本サイトで「ロイヤルホストから違和感をこめて」を好評連載中の傍聴人・高橋ユキさんが、新刊「逃げるが勝ち」を発売! うっかり仕事の合間に読み始めると、ぐんぐん読み止まらなくて、仕事に支障をきたす困った一冊なので、ぜひうっかり読むべし!
それにしてもどうしてこんなに引き込まれて読み止まらない本なのか。
その謎を、能町みね子さんが言語化してくれました。読み手としてのスタンスがはっきりしたところで、改めて「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」、読み返したくなります!
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文/能町みね子
「逃げるが勝ち」の題材は、逃亡者です。なんらかの罪を犯したうえ、拘束されているときに逃げ出したという、モラルを破るにも程がある人たちです。それはけしからん。許してはならない。なぜ先進国家である現代ニッポンでこんなことが起こってしまうのだろうか。我々は警察の失態について知り、法の不備を憂い、改善を呼びかけ、世直しをせねばならない。
……と、濃い眉をキリッと吊り上げて言ってみてもいいんですが、この本はたぶんそういう本ではありません。そういう部分がないわけじゃないが、そこは主題ではありません。
私、能町は、著者の高橋ユキさんと「非週刊女性ポパイ」というイベントを定期的にやっています。
高橋ユキさんは裁判傍聴ライターで、私は単なる下世話な「事件好き」。そんな2人で、世間ではそんなに話題にならないほどの三面記事的な事件を研究し、時には裁判傍聴に行き、こんなことがあったよと研究発表(?)するイベントです。
「令和のウィークエンダー」なんて呼んでくれた方もいらっしゃいます(が、私は皆さんが思うより案外若いので、ウィークエンダーを知りません)。どうやらこのイベントは当初からウィークエンダー的なスタンスだったと思われます。これを始めたとき、当初から「2割マジメに、8割週刊誌的なゲスさで」をキャッチフレーズとしていたのです。
(編集部註※ウィークエンダー…1975年から1984年まで土曜の夜に日本テレビで放送されていたワイドショー「テレビ三面記事ウィークエンダー」。全国ニュースで伝えられることがない事件について、フリップボードや再現VTRで解説していた番組で、性犯罪や情欲絡みの殺人事件をメインに扱うことが多かった)
私たちが気になるのは、あえて陳腐な言葉でいえば人間の「多様性」かもしれません。法を犯す人なんて、なかなか周りにはいない。ふだん過ごしていて、まず会えないタイプの人がどんな人なのか、純粋に興味があるのです。
で、やっぱりこの本も、「2割マジメに、8割週刊誌的なゲスさで」というスタンスなんじゃないかなと思うのです。
もちろん、脱走囚は、脱走以前に罪を犯しています。だから被害者がいます。被害者からすれば、加害者をこうして取り上げること自体が確かに不愉快かもしれない。犯罪被害をおもしろがっているのでは、という批判も起こりうる。そういう意見に対しては真摯に向き合わなければならないのも確かだ。
でも、「少しでも不愉快・不謹慎に思う人がいるなら書くべきではない」と「苦情があろうと気にせず書きたいこと書いちまえ」と、物事はこの0か100かではないと思うわけです。絶対書いてはいけないことと、書いてもまったくかまわないことの間にはグラデーションがあります。最低限の配慮をしながら、それなりの面白み・人間味も盛り込みながら、書く。その絶妙なバランスを取れたものが、実録犯罪もののノンフィクションとして成立するのだと思います。この本はもちろん、バチーンと成立しまくっていて、おもしろい。問題意識を持つこともできるけど、まず第一に、おもしろい。
だって、「脱走」とか「脱獄」とかって、ワクワクしませんか。この本に出てくる1人は、脱走し、自転車で日本一周をしている人になりきり、仲間まで作って、警察の職務質問まで受けたのに切り抜けている。もう1人は、逃げた先の島の空き家にしばらく暮らし、そのあと海を泳いで渡っている。島の人は「脱走囚がいるなんて怖い」と眉をひそめるかと思いきや、会ってもいない囚人になぜか親しみまで感じており、一方で凶悪な脱走囚を探しているはずの警察はふつうの勤務体系なので「昼は探すけど、夜は休む」みたいなスタンスで、だから囚人の彼も夜に簡単に行動できてしまう。現実には、こんなふうに呆れるほどマヌケな一面があったりする。
リアリティってこういうこと。人は常に法則どおり、理屈どおり動いているわけではない。私はこういう細部のどうしようもないリアリティを見て「にんげん〜!」と言いたくなります。「またまた〜、にんげんってば〜!」って気持ちになります。
最近の話で言えば、山口県阿武町の誤振込使い込み犯だって、報じられる細部のリアリティが輝いていました。お金大好きでちょっとワルくて奔放な若者が、どういうわけかド田舎の一軒家にひとりで住んでいて、よりによってそんなところに大金が誤振り込みされる。こんなの、フィクションで書いたら「なんでそんな無理のある設定?」「ご都合主義じゃない?」と思われそうな話ですが、これがリアリティ。
この話のとき、正義感に溢れた人たちは「こんな些細な話より、コロナ予備費の使途不明金のほうがよほど大事だ!そっちを追求しろ!」なんておっしゃっていて、それはまったく正しく、反論の余地もないのですが、どうしたって大概の人は誤振り込み事件のほうに興味を惹かれてしまうものです。事実は細部を見れば見るほど輝く。誤振り込みした町側の行動にも、それをパクっちゃったあんちゃんにも、「うわ〜、もう、にんげんってば〜〜〜」と思ってしまいます。
この本の主題は、そういう「にんげんってば〜〜〜」という気持ちをフルパワーで喚起させるところにあるように思います。
このように現代の問題を知ることをできますとか、今後の社会生活に役立ちますよとか言うことではなく、とにかくおもしろいですよ、と私はなるべく屈託ない顔で勧めさせていただきます。
あと、よかったら「非週刊女性ポパイ」も見てください。
※非週刊女性ポパイ 第7号
8月28日(日)に開催決定! 配信ありなので、ぜひとも能町みね子さんと高橋ユキさんのウィークエンダーぶりを見るべし。チケット発売日は8月13日(土)。
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/223093
のうまち・みねこ●自称漫画家・文筆家。「非週刊女性ポパイ」特派員Mとしても暗躍している。近刊「私みたいな者に飼われて猫は幸せなんだろうか?」も絶賛発売中です。
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