おとどちゃん連載・12「笑うかどにはふくきたる」

「好きな水族館ランキング」2年連続1位!(ねとらぼ調べ)今年で創業91周年の桂浜水族館。

高知県桂浜にある小さな水族館から大きな声で、いきものたちの毎日を発信中!

広報担当・マスコットキャラクターのおとどちゃんが綴る好評連載第10回をお届けします!

以前のお話はこちらから。

 今年は早々に梅雨が明け、ぬるりと夏が始まった。肌に纏わりつくような湿気と、じりじりと照りつける太陽が、夏の攻撃力を増大させる。太平洋を一望できる最高のロケーションでありながら、遊泳禁止の桂浜。波打ち際に近寄ろうものならば、監視員の怒号が飛ぶ。灼熱の浜辺。蝉時雨を浴びながら遊歩道を歩いてやって来る人たちには、きっとこの水族館がオアシスに見えていることだろう。

 

 しかし、水族館=涼を感じる場所という方程式はここでは成り立たない。

 入口から建物へと伸びる通路のテントは改装のために梅雨入り前に撤去され、入館早々に来館者は、厳しい日差し、或いは雨風の洗礼を一身に受ける。

 そんな中、トドプール観覧席の屋根の改修工事に続き始まったエントランスの工事も順調に進み、新しい部屋がひとつ増設された。そうして七月も下旬に差し掛かった頃、同じ建設会社がチケット売場の拡張工事に取りかかった。紅白幕の囲いの中から漏れるはつり作業の音が激しく鼓膜をノックする。増設された新しい部屋は、工事が終わるまでの間の仮のチケット売場となり、轟音の中での事務作業に新人スタッフが「頭がおかしくなりそうだあああー!!!」と悲鳴を上げた。

 さすが、現場監督が「今日から三日間くらい『お祭り』ですよ」と悪戯な笑みを浮かべただけのことはある。機械が作動するたびに壁伝いに館長のデスクが小刻みに振動し、事務所が軋む。目の前に立つ来館者との会話もままならない。解体された壁の粉が舞い、景色が白く霞んでいる。普通なら臨時休館するだろう。しかし、どんな状況でも営業するのが桂浜水族館なのだ。

 そう考えると、約一カ月間の休館を余儀なくした新型コロナウイルスの存在は大きい。

 ウィズ・コロナ。今しかないと全国の緊急事態宣言が解除されてから約九カ月。特別演舞という形ではあるが、高知の夏の風物詩であるよさこい祭りの開催が決まり、三年ぶりに高知市納涼花火大会も行われることとなった。こうしてようやく夜明けが近づいて来たかと思った矢先、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

  高知県のコロナ感染者がこれまでの数をはるかに上回る過去最多の七百人越えを記録し、さらにその数日後には千人近くを叩き出したのだ。戦争や天災、疫病や世界を揺るがす事件――。令和という時代もまた、始まりから今日まで人類に衝撃と動揺をもたらすばかりであるとつくづく思う。

 そんな混沌とした世界でも、初夏の空は青く、絹のような薄い雲を光らせている。それを乱反射するように海が煌めく季節。有線で流れるサマーチューンは、少し前に流行った曲だ。流行は儚い。映画も音楽もファッションも、ランキングはすぐに塗り替えられる。夏の煌めきは、見限られてゆくものの影を色濃くするから少し苦手だ。勝手に覚えた一抹の寂しさが、心の脆い部分に積もり積もって感傷的な気分にさせる。あまりにも天気がいい日は、泣きそうにさえなるのだ。

——(ここから有料)—–

 トドプール観覧席に座って蝉の歌声に耳を傾けていると、本館から小さな赤いバケツをふたつ持った新人飼育員が出て来て、これからコツメカワウソの「フク」と「ダンデ」に給餌すると教えてくれた。足早に歩いて行く彼の後を追うように、二匹が暮らしている部屋があるアシカ補助プールへと向かう。

 飼育員が部屋の扉を開けると、先に出て来たのはダンデだった。フクはダンデの後に続き軽いステップを踏みながら出て来ると、降り注ぐ陽ざしを眩しそうにしてみせた。目を細め、空を見上げる彼女は少女のように可憐で、その横顔は翳りのある美しさを纏っている。新人飼育員にキャットフードをもらう合間に顎を撫でられ気持ちよさそうに身を委ねるも、過度に触れると「もうよしなさい」といわんばかりに飼育員の動きを制して静かに咎める様子が微笑ましい。

 手足が短めで内股気味なのもチャームポイントだ。フクを見ていると、所作のすべてが愛くるしくて優しい気持ちになる。パートナーのダンデを追いかけるように今年の七月に同い年の十三歳になった彼女だが、年齢を感じさせないほど足腰がしっかりしていて、ご飯を食べ終わると、アシカ補助プールにある湾曲した洞窟の中を行ったり来たりし、まるで見ている人間たちをからかうかのように、ふたつあるどちらかの出入口から気まぐれに出て来ては、きょとんとしてみせる。

 可愛いなあ。愛おしいなあ。「もっと早く出会いたかった」だなんて、無邪気な不幸を思い描いてしまう。気まぐれな彼女にずっと笑わされる私。桂浜水族館に来てくれてありがとう。次は、きっとこっちの角を曲がって出て来るだろう。アタリ。笑う角にはフク来たる。

