「つけびの村」の著者で「ロイヤルホストを守る市民の会」代表でもあるフリーライターの高橋ユキさんがお届けする、ブロス的社会派連載!
事件や報道を追う中で引っかかった“違和感”を、ロイホでひと息つきながら軽妙に綴ります。
(マイブームメニューの紹介つき、みんなもロイヤルホストを守りに行こうね!)
写真・文/高橋ユキ
編集/西村依莉
「ママ〜。もう10時だよ」
日曜朝、子供に声をかけられベッドから飛び起きた。10時に散髪の予約を入れていたのだ。ヤバい。どうがんばっても間に合わない。すぐに連絡しないと。でも何て言う? 半分寝ぼけた頭で考えたが、この状況では言い訳もしようがない。速攻スマホを手に取り美容室に電話を入れた。
「大変申し訳ございません!思いっきり寝坊してしまい、今起きました!!」
寝起きのかすれた声で通話を終えるとダッシュで美容室に向かい、また謝った。謝罪で頭を下げたのは久しぶりだ。彼らの予定を狂わせてしまった罪悪感でいっぱいだった。『5分前の精神』をモットーとしているだけに、自己嫌悪がすごい。
ひたすら謝罪し、ようやく散髪のために椅子に座ると「正直に寝坊と言う人は珍しいですよ」と、笑って教えてくれた。こんな私に対するビジネス上のフォローであろう。なんと優しい美容師さんだろうか。また申し訳ないと思うが、私も空気を変えようと、恥ずかしい気持ちのまま「みなさんどんなふうに遅刻の連絡をしてくるんですか?」と尋ねた。みんなの言い訳に興味もあった。すると、
「『忘れ物をした』とおっしゃる方は多いですよ」
その手があったか。だけど自分みたいに、オンタイムで寝ぼけた声で電話をして「忘れ物」という言い訳は通用しないだろう。逆に恥ずかしい。正直に伝えてよかったと改めて思った。
さて、普段私は裁判所に通って被告人の話を聞いているが、彼らの言い訳にもいろいろある。性犯罪の言い訳で多いのは「ストレスがあった」というものだ。とは言っても、現代人は皆なにかしらストレスを抱えている。「忘れ物をした」と同じように、本当の事情を隠すためのものかもしれない。言い訳ひとつにも、さまざまに考察ができるし、そこに人柄も見える。法廷の前段階である逮捕時に、容疑者らはどんな言い訳をしているのだろうか。
カスタマーセンターの対応が悪かったと話す 吉野家立てこもり男
2021年12月16日 FNNプライムオンライン
千葉・八千代市の吉野家に、刃物を持って一時立てこもり、現行犯逮捕された男は、「吉野家のカスタマーセンターに電話した際の対応が悪かった」などと話していたという。
15日午後4時すぎ、千葉・八千代市八千代台西の牛丼チェーン店の吉野家で、「包丁を持った男が厨房(ちゅうぼう)に入ってきた」と110番通報があった。
当時、店内には客1人と従業員2人がいたが、すぐに逃げ、男は刃物を持って厨房に立てこもり、「警察を呼べ」と叫んでいた。
警察は説得を続け、午後5時半ごろに男を確保し、建造物侵入と銃刀法違反の現行犯で逮捕した。
男は50代くらいで、「吉野家のカスタマーセンターに電話した際の対応が悪かった」などと現場で話していたという。
カスタマーセンターの対応にイラついたとして、店への立てこもりとは穏やかではない。とはいえ、個人的には、これは正直な言い訳なのだろうと感じられた。そもそも、カスタマーセンターに電話したということは、店に対してなんらかのネガティヴな感情を抱いていたはずで、すでに火種はあった状態にある。そのうえ電話口での対応が悪いと感じれば、悪感情は増しただろう。店やカスタマーセンターの対応が本当に悪かったかはわからない。その後は黙秘をしていると報じられていた。
ところが同日の同じくFNNプライムオンライン『追跡ニュース 記者の目』で、取材者は違う仮説を立てている。
男は、カスタマーセンターの対応に抗議する目的で、立てこもり事件を起こしたのか?いや、それは違うのではないか。事件記者の”勘”は「年末に現れる”逮捕されたい願望男”に違いない」と告げている。
言い訳ひとつにも、このようにさまざまな考察ができるのが実に興味深い。本音と建前の世界で私たちは生きていることを実感させられる。
遅刻の言い訳「忘れ物」に、実際は違う事情があるように、この立てこもり男は実は「逮捕されて留置場で年の瀬を過ごしたかった」のではないかと、FNNプライムオンラインで記者は解説している。世の中、さまざまな意見があるのはいいことだが、しかしこの説は個人的には違うだろうと思う。ただ留置に入りたいというだけならば、別の犯罪を考える者もいるためだ。むしろこの取材者がそんな自説を展開する内心や事情のほうが気になってくるが、それは置いて別の言い訳を見てみよう。
どら焼きとプリン盗んだ疑い 39歳男「おなかがすいていた」 旭署、出店荒しなどの容疑で逮捕
2021年12月16日 千葉日報
上記記事の内容は有料契約しているユーザーしか見れないものの、タイトルだけで全てがわかる。おなかがすいていたから食べ物を盗んだ。シンプルだ。しかし、こっちのほうが「留置に入りたい」類の、別の本当の理由があったのではないかと私は感じてしまった。
ポストからレターパック盗み、女性の下着など入れて戻す…無職の男「バカなことしたかった」
2021/10/12 読売新聞
神奈川県警川崎署は11日、川崎市川崎区、無職の男(71)を窃盗と郵便法違反の両容疑で逮捕した。発表によると、男は6月23日と8月1日、川崎東大島郵便局前の郵便ポストから、レターパック2通を盗んだほか、6月23日と8月3日頃、投函(とうかん)されたレターパック2通を理由なく開封した疑い。
同署によると、男は容疑を認め、「バカなことをしたかった。5年前から100件ぐらい抜いた」と話しているという。
