岩井俊二×小林武史×アイナ・ジ・エンド鼎談「感動したのは、アイナさんの歌」 【音楽映画『キリエのうた』最速インタビュー】

監督:岩井俊二×音楽:小林武史による音楽映画『キリエのうた』が2023年10月13日(金)から公開される。これまでも『スワロウテイル』(1996年)や『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)などでも人々の心を動かし続けてきたふたりの心を射止めたのは、今回、映画初主演となるアイナ・ジ・エンド。歌うことでしか“声”が出せない路上ミュージシャン・キリエ役を演じ、本作のために楽曲を複数曲書き下ろし、唯一無二の歌声を響かせる。本作では、はたしてどのように音楽が放たれているのか? テレビブロスは「岩井×小林×アイナ」の3名に最速の楽曲取材を行った。

編集・取材・文/かわむらあみり

撮影/土佐麻理子

 

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最初『キリエのうた』はとても小さな話だった

 

 

――岩井監督が『キリエのうた』を作られたきっかけから教えてください。

 

岩井 明確なきっかけがあったわけではなく、『ラストレター』(2020年)という映画の脚本を書いていた時に、なんとなくキリエの元となるエピソードが出てきたんです。最初はとても小さな話で、田舎から上京してきたミュージシャンの女の子と、素人のマネージャーの女性が都会に出てきて珍道中するという話だったんですが、だんだんイメージがふくらんできて、気がついたらこんな話に(笑)。それならば、独立させて映画になるかもと『キリエのうた』を作ることになりました。

 

――アイナ・ジ・エンドさんを主演に抜擢されたのはどういった理由だったのでしょうか。

 

岩井 映画の原作を書いていた時期に、実際この役を誰にやってもらおうかと思っていたら、ちょうどROTH BART BARONさんというバンドのゲストでアイナさんが1曲歌っていたライブ映像を偶然オンライン配信で観て、衝撃を受けて「アイナさんでいきたい」と。

 

――小林さんは岩井監督と長年タッグを組まれていますが、最初に今作の音楽を手掛けてほしいというお話を聞いてどう思われましたか。

 

小林 先ほど岩井監督も言っていましたが、最初は大きな話ではなく、「ちょっとアイデアがあるんですけど」ぐらいから始まったんですよ。『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』は、まだ岩井監督も僕も若かった頃の作品ですが、かなり手応えのあった2作。岩井俊二という監督の中に“音楽”というものの立ち位置が確立されていて、さらにそこから生まれたものを面白いと思ってくれる人たちがいたからこそ、僕も関わってこられたんですよね。

原作・脚本・監督 岩井俊二 
1988年よりドラマやMV、CMなど映像界で活動を始め、その独特の映像は‟岩井ワールド”と称され注目を浴びる。1993年『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』で日本映画監督協会新人賞を受賞。1995年、初の長編映画『Love Letter』はアジア各国で熱狂的なファンを獲得。以降も、数々の名作を世に送り出し、国内外で表現の場を広げている。

小林 それからも公私ともに時々会うこともあって、その度にいろいろな話をするなかで、「また良いものを作りたいね」とは話していて。ただ、今回の話は当初、実際に僕が関わるかどうかは、あまりよくわかっていなかったんです。最初は「アイナ・ジ・エンドさんという人がいて……」という説明から始まっていますから(笑)。

 

アイナ ふふふふふ。

 

小林 そういう意味において、最初から『キリエのうた』を一緒にやろう、という話ではなかったんです。だから、僕がアイナにフォーカスするまではけっこう時間がかかって。でもある時、「もしかしたらこういうことかな?」と、今回音楽に関わるうえで、何かが降りてくるような感覚があって。それから撮影が終わるまでは一気に走っていった感じです。今思い返しても「よくやったな」と。まあ、一番よくやったのはアイナですが(笑)。岩井監督の気持ちに後乗りしている感じで、僕も追体験しています。今さらながら彼女のポテンシャルのすごさに驚いて、「ちょっとすみません、後乗りですが」と。

 

アイナ いえいえ、そんな。

 

小林 岩井監督は、「だから言ったじゃないですか、アイナはすごいんですよ」って(笑)。

 

映画主演のオファーは「好きな人からのお誘い」と歓喜

 

音楽 小林武史
80年代から現在までMr.Childrenなど日本を代表する数多くのアーティストプロデュースを手がける。岩井俊二監督との出会いから、映画『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』では映画と音楽の独創的なコラボレーションを行う。2010年の映画『BANDAGE』では音楽のみならず監督も務める。2003年には非営利団体「ap bank」を発足。

――アイナさんは岩井監督から映画主演のオファーが来てどう思われましたか?