 

 ここ三、四年で全国放送のバラエティ番組における高知県の露出が増えたように思う。

 芸能人が来高し、グルメや文化、アクティビティをおもしろおかしく紹介する。桂浜水族館にも収録依頼がよく来るようになった。特に最近では、お笑い芸人と接点を持つ機会が多く、中には、プライベートで来館してくれる人もいるほどだ。それもまた飼育員ふたりが結成した漫才コンビ「リバーシブル」の原動力になっているのかもしれない。ついに日本一の若手漫才師を決める大会「M-1グランプリ」に出場することを公式YouTubeチャンネルで宣言し、私を含めたファンを沸かせた。

 数日後、印刷したエントリー用紙に、ツッコミ役である飼育リーダーが必要事項を記入し、ふたりのサインが並んだ。応募書類にはコンビの写真も同封しなければならない。せっかくだから海を背景に撮ろうと、陽炎が待つ浜辺へと出た。

「めちゃくちゃええ天気やなあ。こんな綺麗な海背景の写真送るの俺らだけちゃう?」

「ほんとですね。やっぱり優勝するとテレビとかラジオとかに出て忙しくなるんだろうなあ。そしたら僕ら水族館にほとんどいられなくなるんじゃないですか!?」

「早からなにいうてんねん。まあ、優勝するけどな

「頑張りましょう!」

「おう!」

 肩を並べてお決まりのポーズで写真を撮り終えたふたりが、煌めく海に青い夏を映す。水平線と並行に水面を割いて進む一隻の船は、夢に向かってひた走る彼らのようだ。

「よし。ほな、戻ろうか」

「戻りましょう」

 踵を返すふたりの後ろを歩く。ふと振り返ると、船はもうずっと遠くにいた。降り注ぐ蝉の声が、今年の冬、ふたりを包む観客の笑い声になっているかもしれない。

「おとどちゃん、なにしてんのー? はよ来んとおいて行くでえ」

 飄々とした声につままれ、ふたりの元へと駆ける。私は一階事務所に戻って、封筒に入れてあるエントリー用紙をそっと取り出した。職業欄にそれぞれが書いた「飼育員」という文字が誇らしく眩しい。これだから、やっぱり夏は少し苦手だ。館長のデスクの上に重なっている書類の一番上に封筒を置いて、私は事務所を後にした。

 

 七月も残すところあと数日。紅白幕の向こうで職人たちの手によってコンクリートブロックが順調に積み上げられ、新しい壁がつくられていく。本当に夏休み中なのかと疑いたくなるほど閑散とした館内。工事の機械音と蝉の声が競い合っている昼下がりに、一本の無線が入った。

「全体連絡、全体連絡。尼神インターの渚さんが来館されました!」

 数日前にツイッターで「近々行くからな」と言ってはいたが、彼女のフットワークの軽さにはいつも驚かされる。予定が立っているのなら教えてくれればいいものの、いつも一般人に紛れてしれっとやって来ては、何食わぬ顔をして重課金していく。

 三年程前、ツイッター上で初めてした交流をきっかけに、当時まだ名前がなかった二頭のカピバラの名付け親となり、「ムム」「テテ」という素敵な名前をプレゼントしてくれた。愛情深く、いつも二頭を可愛がってくれ、コロナ禍で二頭が亡くなった時は、「会いに行けなくてごめんな」と、献花を送ってくれた。いつからだろう。そんな渚さんのツイッターのアイコンが、気がついたら桂浜の海の写真に変わっていた。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、初めて休館することとなった時、私は不安と恐怖から彼女に胸の内を明かしたことがある。渚さんは、そんな私を強く優しい言葉で抱きしめ、心に巣喰う虚無感を拭ってくれた。

 久しぶりの再会。高鳴る鼓動を抑え、館内を探し回る。彼女は、食堂のテーブルで缶ビールを飲んでいた。

「渚さん!」

「おお。おとどちゃん」

 柄に柄に、柄。 そんな派手な服いったいどこで売ってんだよと、小一時間問い詰めたくなるようなファッションは相変わらずで、会うたびに見た目が喧しくなっていく。しかし、その人柄は、感情的な見た目に反して理性的で、どちらかといえば物静かであり、口調も柔らかく繊細だ。そのギャップもまたたまらなく愛おしい。

 彼女は、館内で動画配信をしたり、撮影をしながら三時間ほど滞在してくれた。

 帰り際、海を背景にふたりで写真を撮った。私のショッキングなピンクと青と黄色が、彼女の派手な柄のファッションと喧嘩するものだから、これはもう笑わずにはいられない。

「また会いに来たるからなあ」

 そういって浜辺を後にする彼女がゆっくりと小さくなっていく。

 渚さん、ごめんなさい。ムムも、テテも、救えなかった。悲しい思いをさせてしまった。寂しい思いをさせてしまった。それなのに、あなたはいつも、また会いに来てくれるという。愛に生きてくれるという。喉の奥がぎゅっと詰まる。彼女の姿が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。

 午後五時。仕事を終えた職人たちが帰っていく。他愛もない話をしながら門を閉め、皆で笑って水族館を後にする。海風に大きな松の木が揺れ、茶色の葉がさらさらと地面に落ちた。笑う門にはまた福来たる。派手な服着たあなたが来たる。

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TV Bros.編集部
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