やたら迷惑な犯行ではあるが、この言い訳に私は強い共感を覚えた。バカなことをしたい。すごくわかる。飲み会でハメを外す大人がいるのも、こうした願望の表出ではないかと見ている。アントニオ猪木はじめ、さまざまな著名人が「バカになれ」と言うように、たまにはバカになった方がいいのだろう。真面目に生きているからこそ、バカなことをしたくなる。この無職の男もそうだったのか? それともこれは建前で、本音は、他人の郵便物を覗き見ることに興奮するタイプだけど、恥ずかしいし言いたくないから「バカなことをしたかった」と言ったのか? そこはわからない。
殺人遺体写真を不倫相手に 警部補「自慢したかった」 守秘義務違反容疑で書類送検
2021年7月29日 京都新聞
京都市下京区の市営住宅で昨年10月に起きた殺人事件の遺体写真を知人女性に送信したとして、京都府警は29日、地方公務員法(守秘義務)違反と有印公文書偽造・同行使の疑いで、下京署の30代男性警部補を書類送検し、停職3月の懲戒処分とした。警部補は同日、依願退職した。
府警によると、警部補は既婚者で女性と不適切交際をしていた。「大変な仕事だと自慢して女性の気を引きたかった」と話し、容疑を認めているという。
書類送検容疑は昨年10月21日、遺体が写った事件現場の画像データ1点を女性にメールで送信し、同12月末ごろ、自宅のパソコンで自身の婚姻歴を消して独身と装った戸籍事項証明書を偽造して女性に送った疑い。
おまわりさんの言い訳は建前であるという偏見を持っているため、これもその疑いが拭いきれないが、本音のようにも見える。言い方を変えれば「不倫相手にかっこいいところを見せたかった」ということだと思う。そのために遺体の写真を送るとはサイコパス度がすごい。私がその事件の関係者だったらブチ切れてしまうだろう。
2021年6月8日 朝日新聞デジタル
人気ロックミュージシャン、氷室京介さんの偽Tシャツを販売したなどとして、警視庁は8日、名古屋市の会社員の男(43)を商標法違反容疑で書類送検した。男は氷室さんの熱狂的なファンだという。
渋谷署によると、男は昨年4月、氷室さんの事務所が商標権を持つ「KYOSUKE HIMURO」のロゴに酷似したマークを付けたTシャツを東京都内の男性に2750円で売った疑いがある。12月には、同様のマークの付いたパーカやジャンパーなどのグッズ60点を販売目的で持っていた疑いがある。
容疑を認め、「中学生の頃から(氷室さんが)好きだった。売り上げの一部をファン同士の懇親会の費用にあてた」などと供述しているという。
男は氷室さんのファンクラブのメンバーで、2018年ごろからファンクラブの仲間に偽グッズを売っていたと署はみている。19年10月からは自身のホームページで広く客を募っていたという。
私もこの男と同じく中学生の頃から氷室さんが好きだ。2016年のファイナルライブ『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』にも、もちろん行って号泣した。目覚ましのアラームはずっとBOφWYの『ONLY YOU』か『PLASTIC BOMB』である。氷室さん周りは、チケットの高値転売にも厳しく、なんとなく、こうした姑息な輩を許さないというイメージを持っていた。それがこともあろうにファンクラブにも入っているガチファンが……。おそらく「中学生の頃から好きだった」のは本音であろうが「ファン同士の懇親会の費用」にあてるために、大好きな氷室さんの偽グッズを売るなど、本末転倒だ。しかし氷室さんの周りは熱狂的ファンが時折こうして氷室さんを困らせるので、私も大いに困っている。2013年には氷室さんの実家が放火で焼けた。この犯人もファンだった。
ちなみに記事の写真に男が販売していた偽グッズが写っているが、マネキンが妙にポーズを決めているのが非常に気になっている。ライブの時に氷室さんもこれに近いポーズを取るし、BOφWY時代の『BEAT EMOTION』ジャケットのポーズも思い起こさせる。渋谷署にも熱狂的ファンがいるのかもしれない。
最後に、これは本音中の本音ではないか? と思った逮捕時の言い訳を紹介して終わりたい。
2015年4月、フィリピンでのべ1万2000人以上の女性と買春していたという元横浜地立中学校校長が逮捕された。彼は動機についてこう語っていた。
「仕事のプレッシャーが強ければ強いほど、倫理観のたがを外すことで開放感を味わえた」
ダイエット後の食事がいつもより美味しく感じられるように、抑圧からの開放には、危険な魅力があることを私も知っている。
また今回の原稿は、週明けだという締切を若干オーバーしてしまったが、もう言い訳せずに黙って送りたいと思う。
<プロフィール>
高橋ユキ
1974年福岡県生まれ。裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成しブログで裁判ルポを発表したのを機にライターとなる。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』、共著に『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』など。最新刊『つけびの村』がノンフィクションとしては異例のヒット作に。また、大好きなロイヤルホストを食べ支えるべく「#ロイヤルホストを守る市民の会」を発起。SNSを中心にその活動はじわじわと広まっている。
Twitter:@tk84yuki
ニュースレター:https://tk84yuki.theletter.jp/
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