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<文・太田光>
鏡
リーダーは、執務室の窓から夜空に浮かぶ月を見つめていた。
ここ数ヶ月の記憶をたどり、自分の選択が正しかったことを必死に確認していた。
体には疲労がたまっているが、まだ倒れるわけにはいかない。深夜だったが、頭は冴えていくばかりだ。
遠くで爆音がしたような気がするが、気のせいだろう。戦地からは遠く離れている。爆音が聞こえるはずがない。
静かな夜だ。
月は煌々と輝き、世界には問題などなく、何事も起きておらず、平穏な気さえした。
「ケケケ、いい気ニャもんだニャぁ……」
突然、ヘンテコリンな声がした。声の方を見ると部屋の隅にいたのは、奇っ怪な白い小さな動物だった。
耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
……まさか。
警備は厳重なはずだ。この時間、側近の訪問すら許してない。何者も侵入できるはずがないのだ。
「ケケケ、そんニャにビックリするニャよ。おまえ達だって、今まで平気で侵入禁止の所に土足で踏み込んできたニャ……」
「何だと?」
思わず声に出して反応しかけて慌てて口をつぐんだ。
……これはネコだ。何を話そうというんだ。
やはり疲れているのかもしれない。
「失礼ニャ。おれはネコじゃニャイ。ウサギだニャ」
「ウサギ?」
また思わず声が出る。
ウサギネコはニヤニヤと笑って窓の外の月を指差した。
「あそこからきたんだニャ」
リーダーは月を見て不思議そうな顔で振り返った。
「ケケケ、そうか。お前の国では月の影はウサギではニャイんだったニャぁ。場所が違えば同じものでも違うものに見えるんだニャぁ……ケケケ、面白いニャ」
何が面白いのかわからない。とにかくこいつは何者で、どうやってここに侵入してきたのか? 目的は何か?
「ケケケ……目的はニャにか、だって?……ケケケ、こっちがお前に聞きたいニャ。世界中がお前に聞きたい言葉だニャ……お前の目的はニャンだニャ?」
リーダーは慌ててデスクの上の通信スイッチを押すが、どこにも通じない。携帯端末も電源がオフになっている。部屋のドアを開けようとするがビクともしない。
「ケケケケ! ニャにやっても無駄だニャ。ここはお前の住む世界じゃニャイ……」
リーダーの額から汗が落ちる。青ざめた顔をしたリーダーをウサギネコがニヤニヤしながら覗きこんだ。
「自分の思い通りにニャらニャイ世界にきた感想はどうだニャ?……ケケケケケ……一度聞いてみたかったんだニャ。世界のトップに立っているのはどんニャ気持だニャ? 大変だろうニャぁ。そんニャにがんばらニャくてもいいんじゃニャイかニャぁ? ケケケ」
リーダーは自分のデスクに駆けより、引き出しから拳銃を取りだしてウサギネコめがけて引き金を引いた。
ピョン、ピョン、ピョン。
と、気の抜けた音がする。銃口から飛び出した3発の弾丸はウサギネコに届く前に空中で花になってヒラヒラと落ちた。
「ケケケ! だから言ったんだニャ。ここはお前の世界じゃニャイ。そんニャもの、ニャンの役にも立たないニャ」
リーダーは持っていた拳銃を窓に投げた。窓ガラスは割れず、拳銃の方が粉々に砕けた。
「ケケケ、そう簡単にこの世界からは逃げられニャイニャ」
リーダーは目まいがして、フラフラと椅子に座った。
「不愉快かニャ?」
ウサギネコはニヤニヤしながら言う。
「こっちのセリフだニャ……お前たちが普段いるのは、お前たちの概念が作った世界だニャ。お前たちが勝手に作った概念だニャ。でもそこに住んでるのはお前たちだけじゃニャイ。お前たちの概念ニャンか関係ニャイし、知らニャイ、俺たちも住んでるんだニャ。俺たちはやっぱり不愉快だニャ。今のお前たちみたいに。でも多少不愉快でも仕方ニャイから住んでるんだニャ……」
リーダーは水をコップに注ぎ、一気に飲みほした。
「ケケケ、取って喰ったりしニャイから安心しろニャ……おれからお前たちに提案があるニャ」
「お前達?」
ウサギネコはニヤニヤしながら続けた。
「お前たちはそろそろ不愉快な決断をするべきだニャ……不愉快ニャことを受け入れるべきだニャ……この世界はお前たちだけの世界じゃニャイ……お前たちがそれぞれ少しずつ不愉快ニャことを分け合って受け入れるべきだニャ……言葉ニャンてしらニャイ、小さニャ動物たちのことも考えて……」
「不愉快な決断……」
「そうだニャ。今お前がいるこの世界は、俺たちの概念の世界だニャ。不愉快だろ? 居心地悪いよニャ? ケケケ……大丈夫だニャ。今、元の世界に戻してやるニャ……ケケケ、お前たちも今まで結構やりたい放題やってきた方だニャ……ケケケ」
そう言うとウサギネコは壁に掛かった大きな鏡の方へ歩いて行った。
そして鏡の前で立ち止まると振り返った。
「ケケケ、そろそろいい歳ニャンだから……体、大事にするんだニャ……みんニャの体……ケケケ」
そういうとウサギネコは鏡の中に入っていった。
突然全てが元の世界に戻ったように感じた。
リーダーは、ハッとして、鏡の前まで行く。
鏡の中に映っていたのは……。
「お、お前は……」
二人の世界のリーダーは、一瞬我が目を疑った。
鏡の中にいたのは自分ではなく、互いが世界で一番憎んでいる相手だった。
片方は白髪の老人。片方はかなり髪の毛が抜けた頭の老人だった。二人の目が合う。
その時どこからかヘンテコリンな声がした。
「不愉快を受け入れるんだニャ……ケケケ」
次の瞬間、鏡の中の自分は元に戻っていた。
西と東のリーダーは、互いの目が似ていることに気がついた。
「ケケケ」
ヘンテコリンな笑い声だけが小さく聞こえた。
投稿者プロフィール
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太田光(おおた・ひかり)●1965年埼玉県生まれ。中でも文芸や映画、政治に造詣が深く、本人名義で『マボロシの鳥』(新潮社)などの小説も発表。
田中裕二(たなか・ゆうじ)●1965年東京都生まれ。草野球チームを結成したり、『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)などで披露する競馬予想で高額馬券を的中したりと、幅広い趣味を持つ。
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