 

アイナ びっくりしましたね。私、映画『PiCNiC』(1996年)を友達にすすめられて観て、「誰が作ってるんだろう? こんなに面白い映画」と思って、人生で初めてインターネットで検索したのが、岩井監督のこの作品だったんです。だから、お話をいただいた時は、「うわー! 好きな人からのお誘いだぁ!!」とすごく喜びました。

 

――「BiSH」解散後、ソロ活動をされるなか、映画の主演に抜擢とご多忙ですね。

 

アイナ とくに昨年は人生で一番忙しかったです。でも『キリエのうた』の現場に行って、岩井監督、(一条逸子・イッコ役の)広瀬すずちゃんや岩井組のみなさんと一緒にいると、すごく息がしやすくて。本当は余裕がないはずなのに、自然と心は軽くなっていく感覚があって、初めての体験でしたね。私が演じたキリエは歌うことでしか声を出すことができない役だったこともあって、たぶん無理してしゃべらなくてもいい、と思えたからかも。お芝居では、とにかくすずちゃんについていこうと、映画のふたりの関係性のままでいられましたし、さらにそこを超えた状態になれたように感じています。

キリエ(路花・キリエ)役 アイナ・ジ・エンド 
2015年“楽器を持たないパンクバンド”「BiSH」のメンバーとして始動、翌年メジャーデビュー。ほぼ全曲の振付も担当。2021年、全作詞作曲の1stソロアルバム『THE END』を発売、ソロ活動を本格化。2022年、ブロードウェイミュージカル「ジャニス」で主演のジャニス・ジョプリン役を務める。2023年6月、BiSH解散。現在はソロとして活動中。

 

アイナ 最近は、ずっとここ(取材場所の小林さんのプライベートスタジオ)にいたんです。1週間ぐらい、毎日来させていただいていて。

 

小林 そうだね。

 

アイナ 小林さんがピアノを弾いている後ろ姿を見て、「ああ、尊い景色だなあ」と。ここから名曲が生まれたんだと思うと、この瞬間がすごく幸せで、できる限りのことをやらなきゃと強く思う日々です。昨日も、すでに録り終わっていた歌のデータを小林さんとエンジニアの方にわがままを言って、「録り直したい」と言ってみたりして。

 

小林 相当レベルが高いものができているのに、さらにそれを録り直したんですよ。僕が指摘しなくても、自発的に言ってくるんです。その理由を聞くと、「なるほど」と。

 

アイナ 楽曲に使用してくださる楽器が、お会いするたびに増えていくんですよ。音色といいますか。

 

小林 曲によって楽器を増やしたり減らしたりしているんですけど。

 

アイナ 最初に、できましたと岩井監督に曲を送る時は、ギター1本で弾き語りの曲だったのが、そこから小林さんにアレンジしていただいたら、今まで聴いたことがない民謡楽器みたいな音が鳴っていたりして。

 

岩井・小林 はははは!!

 

アイナ 今の歌い方だったら似合わないかも!? となって(笑)。音の層が厚くなってくると曲のイメージがどんどん変わっていくので、合う歌を歌おうと一生懸命やらせてもらっています。

 

映画の音楽作りの楽しさと役割

 

――先ほどお話しされていた曲は、アイナさんが劇中でも歌っていて、今回のために書き下ろされたという、アルバム用の新曲のことですね?

