抑圧の中で生まれた文学&『英雄の証明』映画星取り【2022年4月号映画コラム】

TV Bros.WEBで毎月恒例の映画の星取りコーナー。今回はSNSやメディアの“正義”の怖さを描く『英雄の証明』を取り上げます。
星取り作品以外も言いたいことがたくさんある評者たちによる映画関連コラム「ブロス映画自論」も常設しておりますので、映画情報はこちらで仕入れのほど、よろしくお願いいたします。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

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<今回の評者>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:ラピュタ阿佐ヶ谷の六邦映画特集に通っています。

ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始(Twitch:https://twitch.tv/noon_cafe)。
近況:映画評論家。ぶった斬り最新映画情報番組「CINEMA NOON」最新回はYouTubeチャンネルを。NHK大阪で長年担当してきた火曜夕方の映画コーナーが4月26日から全国放送になります。

地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
近況:『フリードキンアンカット』を遅まきながら面白く鑑賞。各名作の分析はさることながら、月岡芳年のコレクターだということに感激。

『英雄の証明』

監督・脚本・製作/アスガー・ファルハディ 出演/アミル・ジャディディ モーセン・タナバンデ サハル・ゴルデュースト サリナ・ファルハディほか
(2021年/イラン・フランス/127分)

●イラン・シラーズで、借金の罪で投獄されているラヒム。ある日、彼の婚約者が偶然にも金貨を拾う。借金を返済すれば出所できるが、罪悪感にさいなまれたラヒム、落とし主に金貨を返すことを決意。その善行がメディアに報じられて時の人となるが、SNSで広まったある噂で状況は一変し、幼い息子も巻き込んだ事件に発展していく。第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作。

4月1日(金)Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国順次公開
©2021 Memento Production – Asghar Farhadi Production – ARTE France Cinéma
配給/シンカ

柳下毅一郎
爽快感は求めないでください
「名匠アスガー・ファハルディの」「重厚な」映画で、軽い出来心を反省して善行を積もうとしたおかげでどんどんドツボにはまっていく一介の庶民の塗炭の苦しみがジリジリと石臼をまわすように精神を削ってくる系映画。
★★★★☆

ミルクマン斉藤
正直者はバカを見る、だけでは終わらないジレンマ。
最近、月に2,3本あることも珍しくないSNSネタだが、切羽詰まった状況への追い込みようは流石ファルハディ、情け容赦なく無常観に苛まれること必至。でもどの国でも起こりうる普遍的な話だけに、そのぶん過去作のような独自性が薄くなってしまったのも事実。
★★★★☆

地畑寧子
美談の闇
不器用にしか生きられない男が、周囲の小賢しさに翻弄されるという共感度の高い作品。晴れやかな気分にはなれないが、話を盛ることの落とし穴、メディアが引き起こす狂騒が雪だるま式に大きくなっていく展開はさすが。
★★★★☆

気になる映画ニュースの、気になるその先を!
ブロス映画自論

柳下毅一郎
抑圧的体制下の生が生み出したソヴェート文学
『ヌマヌマ』(河出書房新社)を読んだ。沼野充義・沼野恭子というロシア、スラヴ文学の研究、紹介者夫婦によるロシア・ソヴィエト文学アンソロジーである。今こういうとき、最初にないがしろにされるのが文学や映画だったりするからだ。ロシア人もまたプーチンの戦争の被害者なのであり、そもそも抑圧的体制下の生がソヴェート文学を生み出したのだ。『ヌマヌマ』にはほとんど名前もはじめて聞くような作家たちの、驚くべき傑作が集められている。アンドレイ・ビートフの「トロヤの空の眺め」はまるでムージルのような幻想譚で、ロクに翻訳もないというのが信じられない。だがそれ以上に心に残ったのがミハイル・シーシキンの「バックベルトの付いたコート」である。ソヴィエト体制を信じ、そして裏切られて失意の元に死んだ母親の思い出を語るこの掌編で、シーシキンは母親の純真極まりない少女時代の日記を読んだ衝撃を語る。「これはまわりで何が起こっているかわきまえていない馬鹿な若い女の子が単純だとか愚かだとかいう話ではない。これは、私たちがこの世をどんな地獄に変えてしまったにしろ、こういう女の子を過去も、現在も、未来も、この世に送り続ける方の知恵なのだ」そう、プーチンが作り出したこの地獄にあっても、生きる喜びにあふれる少女はきっといるのだ。

ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選

 

ミルクマン斉藤
どうしても頭から退けることができないのはあの国のことで…。
今年も大阪アジアン映画祭を完走。けっきょく11日間で短編入れて56本観たわけだが、時節柄地域的に目立ったのがトルコ/ロシア/ウクライナ映画『二度と一緒にさまよわない』だった。主人公はトルコに旅行に来ている二人のウクライナ人。バックパッカーのメガネ君サーシャは、片思いの彼女が彼氏と別れたと聞き、急いで地元キーウに帰ろうとしたものの飛行機に乗り遅れてしまった。そんな彼にケータイ貸して、と寄ってきたのが迎えに来ない彼氏(?)にブチ切れてスマホを衝動的に破壊してしまったオデーサの女の子サーシュカ15歳。毎日のようにあの地域の地図をニュースで見ているもので、地理的な位置関係はばっちりだ。とにかく、そんなわけで朝の便が出るまでのあいだ、自分勝手でお転婆で、でもコケティッシュな少女とあてもなく見知らぬトルコの街をさまようことになる……というラブコメのセオリーどおりの35分の短編。まだ20代と思われる監督のユージーン・コシンはモスクワで映画教育を修めたウクライナ人だが、ウェルメイドな映画を撮れる力量は充分あるとみた。

地畑寧子
アン・ホイ監督が描く香港への愛情
『バーニングタウン 爆発都市』(原題:拆弾専家SHOCK WAVE2)が近日公開になるが、敵役であるテロリストのボスを演じている謝君豪(ツェー・クワンホウ)を久々にスクリーンで見て嬉しくなった。日本ではコアな香港映画ファンにしか響かない映像作品への出演は少ない人だが、その実彼は演劇界ではつとに知られた名優である。そんな彼が、過去出演した映画でひと際光っていたのが、『千言萬語』(99年/映画祭上映のみ)だった。香港演芸学院(アクターズ・スタジオに相当)で同窓だったアンソニー・ウォンとくしくも共演したこの作品で彼は社会活動家の光と影を妙演。そして、監督のアン・ホイ(許鞍華)は、70年代から97年の中国返還までの香港を、活気あふれる社会から距離を置かれた人々と彼らを守る人々の立場を通して、ぎっしりの愛情が込めて描いている。そのような彼女の生まれ故郷への心持ちは『わが心の香港 映画監督アン・ホイ』に詳しいが、たびたびカテゴライズされてしまう社会派監督という意識は本人には毛頭ないようだ。アンソニー・ウォンが語っていたように、生の人間らしさの追求というのがホイ監督の本意なのだろう。
周知の通り、香港国安法の発令で香港の映画人の立ち位置も大きく変わった。この状況のなかでも生まれ故郷を離れず、市井の人たちの可笑しみを優しい視点で撮り続けるアン・ホイ監督を変わらず応援したいと思う。

『バーニングタウン 爆発都市』

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