以前から時折ツイッターで猫写真を募集しては癒されていたにも関わらず、「自分なんてまだまだ猫好きとは言えない」と謙遜する能町みね子さん。縁あって一緒に暮らし始めた猫との、なんの変哲もない日々を綴るエッセイ連載がスタートします。初回は愛猫の健康を祈願して、全文無料公開いたします!
文&題字イラスト/能町みね子 写真/サムソン高橋
猫のエッセイなんか書く奴はつまらない奴だと軽蔑しています。猫の漫画もそうです。
だって、猫だよ。かわいいじゃんか。猫がかわいい、というエピソードをいろいろな角度から語るだけである。エッセイの題材としてきわめて平凡である。私がエッセイ教室なんか開いたとして、猫のことなんか書いてくる生徒はまず減点である。なにせ猫のエッセイなんて千年以上前から書かれている。枕草子にだって登場するほどだから、もうエッセイと言えば猫といってもいいレベルである。
いま、枕草子に猫が登場するかどうか、ググって確かめた。
私は教養がないので、とりあえずなんでもググっている。たぶん枕草子にだって登場するんじゃないかな? と思って、書いてみてから、調べたらどんぴしゃだった。よかった。清少納言のこと信用しといてよかった。
本当だったら、清少納言が書いたというのをきちんと知っていたうえでこういうことを書いたほうがかっこいい。ググってるのはダサい。
長編の文学作品で、本編に入る前の右側のページの、なんかこう真ん中へんに、ちょこんと載せるように、昔の小説の一節とか、偉人が言った名言とかを、これみよがしに書いてる文豪が小憎い。ヘロッと教養を見せつけるさま、悔しい。あれ、やってみたい。私はそういう教養がないから、自分が書いたものを見事に象徴するような他人の一節や名言なんか、頭の中から全然出てこない。あれをやれる人は一体どうなってんだよ頭はよ。
――若い猫は恋人であり、老いた猫は賢母である。 ショーペンハウアー
噓です。ショーペンハウアーはこんなこと絶対言っていない。ショーペンハウアーというのは、文字数的にいい感じで重みがあるので採用した。ショーペンハウアーさんが何を書いたか、私は全然知らない。
――もし犬がいなかったら、私自身“生きたい”とは望まなかっただろう。 ショーペンハウアー
今度はなんだよ犬のこともテキトーに書いたのか、と思われそうだが、これはなんと本当にショーペンハウアーが言ったことだそうです。本当です。びっくりしました。私はまたググったのだ。もしかして本当にショーペンハウアーが猫のこと書いてないかな? と思ってググったのだ。そしたら、なんとショーペンのやつ、犬が大好きってことで有名だった。マジで。いや、本当に知らなかったんですよ私は。私の勘、いいのか悪いのかさっぱり分からない。なんで犬のほうなんだよ! ショーペン!
ちなみにこれ、今ググって「へー!」って思ったけど、そこそこ信用できそうなサイトに書いてあったから事実だろうなと思っているだけで、本とかで確かめたわけではない。
こたつ記事、という言葉があります。歩いて取材をせず、本や論文などの資料にあたって調査することもなく、こたつから出ないまんまでググったりしただけのソースで記事を書く安っぽいネット記事などをこういうふうに揶揄するんです。
私は、まさにこたつ記事ライターである。ふだん書いている文も、かなりの割合でネットで調べたことだけをもとに書いている。こたつから出ないなんて、まるで猫である。猫ライターといってもいい。
よくない。
まったく、ノリだけで書いているので、こういうノリだけの文がどんどん生まれていく。
何か実のあることや、ためになることを書こうと思っているわけじゃない、ただ「書きたい」だけのときにはこんなふうな文章がどんどん産生されていく。
それでなんだっけ? 何が書きたかったんだっけ。
猫のエッセイについての話だった。
そうそう、そのね、今さら書いてもどうせつまらない猫のエッセイっていうのを、私に書けという人がいる。私が猫を飼ったから。
嫌だよ、だってつまんないんだもん。
……と、思っていたのだけれど、よくよく考えてみたら、私はちょうど「つまらなくなりたい」などと考えていたんでした。
もう人生に変な山谷が生まれるのは勘弁なんです。不幸であったほうがおもしろい作品が書ける、みたいな偏見というか、ある意味での事実というか、そういう流れからいい加減に離れたい。だから、いわゆる結婚とか、いわゆる幸せとかに、形だけでも乗っていけないもんかね、と思って、私は「結婚」をしたのだ(この経緯は「結婚の奴」という本に書いたから買って読んでね)。以後、いまも「不幸だからおもしろい」反対! 「幸せでつまんない」を目指すぞ! とこぶしをふりあげてデモ行進しておりまして、幸せ活動の一環として猫を飼いはじめちゃったんでした。だから、猫などのつまらない題材について書く、というのは、私にとって正にいまうってつけのお仕事なのであります。じゃあやる、やるわ。つまんないの書くね。
今日もね、昼、猫といました。ちょっといま薬をあげなきゃいけなくて、粉薬、ちゅ〜るに混ぜても食べてくれないし、いろいろ試しても無理だったから、最終手段としてシリンジに入れて、口につっこむという乱暴なやつをここ数日こなしていまして、心が痛いです。嫌われちゃうんじゃないかなと思っちゃうの。でもうちの猫、薬飲んだあとはさすがに嫌がってバーって階段上って逃げちゃうんだけど、そのあとゆっくり追っていったらコロリンって寝てお腹を見せていて、ニャ? とか言ってくれて、嫌われてないの。ほらもう、とってもつまらなくて幸せな話。もし猫がいなかったら、私自身“生きたい”とは望まなかっただろう。……いや、そこまでじゃないや。ショーペン、大げさすぎんだろ。
すごい勢いでここまで書いたけど、猫の名前すらまだ明かしてない。また次回ね。
能町みね子●文筆家・自称漫画家。近著に『結婚の奴』(平凡社)。発売したばかりの新刊『雑誌の人格3冊目』の表紙では、自らギャルに扮し話題沸騰中。副業でラジオやテレビやネット配信も。NHK『金曜日のソロたちへ』にレギュラー出演中。
Twitter:@nmcmnc
猫インスタ:@komachinomachiサムソン高橋●ゲイライター。雑誌「SAMSON」編集者・ライターとして勤務後、フリーに。能町みね子と猫の家族。著書に『世界一周ホモのたび』(ぶんか社)『ホモ無職、家を買う』(実業之日本社)(ともに画 熊田プウ助)など。
Twitter:@samsontakahashi
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