2016年、この国の一部のコアなホラーマンガファンたちは、とあるマンガに夢中になっていた。その作品の名は『恐怖の口が目女』。崇山祟という漫画家が、どこの商業媒体でもなく、定期的にWEBに自主発表しているものだった。
一見は昭和の貸本時代風のレトロなホラー。だが作者自身が「先の展開は全く考えず、とにかくページを埋めて自分で設定した〆切に間に合わせていた」と後に語ったように、全く不必要な展開を定期的に挟みつつ、物語はレトロなホラーから諸星大二郎作品のような伝奇へ、そして終盤は『デビルマン』かのような人間対人間のハードなSFへと変貌。回を重ねるごとに絵柄もどんどん変わる。長期連載作品だと 「1巻と最終巻で絵柄が全然違う」というのはよくある話だが、『口が目女』は1年の間に30年分くらい絵柄が変わる。ここからしか得られないドライブ感がある、すごいマンガだった。
この作品を、なんとかしてもっと多くのマンガファンに知ってほしい。当時リイド社で、プロの作家が商業媒体に発表したものの単行本化はされていない名作短編をサルベージして復刻するWEB企画「劇画狼のエクストリームマンガ学園」をやっていた自分は、この企画で崇山先生の過去のインディーズホラー作品を紹介し、『口が目女』の知名度アップに協力したいと作者に申し出たところ、
「それだったら新作を描き下ろします!」という返事が即座に返ってきた。そうなるとそもそもの前提が……と思い、再度丁寧に説明するために電話したのだが、もう笑いが止まらないくらい前向きに話が通用しない。 「いやだから、新作の原稿料が出せるわけじゃないので……」「大丈夫です!」「いや……それは嬉しいんだけど、これは復刻企画というスタイルで……」「ですよね! あのラインナップに加われるなんて嬉しいです! 面白いの描きます!」
ははーん、この人は企画の趣旨を一切理解していないな。分かった。落ち着け。気持ちはよく分かる。でも話を聞け。そんなキラキラした声で喋るな。頼む、とにかく話を聞いてくれ崇山。 そういったやり取りを繰り返した結果、こちらの意図は一切伝わることはなく、プロ作家の復刻企画であったはずの「エクストリームマンガ学園」にて、アマチュア作家の新作『童貞兵器』が世に放たれることとなった。
『童貞兵器』は、企画意図を無視して発表されたことを差し引いて考えれば、最高の短編だった。「こんな作家がいたのか!」と、新たに知ってくれた方の反響も大きく、その中で『恐怖の口が目女』がめでたくリイド社から単行本になることになった。
発売を目前に控え、それに合わせて今度こそ「エクストリームマンガ学園」で過去の短編を紹介しようと崇山先生に打診したが、案の定意図は伝わらず、またしても描き下ろし新作『いかさま』が世に放たれた。
『いかさま』は進行がギリギリで、〆切前日の深夜に、二人で修正打ち合わせを繰り返し、「これが発表されて単行本が売れたら、お互いの人生が変わるぞ!」と笑い合ったが、深夜のテンションで修正したので翌朝に見返したら全然よくなってなかったり、崇山先生との仕事はずっと楽しかった。どちらがどちらの顔色を伺うこともなく意見を出しあえる、気持ちのいい関係だったと思う。崇山先生はそれを、関わるすべての人とやっていたんだろう。
『いかさま』作中で、平賀源内をはじめとする登場人物たちが「人々をユカイにさせるため」に全力で戦い、楽しく生きる様が描かれる。
自分も崇山先生とユカイでくだらないことを全力でできたことを誇りに思う。
そんな崇山先生が急に旅立ってしまわれた。『Gペンマジックのぞみとかなえ』が無料公開され、単行本化に向けて盛り上がっていたところだったので、本当に残念でならない。 亡くなったあとに評価されることや、リアルタイムで愛を伝えられないことに意味があるのかは分からない。でもそれでも、この人の作品はこれからも知られ、読まれていってほしいと思う。
崇山先生は『口が目女』以後も、『シライさん』『Gペンマジック のぞみとかなえ』などの商業作品を発表され、WEBサイト「電脳マヴォ」にも多くの短編が掲載されている。もちろん前出の『童貞兵器』 『いかさま』も無料公開中なので、一人でも多くの方に、崇山祟という人間がいたことを知ってもらいたい。
崇山先生、どうか安らかに。
もし成仏しない方のパターンだったら、生前と変わらない、たのしいおばけになれますように。
崇山祟『Gペンマジックのぞみとかなえ』※マンガクロスで連載
げきが・うるふ●マイナーマンガ紹介ブログ・なめくじ長屋奇考録の管理人&特殊出版レーベル・おおかみ書房編集長。9/7(土)~25(水)開催の「地上最強刃牙展ッ!in 大阪」、ほんのちょっとお手伝いをしています。詳細は@gekigavvolfなどで!
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