『鎌倉殿の13人』(NHK総合)は毎週誰かが消えていく。陰謀が渦巻く鎌倉、ちょっとでも隙を見せれば寝首をかかれる。誰にも裏があり気をゆるせない世界で、ただひとり“武士の鑑”と誉れも高い畠山重忠。文武両道で才色兼備で、優男(by三浦義村)な人物が第36回「武士の鑑」で死んだ。あゝこれで鎌倉には正々堂々とした人物はいなくなってしまった。
北条時政(坂東彌十郎)と、りく(宮沢りえ)の子供・政範(中川翼)の京での突然死に端を発し、時政と重忠が対立する。この無為な戦いを北条義時(小栗旬)は止めようとするが、重忠は武士の誇りを守るために闘いを決意、義時も自ら大将となって戦場に赴いた。久方ぶりの大々的なロケ(たぶん、第23回の巻狩り以来か)を行い、計3日間かかったという戦闘シーンは圧巻だった。
馬から下り兜を脱いで、殴り合いの一騎打ちはまるで『HiGH&LOW』。いや違う。小栗旬だから『クローズZERO』だ。殺陣指導の辻井啓伺は『クローズZERO』も担当していたからホンモノだ。2009年の『クローズZERO Ⅱ』から13年のときを超えて、鎌倉時代に滝谷源治が帰ってきた(そう小栗旬は源治(GENJI)だったのだよねえ)。
死を賭けて義時に行動を促した誇り高き武人の鑑・畠山重忠を立派に演じきった中川大志さんは、この殴り合いは小栗からの提案だったと振り返った。
文/木俣冬 写真提供/NHK
<プロフィール>
きまた・ふゆ●新刊『ネットと朝ドラ』(Real Sound Collection)、その他の著書に『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)、『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』(キネマ旬報社)など。『連続テレビ小説 なつぞら』、『コンフィデンスマンJP』などノベライズも多く執筆。そのほか『蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)、『庵野秀明のフタリシバイ』(徳間書店)の構成も手掛ける。WEBサイト「シネマズプラス」で『毎日朝ドラレビュー』連載中。
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撮影が終わったあと、鎧が原型をとどめていなかった
「この時代、素手で殴り合うことはあまりないように思います。台本上のト書きだと義時と重忠の一騎打ちとしか書いてなくて、小栗さんのほうから、この一騎打ちはきれいな立ち回りではなく泥臭いものにしたいという提案があり『僕も同じ意見です』と返事をしたことを覚えています。十代のときから幼馴染として共に過ごしてきた重忠と義時。敵方についたときもありますが、頼朝(大泉洋)の下についてからは度重なる戦を共に乗り越えてきたふたりが『子供の喧嘩のように最後は思い切り泥臭く殴り合いたい』『俺がぶん殴られたいんだ』と小栗さんに言われました。確かに、素手で殴り合うことで、重忠の生き様や信念、この戦をする意味が一発一発の拳に凝縮できたと思います。ほんとうに満身創痍の死闘でした。小栗さんも僕も体力的にはぼろぼろだし、歴代の大河ドラマで、あそこまで着物と鎧が破壊された場面は初めてではないでしょうか。撮影が終わったあと、鎧が原型をとどめていませんでした」
この戦いのシーンが中川さんのクランクアップ。閉ざされた世界、息を詰めるような回が続いたから、思いきり体を使って解放感があったのではないだろうか。見ているほうも不謹慎ながら息抜きできた。
本来、戦いは重忠が優勢だった。義時を殺すことができたのに殺さなかった。そのせいで自分が死ぬハメに……。なぜ、重忠は止めを刺さなかったのか。中川さんはその解釈を「僕が語り過ぎるのもどうかと思うのですが……」と遠慮がちに語った。
