最終回 結局、笑いとは?(後編)
笑いについて長々と垂れてきた戯言も今回で最終回です。
この連載はギャグマンガ家としてデビューして、細々ながら「笑い」を仕事にしてきた自分が、笑いとは何かを問うものだった。
そして、それは結局、いびつな自画像を描くことだった気がする。
若い頃、笑いは武器だった。
田舎の母子家庭育ちで、見事に落ちこぼれだった僕にとって、笑いは世界を茶化し、埋められない劣等感を誤魔化す手段だった。
思春期を送った80年代は、ちょうど学生運動が引きずる影も消え、YMOが登場し、ひょうきん族がはじまり、シニカルな笑いが時代の空気をつくっていた。僕もサブカルに熱を上げ、『宝島』や『ビックリハウス』、当時の『ガロ』を読みふけった。
他人より面白くなりたかった。普通の人生はまっぴらだった。
高校卒業後、刑務官という特殊な職種を選んだのも、自分自身をネタにしたかったからかもしれない。
上京後、笑いは凶器になった。
デビューがギャグ漫画家なので、笑いは自分を世間とつないでくれた恩人でもあるけれど、同時に自分を追い詰める凶器にもなった。
いまでこそギャグは芸人の放つ一発ギャグを指すものになったけれど、当時のマンガ家にとってギャグはPUNKやROCKと同じ、その思想の核となるスピリッツだった。
ギャグマンガは笑いの最先端で、常に先鋭化を余儀なくされて、ぶっとんでるほど尊いとされた。
それまでギャグ漫画家はたいてい気が狂って廃業するという定説があって、実際、僕も『バカドリル』以降の数年間はけっこう病んだ状態で、その頃の記憶は曖昧だ。
ところが、バブル終焉と共にギャグマンガはあっけなく終了した。個人的な見解だが、笑いと経済は密接に関与する。景気のいいとき、世間は不条理で左翼的な笑いを求めるが、不景気になると保守的でベタな笑いになる。
懐に余裕がないときの不条理ギャグは、モラトリアムの寝言にしか聞こえないのだ。
ダウンタウンの登場以降、笑いの現場は完全に芸人に移行した。
僕は滅びた側のギャグ漫画家として、芸人の「笑い」がゆったり世間を支配する様子を遠巻きに眺めていた。
お笑い芸人に嫉妬しつつ、誰からも共感されないギャグを目指すという不毛な時期はかなり長く続いたけれど、そのおかげで電気グルーヴのお二人にも松尾スズキさんにも出会えた気がする。
いまも続けている『バカサイ』や『書き出し小説』といった投稿企画も、悶えながら求めた笑いがなんとか世間の少数派に届いた結果かもしれない。投稿者のみなさんには感謝しかない。
いま、笑いは友人だ。
生きていれば、人は無数に傷つき、誰にも言えない恥を抱え、ときには絶望に突き落とされる。そういうときに求められる共感ほどウザいものはない。
誰にも会いたくないときは、誰にも会う必要はない。
長引く孤独はよくないけれど、孤独には自分を守る作用がある。笑いは、そんなとき寄り添ってくれる友人のような存在だ。
どうしようもなく愚かな自分に「仕方ないよ」と肩に手をのせ、絶望の出口で待ってくれている。ようやく立ち直った自分を真っ先にからかってくれるのが、笑いという友人だ。おそらく一生の付き合いだろう。
笑いとは何かを己に問うとき、いつもいきつくイメージがある。
最後はそれをコントとして書き残したい。
男は彼に何かあげたかったが、なにも持っていなかった。
男は仕方なく、懐から何かを取り出し、手渡すふりをした。
「これ、やるよ」
受け取ったふりをして、彼はこう言った。
「こんないいもの、いいんスか!?」
二人はしばらく見つめ合い、腹を抱えて笑いあった。
笑いは持たざる者が、それでも人になにかを与えたいときに手渡す、なけなしの何かだ。
もらった者は笑うしかない。なぜなら、それはあまりに見すぼらしく、美しいからだ。
最後に、紙の雑誌のテレビブロス時代から長きに渡って締切を待ち続けてくれた末光さんに感謝します! ご苦労様でした。
天久聖一
あまひさ・まさかず●1968年生まれ。香川県出身。1989年漫画家デビュー、以降、主に漫画以外のジャンルで活躍。日刊SPA!の読者投稿企画「バカサイ」やデイリーポータルZ「書き出し小説大賞」で選者を務める。今はもっぱらグッズ販売に夢中☆ 来夢来人
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