第13回 笑いの次に来るもの2
クラッシュ 4Kレストア無修正版 Blu-ray セル
価格:6,380円(税込)
発売元:TCエンタテインメント/是空
販売元:TCエンタテインメント
(C) 1996 ALLIANCE COMMUNICATIONS CORPORATION, IN TRUST
【笑いの風景化】
80年代に起きたお笑いブームは平成の30年間ですっかり体制化し、ついには風景化した。ただ、そのせいで笑いが元々持っていた批判性や破壊衝動は、その体制を脅かさない程度で許されるものとなった。
もちろん個々の芸や作品の中には十分実験的なものや挑発的なものもあるけれど、どれも最低限の共感が意識されている。ひと様にお見せするものとして、それは当然だろう。いくら自分が面白いと思ったものでも、それが伝わらないと単なる自己満足に過ぎない。
すごく正論だと思う一方、そんな自己満足こそが重要だと訴える自分もいる。笑いにすることで鈍る、鮮度を失うものは確かにある。現代は笑いを偏重するあまり、逆に笑いに縛られた笑えない時代ではないだろうか。では、いま「笑い」に変わり得る抽象概念とは何か──それが「エロ」ではないか。前回はそこまで書いた。
【クラッシュフェチ】
もう何年も前になるけれど、ある仕事でさまざまなフェチについて調べていた。とは言っても要はネタづくりで、笑える変態を探していたというのが正直なところだけど。
SMやラバー、スカトロや動物性愛、さすがにネクロファリア(死体愛好)は笑えないなと思いつつ、闇っぽいサイトを掘り進めて、ふと指が止まった。
クラッシュというジャンルを聞いたことはあった。何かを踏み潰したり、破壊することに性欲を感じるフェチである。昔観たクローネンバーグ監督(J・G・バラード原作)のその名もズバリ『クラッシュ』という映画は、自動車同士の衝突にエロスを感じる変態映画でかなり好きだった。
いくつか拾い観た動画で、クラッシュはさらに細かくカテゴリー分けされていることを知った。フェチの世界は外から見るとジャンル別にしか認識できないけれど、当事者にとっては各人それぞれに拘りがあって、誰ひとり完全に被ることはない、極めてプライベートな「個の集まり」なのだ。
代表的なクラッシュは「フードクラッシュ」と言って、食物を踏み潰す性的嗜好。見た目はかなり不謹慎だけど、だからこそ興奮できるんだろうなと、一応は呑み込めた。
「インセクトクラッシュ」は、昆虫など小さな生物を生きたまま踏み潰すという嗜好で、これはもう病的な胸糞悪さしか感じなかった。
一体、次はどんな動画を見せられるんだと思いつつ(見なきゃいいのに)、開いた動画で肩すかしをくらった。それは黒いハイヒールがスマホを踏み潰しているもので、単にもったいないだけで、おおよそ性的興奮からは遠いものだった──そこがよかったのかもしれない。
最初はただのヒステリックな行為にしか映らなかったその動画が何日も頭に残り、そのたびに見返した。相変わらず性的興奮までには至らなかったけれど、それとは別の興奮というか「面白さ」を感じていた。
説明はいくらでもつく。スマホは言うまでもなく現代人の分身なので、メタファーとしての破滅願望を満たす儀式というのが一番とっつきやすい解説だろう。でも本人にそういう自覚があったとは思えない。あったとしても後付けに違いない。編集の跡もない雑な動画にはアート的な意図はまったく見られず、それだけに切迫した性的衝動が伝わった。
気がつくと笑っていた。当人は笑われるためではなく、自分の性癖を公開することでさらに快感を得たいという性的欲張りだ。しかし、そのストレートな欲望が憐れであり、頼もしかった。
笑いの根源にあって、しかも先立つもの──それはやはり性(セックス)だと思う。
【1968年生まれの性欲史】
1968年生まれで良かったことのトップクラスに、思春期とアダルトビデオの黎明期が重なったことがある。いや、一概に良かったとは言えないけれど、頷いてくれる同輩は多いはずだ。