 

アイナ そうです。今は、自分が書いた曲を小林さんがアレンジしてくださっていている段階です。小林さんが書き下ろしてくださった映画の主題歌「キリエ・憐れみの讃歌」も、レコーディングがあるので、ドキドキしています。

 

――小林さんは『キリエのうた』のサウンドトラック作りにおいて意識した点は何でしょうか。

 

小林 映画のサントラは、基本的には監督とプロデューサーの意向があってのことですが、音楽の作り手として、とても良い表現の場になります。『キリエのうた』も、曲ができると岩井監督に投げていって、どう返ってくるか? 映画の音楽作りには、そんな楽しさがあるんですよね。映画における音楽の役割としても、岩井監督は繊細に編集してきている人で、僕は最後に映画を観て、気づかされることもあります。

 

岩井 今回、難しかったですよ、映画と音楽をどうやって合わせていこうかと。アイナさんの歌があるので、そのバランスもありますから。

 

小林 ルネッサンス的なモチーフもあるからね、主題歌には。

 

岩井 「キリエ」ということで、讃美歌的な着想があったので。アイナさんの歌と讃美歌をスタート地点として、探っていきました。

 

――「キリエ」は、キリスト教の祈りのひとつのような意味があると?

 

岩井 そうですね、「キリエ」だけだと「主よ」という意味らしいです。

 

――主題歌「キリエ・憐れみの讃歌」はとてもドラマチックな印象ですが、どのような思いを込めて作りましたか。

 

小林 曲を作っている時期に、ちょうどアイナがBiSHを解散するタイミングで、今まさに変わろうとしている彼女のことを考えたり。一方で、キリエという人物が翻弄されながらも、最後にはバンドメンバーという仲間と立ち上がっていくこと、そんな支えるものが必要だという思いにもなったり。岩井監督とは前から創作活動をしてきて、さまざまなやりとりを経て、今ここに至っている。そういうことすべてが「キリエ・憐れみの讃歌」という楽曲にするべきだという“何か”を感じたんです。その方向性を示すために、とりあえず言葉を書いてみたら、意外に最後まで書けてしまって。

 

岩井 最初は、「この3人で書こう」なんて、言っていたんですよ(笑)。

 

――ええ? そうだったんですね!

 

岩井 でも、どうやって僕らは手をつけたらいいかわからないぐらい、完成した曲を持ってきて……。

 

アイナ 困りました(笑)。

 

岩井 ちょっと頑張って書こうとしてみたけど、ダメだった(笑)。

 

アイナ 私も、もう無理やん! ってなりました(笑)。

 

岩井 結果、「そのままでお願いします」となりました。

 

小林 申し訳ない(苦笑)。

 

主題歌「キリエ・憐れみの讃歌」は明るみに向かっていける曲

 

 

――完成された主題歌を実際に歌われてみて、アイナさん、いかがでしたか?

 

アイナ 劇中では、キリエはずっと路上にいて、地面に近い暗がりでギター1本だけで歌っていて。でも、この曲を歌う時は、先ほど小林さんも言っていたようなバンドメンバーという仲間が近くにいて、気づけばステージにも立てているんです。音楽で明るみに向かっていけるような曲で、私も役を通して、歌で肯定されていく感覚がありました。歌いながらも泣いてしまいそうな瞬間があるぐらい、気持ちが入ります。

 

――アイナさんはSNSで「撮影の空き時間に岩井さんがギターを教えてくれたり、夜中に曲を作って送ったらピアノを弾いてくれた」と発信されていました。

 

アイナ そうなんです。デモ曲を早く監督に送らなきゃいけないのに、全然送れなくて。とくに曲作りの前半は、今思い返すと「いい曲を作らなきゃ」というプレッシャーで、簡単に曲を送れなかったのかもしれません。

 

岩井 音楽の作成期間がすごく短期間になってしまったから。ちょうどアイナさんはBiSHでも忙しい最中、曲も書かなきゃいけなくて、申し訳ない仕事をお願いしました。

 

アイナ いえ、監督はずっと待っていてくださったんです。他の人に曲を作ることを依頼される手もあったはずなのに、ずっと「アイナが書くほうがいいと思う」と言ってくださっていて。撮影の前夜という、本当にギリギリのタイミングで曲を送っても「これ、明日歌ってみようか」と言ってくださる曲もあって。受け止めてくださる懐の深さ、未熟なものを送っているのに「いいよ」と言ってくださることに、いつの間にか安心して、後半は曲作りが楽しくなりました。

――今回、映画の登場人物としてレコーディングされたんでしょうか、アイナさんご自身としての感情で歌われた?

