押井守のサブぃカルチャー70年「漫画の巻 その5」【2022年1月号 押井守 連載第35回】

漫画文化を語る最終章。50代ごろから漫画にかける情熱が薄れたという押井さん。その原因とは? 漫画やフィクション作品を原作とした制作に対する思いの変化とは? そして、押井さんからまさかの「YouTube」という言葉が!?

取材・構成/渡辺麻紀

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自分が興奮した作品を映画にすべきじゃないと思うようになった

――前回は、最近はもう漫画を読まなくなったというお話でした。何か理由があるんですか? 押井さん。

うーん……40代まではかなり熱心に読んでいて、50代になったあたりからあまり読まなくなった。いまは(桜)玉吉さんの新刊が出たときとか、星野(之宣)さんの作品を一気読みしたり、諸星大二郎をときどき引っ張り出すくらい。

人から勧められて読むときもあり、確かに面白いとは思うんだけど、続きを読もうということにはならない。漫画に対する情熱が終わったのかなあと思ったりもするんだよ。

――追いかけるには情熱が必要ですもんね。

もうひとつの理由は、自分で漫画の原作をやったから。『セラフィム』(『セラフィム 2億6661万3336の翼』<1994年>)や『犬狼伝説』(『犬狼伝説 Kerberos Panzer Cop』<1988年>)、『西武新宿戦線異状なし』(『西武新宿戦線異状なしDRAGON RETRIEVER』<1992年>)、光瀬龍の『夕ばえ作戦』(2008年)とかね。『ケルベロス』関係だけでも3本やっているし、なかにはそれなりに売れたのもあった。

一番、やる気になっていたのは『とどのつまり…』(1984年)の頃かな。コマワリは自分でやり、背景も描き込んでいた。それを森山(ゆうじ)の絵柄で翻訳したという感じで、この時期は燃えていましたよ。

――趣味や好きなことを仕事にしちゃうと、純粋に楽しめなくなるとよく言われますが、そういう感じもあるんですか?

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