うろ覚えの記憶をウィキペディアで補完すると、元祖AV女優と呼ばれた小林ひとみのデビューが1986年だった。ということはちょうど僕が18歳のときで、彼女のデビューと同時に僕は堂々とレンタルビデオのビニール幕をくぐれる年齢になったわけだ。
確かに、あの頃はどうナチュラルに18禁の暖簾をくぐるかしか考えていなかったような気がする。レンタルビデオの店員が、おっさんから若い女性に代わったことが理由で引っ越したことまであった。
そうしているうちに、セルビデオの革命が起き、モザイクが急激に小さくなった。一体、俺はいつから剥き出しの肛門を当たり前のように眺めているんだろうと遠い目になるのも束の間、ネットの登場によって無修正の時代が訪れ、アダルトコンテンツはダウンロードからストリーミング、そしてVRと劇的進化を遂げた。
ことエロに関しては、チンパンジーがサラリーマンになるくらいの進化が、18歳の青年が50過ぎのおっさんになる間に起こったのだ。なんか恐い。
アダルトビデオの話題になると、すぐに性的搾取といったジェンダー論争になってしまうけれど、別の角度から見ると、これほど男性側の「精」が搾取されている時代もない。
それまでの性風俗は基本的に1対1で、ストリップにしてもその空間を埋める人数しか相手にできなかった。しかも、この場合、最終的な射精を果たせるのは舞台に上がるスケベ代表だけだった。
ところが、アダルトビデオの普及は観客(視聴者)を飛躍的に増やし、そのほとんどを射精まで導く。勝手にマス掻いてるだけだろと言われればそれまでだが、ひとりの女優に対して放たれる無駄な精子量を考えると、搾取されているのはむしろ男性側ではないかと思ってしまう。得をするのは常にメーカー(資本)側だ。
子供を持ってからマジで心配なのが、デジタルネイティブの性がどう形成されるかだ。親にできることはせいぜいブラウザに年齢制限を掛けることくらいだが、気休めに過ぎないのは分かり切っている。
自分が若い頃はあんなに苦労して手にいれたオッパイ画像が、いまやバナー広告でうざいくらい入ってくる。無尽蔵な性的イメージの中で自分なりの性趣向を確かめるには求めるというより取捨選択、提供された性癖の組み合わせ、あるいはカスタマイズになるだろう。
翻って己に戻ると、自分たちはオタク第二世代にあたるらしい。第一世代がつくったオタクという思想フィールドで屈託なく遊び、享受できたのは僕らの代からだと思う。
小学校のときはヤマトやガンダム、中学ではうる星やつら、高校のときにはナウシカと、後のクールジャパンにつながるような作品に立ち会えたわけだけど、その裏側であまり表沙汰にはしなくないオタク史ものぞいた気がする。ロリコン・美少女のムーブメントである。
先に告白しておくと、僕はロリコンに乗れなかった。うる星やつらのラムちゃんは確かに可愛かったけれど、その後のアニメ美少女には興味がなかった。たぶんそこには警戒があった。一度足を踏み入れると戻って来られないような魔性のようなものを感じていた。
ただ後年、違法アップロードされた膨大な同人エロマンガを見てその進化というか、多様化に度肝を抜かれた。一度たがを外した性欲はこれほどゲスになれるのか……呆れると同時に凄みを感じた。
おそらく僕ら世代から後のセックス観は、テクノロジーが変えた環境とオタクから発生した「萌え」によって世界でも類を見ない異形化を遂げている思う。
そして、この性的な歪みを、つまりはフェティズムを歪みではないひとつのアイデンティティとして捉えることが、日本のカルチャーに残された数少ない選択肢かもしれない──つづく。
天久聖一
あまひさ・まさかず●1968年生まれ。香川県出身。1989年漫画家デビュー、以降、主に漫画以外のジャンルで活躍。今はもっぱらグッズ販売に夢中☆ 来夢来人
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