「畠山は、義時が板挟みになって駆けずり回ったり苦しんだりしている姿をずっと見てきました。義時は影で人と人を繋いだり調整したりしている苦労人ながら、誰からもそこに気づいてもらえない。でも畠山はそれに気づいていた。だからこそ、この先、鎌倉をなんとかできるのは義時しかいないことを、本気で戦い、本気で死ぬことによって義時に示したのだと思います」
そこに至る思いは第35回「苦い盃」での義時と盃を酌み交わすシーンで見てとれる。
「ここでのふたりの会話にはすべてが詰め込まれていると思っています」と語る中川さんの解釈から考えると、確かに義時を殺してしまったら時政が野放しになって鎌倉殿はますます軌道を外れていくはず。戦いに勝つことが目標ではない。その先の理想のために自らが引いたと考えていいだろう。
義時たち北条家は生き残るために他者を殺めてきた。一方、重忠は潔く戦って死ぬことで、畠山重忠と畠山家の誇りを守った。自分の息子を殺されても復讐しなかった重忠。鎌倉殿の登場人物の中でこんな人はいない。誰も彼もが保身あるいは家を守ることに突き動かされているからだ。もちろん家族も大事だけれど、もはや家族を超えて国になってしまっているのだから考えを変える時代に来ているなか、重忠は命を賭けて義時に問う。
どこでこうなってしまったのかという思いを秘めながらの戦
とにかく切ない戦いだった。義時が大将として出ていく前に、和田義盛(横田栄司)が重忠を説得に行く。だが、重忠は言うことを聞かない。義盛の行動パターンを昔ながらのつきあいで全部わかっているので作戦にも引っかからない。
「ふたりの関係の何が悲しいって、重忠が誰よりも義盛のことをわかっていることが色濃く出ていることでした。義盛のみならず、幼馴染のような者たちが集まった戦で、本当はみんな、こんな戦、やらなくていいよねと、なんでこんなになったんだろうと思っている。でも大人だし男同士だし、口にしないけれどどこでこうなってしまったのかという思いを秘めながらの戦なんです。それでも重忠はやっぱり武士として守らないといけないものがあり、引き下がることができないところにきてしまっている。これまで畠山は感情を爆発させることがなかったので、戦をしたくない思いと悔しさ、このふたつの葛藤があったと思います」
第35回では義時と話す場面で床に穴が空くほど力を入れていたような演出があった。
大人なんだか子供なんだかわからない苦い局面を24歳の中川大志さんが年上の俳優たちと一緒に堂々と演じきったことは注目に値する。子役から俳優活動をしていてキャリアが長いということもあるだろうけれど、それにしても表情も口調も落ち着いていて、39歳の小栗旬さんや31歳の坂口健太郎さんより若いにもかかわらず、貫禄十分だ。
「大河出演はこれで4作目です。小学6年生で初めて大河のスタジオに入ったとき、大先輩の方々ばかりいらして、ものすごく緊張感ある特別な空気を味わいました。その空気がずっと自分の体に染み付いていて、何年経ってもスタジオに行くと背筋が伸びます。『鎌倉殿』の現場も、先輩ばかりでやはり緊張しましたが、飲み込まれず戦い抜くことを目標にしてきました。誰よりも強く誇り高い畠山重忠という役が毎回、自分を奮い立たせてくれたと思っています」
大河、そして畠山重忠の歴史を背負って演技に臨んだ中川さん。戦いの後、去っていく重忠の表情も印象的だ。
「頼朝の死後、鎌倉幕府に少しずつ歪みができて、この戦が起きなくても、重忠は鎌倉を離れていたのではないかと思いました。ここにはもう自分の居場所がない。信じて命を賭けて仕えてきた鎌倉ではもうなくなっていたのではないか、なんて思いました」
中川さんはそう賢げに語った。
誰よりも強く、誰よりも清い人物・畠山に去られ、唯一の良心がなくなった鎌倉。だが暗闇に落ちかかった義時が、畠山から清い精神を受け継いだ、これが三谷幸喜の描く北条義時像なのではないだろうか。家(私欲)から国へ――。そこに例の実朝事件のヒントが見えてきそうである。
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