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 「愛が何なのかわからない」という類のセリフが、フィクションや現実にて囁かれるとき、私は大概懐疑的な感情を跳ね返すことになる。
 簡単に言うな、と思うからだ。愛ってなんなんですかねえ。とか、愛なんてどうせ無いとか、そんな生ぬるいことを言っていいほどお前はそれについて真剣に考え尽くしたのか? 全ての可能性の扉を見て回ったか? 諦めや悲観に脚を取られて思考をサボる暇なんかあるのかよ。と、そのくらいまでは一瞬で思う。それは私がある種、考え続けること・試し続けることのその姿勢、休もうとも歩みを完全には止めないでいるときのそのつま先の角度、そういうもの自体が愛という形のないなにかに近いような気がすると考えているからでもあるし、多少むきになっているからでもあると思う。
 『エゴイスト』という映画の中で、冒頭のセリフとほとんど同じ言葉を発するシーンに、素直に胸を打たれたのが数日前の話だ。ほんとうに珍しいことで、自分自身の心の動きに驚いた。そして、その言葉をそのまま素直に受け取るための心の状態みたいなもの自体が、この映画と向き合うたった2時間弱の中で丹念に整えられたものなのだとも思った。すばらしい映画だった。

 エッセイストだった高山真氏(2020年没)の自伝的小説を原作とし、鈴木亮平と宮沢氷魚という説得力もフォトジェニックさも抜群の俳優2人が出演するこの映画について、公開前から各メディアに出ているインタビュー記事などからその真摯な姿勢が見え、周囲でも話題になっていた。ゲイカップルの出会いから愛し合う日々の描写、互いがどのようなスタンスで愛を伝え合ったか、そして物語後半にかけてゆるやかに主題が変わっていく……かのように見えて、壊れそうにふるえながらも紡がれることをやめなかった大いなる主題が浮かび上がってくる、ミクロでいて壮大な物語だった。
 終始ドキュメンタリータッチで繋がれていく映像によって、その狭い被写界深度と不安定な主観映像的動きによってこの物語が1人の個人的な主観のみにフォーカスしていることがわかる。原作小説は未読だが、自伝的小説であることを考えると作者への敬意ゆえなのではないかと思わされる。ドキュメンタリータッチの空気感を映画に記録することが非常に巧く、何度も心のなかで感嘆のため息が漏れた。1シーンごとにこのシーンの孕む教訓めいたものの個人的是非や、シーン自体の必要性について無意識にジャッジすることを繰り返すような観方をせざるを得ない作品もこの世には数多ある中で、見進める毎に何かをジャッジしようとするような思考回路がするすると解けていき、ただそこに生き、感じ、考え、与えあい、愛し合い、苦しみさえも与え合い、触れ合っていく人間たちの記録を見ているだけ、というシンプルな感覚にさせてくれた、ということがどれだけ質の高い作品であるかを嫌味なく分からせてくれた。そして無論、その脳がほどけていくようなリアリティは、隅から隅まで行き届いた意識と、具体的な努力と配慮と真剣さがとことん注がれたことによってようやく立ち上がったものである、ということも感覚的に理解した。スタッフ欄を見ると、LGBTQ+インクルーシブ・ディレクターやインティマシー・コレオグラファーといった役職が並び、主人公の周りのゲイコミュニティの友人役にも当事者俳優がキャスティングされるなど(おそらく今の国内の商業映画としてできる範囲で)徹底されたリアリティの追求・特定のセクシャリティに対して誤解や偏見を増長したり、当事者が違和感を抱くような仕上がりにはしないための強い意識とそれを実行しきっている姿勢に感謝の意を感じるとともに、この水準で映画がこれからも作られていくことを心から希望し、その意思を発信していかないといけないと思った。(言うまでもないけれど、主役級の役柄であっても当事者俳優が起用される例が出てくるべきだし、セクシュアリティのカムアウトで俳優業にネガティブな影響の出ない世の中にもなるべきであって、まだまだ先は長い。)

 ここからは映画自体のネタバレになるので、未見の人でこれから鑑賞予定の人はご覧になってから。

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