され、父も兄も亡くし天涯孤独になるが、北条家の厨で下働きをはじめる。そうまでして頼朝を想っていたら、正妻・政子のほかに愛妾・亀(江口のりこ)がいてショックを受け……と八重には悲しみが踵を接してくる。それでも八重はくじけなかった。

家、あるいは自身の誇りを損なわれたとき、生き恥を晒すことなく潔く命を絶つことが美学と考えられ、視聴者は様々なドラマの登場人物が何かのために命を落とす場面を観ては涙し、満足感を覚えたものだ。ところが「鎌倉殿」の八重は生き続ける。
八重はなぜ自害しなかったのか。演じた新垣にどう思うか聞いてみたい。取材会で質問の順番が来るのを待っていると(なにしろ新垣人気のため数多くの媒体が取材に参加していた)、新垣はほかの質問の回答に何度も「生きる」という言葉を発した。
まず、「様々な男性のなかで八重の生き方に最も影響を与えた人物は?」という質問には「義時」と答え、その理由を新垣はこう述べた。

「八重は頼朝と別れたら自害すると言い伝えられていますが、ドラマではそれよりも長く幸せな時間を過ごしました。その時間をくれたのは義時で、そういう意味では影響が大きかったと思います」

また、「八重の幸せとは?」という質問には「大事なものをどんどん失いながらも生きた八重には、生きるための執着というたくましさがありました。彼女は自分の生きる意味をずっと探していたのではないでしょうか。そして見つけたのは大事な人と一緒にいられる幸せな時間です。その幸せな時間を得ることができたのは義時さんのおかげだったと思います」と回答している。

さらに「八重の魅力は?」という質問に新垣はすばり「生きる力」と答えている。
「八重姫の史実にあるようなエピソードと今回のドラマのなかでの八重はだいぶ印象が違うと思っています。彼女には生きることへの思いの強さがあります。自分自身が生きるのみならず、まわりの人にも生きてほしいという意思が強く、それはすごくいいことだと思います。八重には生きるためにすがるものをみつける力やあきらめない力があると捉えています」

「八重を演じたことで勇気づけられたことは?」という質問にも「生きることへの執着。命を大事にする思い。自分だけでもなくまわりにも願う思い、みたいなものをやっぱり大事にしたいというのは自分の人生でも思います」と、新垣は繰り返し「生きる」ことを強調している。

これだけ「生きる」「生きる」と語られたら、もはや「なぜ自害しなかったと思いますか」と改めて質問する必要もないだろう。八重は幸福を求めて「生きる」人だったのだ。不幸な出来事に遭遇した自分を恥じたり嘆いたりして自害するのではなく、幸福になるまで生き続ける。
思えば、八重に限らず「鎌倉殿」では自ら命を絶つ場面がない。史実とされている伊東祐親の自害も善児による暗殺として描かれた。事実を隠して立派に自害したと報告されるが、ほんとうは祐親ももう一度生きようと思っていた。ドラマと現実とを照らし合わせて考えると、2年以上続くコロナ禍で失われた命も多く、大きな地震がまたいつ来るかわからない不安な時代、生きようとする意思こそ大切なんだろうと思う。「鎌倉殿」で提示された八重にまつわる諸説をその大事なメッセージとして受け止めたいし、新垣結衣はその大事なメッセンジャーとしてふわしい俳優だと感じる。

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