 

アイナ 映画の登場人物として歌いましたね。でも、心のどこかではずっとアイナ・ジ・エンドもいて。たとえば劇中では、歌った時にイッコさんがお金をくれたり、ギターを弾いていたら、(松村北斗さん演じる潮見)夏彦が笑ってくれていたり。それだけで役を通して、自分自身もハッピーになったんです。私自身もキリエのように、「歌しかない」と思っているので、自分と似た役と、自分自身との狭間でレコーディングしました。

 

――今作は“音楽映画”と銘打たれていますし、アイナさんをはじめとした音楽界の方々が多く出演されていますね。そもそも岩井監督が“音楽映画”を手掛けるようになった理由は?

 

岩井 以前、中国のプロデューサーに、「音楽映画作らないの?」と言われたことがあって。中国では、『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』を音楽映画と呼んでいたんです。音楽は入っているけれど、映画というカテゴリーのつもりだったのが、「僕は音楽映画が撮れる監督なんだ」と、その時、自覚して。それからは、映画と呼ぶものもありながら、コンスタントに音楽映画というジャンルのものも作り続けられたらなと。音楽映画は、まず音楽を聴いてもらって、盛り上がってもらえる作品を意識しています。

岩井 今回は小林さんとアイナさんの世界観同士のフュージョンでこうなっていって。それはふたりのパワーであり、音楽が成せるマジックでもあります。物語がスケールアップしていったのも、アイナさんがキリエとして歌う世界観と合わせていくと、最初の小さなプロットでは全然足りなかった。そして口がきけなくて大阪をさまよう子ども時代という、最初からのイメージに合うのは、アイナさんしかいない。あとからですが、アイナさんが東京に出てきた時に「路上で歌を歌っていた」と聞いて、近いエピソードだなと。

 

小林 まさか大阪の子ども時代はさまよっていないよね?

 

アイナ さまよったのは、東京に来てからですね(笑)。

 

岩井 東京では少しさまよったと(笑)。

 

アイナ 地元の大阪は両親がいるので(笑)。上京してBiSHに入る前に、路上で歌っていました。サラリーマンのおじさんに「何歌ってほしいですか?」と聞いて、「中森明菜の曲」と言われて、携帯で歌詞を検索して歌うと、ケンタッキーフライドチキンをおごってくれて。

 

小林 すごいね。

 

アイナ おなかがすいていただけなんです(笑)。

 

――では最後に、岩井監督から音楽映画『キリエのうた』の聴いてほしい・観てほしい点をお聞かせください。

 

岩井 なんといっても、アイナさんの歌ですよ。ここ最近で感動したことはアイナさんの歌だったので、この気持ちをそのままセリフにしている場面もあるくらい(笑)。

 

アイナ うれしいです。

 

岩井 歌から広がる世界を楽しんでいただいて、感想を聞かせてほしいですね。

 

【information】

『キリエのうた』

2023年10月13日(金)全国公開

原作・脚本・監督 :岩井俊二『キリエのうた』(文春文庫刊)
出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華 / 広瀬すず
村上虹郎、松浦祐也、笠原秀幸、粗品(霜降り明星)、矢山花、七尾旅人、ロバート キャンベル、大塚愛、安藤裕子、鈴木慶一、水越けいこ、江口洋介、吉瀬美智子、樋口真嗣、奥菜恵、浅田美代子、石井竜也、豊原功補、松本まりか、北村有起哉
音楽:小林武史
主題歌:「キリエ・憐れみの讃歌」Kyrie(avex trax)
企画・プロデュース:紀伊宗之
製作プロダクション:ロックウェルアイズ
配給:東映
©︎2023 Kyrie Film Band

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