「ささやかなライブ記録。中村佳穂、小袋成彬、SEKAI NO OWARIなど」【戸田真琴 2022年9月号連載】『肯定のフィロソフィー』

「『肯定のフィロソフィー』」の記事
  • 「お洋服を着ること、世界にとって善いことをすること」【戸田真琴 2024年9月号連載】『肯定のフィロソフィー』
  • 「蒸留酒と私、過去のADHD日記」【戸田真琴 2024年7月号連載】『肯定のフィロソフィー』
  • 「いつか途切れる世界の終わりで」『オッペンハイマー』を観て【戸田真琴 2024年6月号連載】『肯定のフィロソフィー』
もっと見る

「何度も、死ぬほど幸福だと思えた」監督・戸田真琴が映画製作で見た景色【映画『永遠が通り過ぎていく』インタビュー】

 

 両手のひらがヒリヒリしている。幸せな痛みにすこし浮かれながらわたしたちは階段を降りた。2022年9月14日、アルバム「NIA」を掲げて行われた中村佳穂のワンマンは、ここから続くツアーの初日だった。昨年6月に足を運んだ「うたのげんざいち」LINE CUBE SHIBUYA公演で細田守監督作品『竜とそばかすの姫』の主演への抜擢が発表され、明るい未来を祝福するような晴れやかなステージを味わった日がまだ印象に新しいが、「あれからいろんなことがあった」と語り始めながら始まる今回のステージは、彼女がその頃よりもさらに活動をはるか遠くまで届くよう飛躍させたにも関わらず、これまでよりもさらに、ステージと客席との心理的な距離が近く感じられた。わたしたちが座ったのは3階席で、ほとんど何にも視界を遮られずステージ全体を見下ろすような形で鑑賞した。キーボードとボーカルの中村佳穂と、ベースがひとり、コーラスとドラムスがそれぞれ二人ずつ、というリズム特化のユニークな編成だった。心臓のようにツインドラムが会場の根っこを揺らし、その隙間を自由にメロディーが縫っていく。
 会場全体が見えるぶん、サイドの空中席ではちきれるように踊るスーツの男性や、ゆらゆらと身体を揺らす家族づれの人たちや、年配の方、小さなこどもたちまでもが思い思いに過ごしているのが伝わってきた。こどもたちの姿を見つけた中村は、「なにで知ってくれたのかな」と声をかけつつ、『竜と〜』の劇中歌を即興で歌い、それから、「映画に出たことで生まれた曲をやります」と前置きし、「NIA」収録の「Q日」を披露。“うっかり稼いで豪遊してみたい 大金つぎこんで失敗すらしてみたい”とコミカルに歌うすがたに、どんなに大きな仕事をして有名になってもこの自由さを失わずに軽やかにいるよ、というひょうひょうとした宣言を聞いているようでとても幸福な気持ちになった。

 最近行った中で最も幸福度の高かったライブが小袋成彬の「strides」ツアーの東京公演だった。とにかく今一番好きなミュージシャン、擦り切れるほど聴いているアルバムのツアーだったので、ツアー初日の横浜公演と恵比寿リキッドルーム2箇所のチケットをとった。コロナ禍にはいって初めて日本のファンに逢えるといって喜びを噛みしめる小袋のしずかではっきりとした幸福感と、ステージの上に立つすばらしいミュージシャンたち、互いへのリスペクトに満ちたZepp横浜もすばらしかったが、それから各地を回ったのちに行われたリキッドルーム公演は、よりぎゅっと詰まって“ライブハウス”感を感じる公演だった。満員にもみくちゃになった柱の見切れ席、ステージはまるでまともには視えず、パーソナルスペースを確保するのも難しい空間というのはもともと得意ではないはずなのだが、この身動きが取れないままほとんど音楽だけを感じ取った数時間が、私にとって味わったことのないほどの多幸感に満ちた時間になった。成熟されたチームの生み出すグルーヴは、個人的な感覚に共鳴していく流れを経てやがて客席全体を大きなうねりに変えていく。音楽の過剰なほどの完成度を感じた横浜公演に比べ、リキッドルームはバンドが共に越えてきたステージの重なりと自由度の高さを感じ、ラストシーン、「Gaia」での大合唱へたどり着く頃には、その慣れ感やラフささえも荘厳さのディテールへ昇華していくような、驚くべき矛盾と美しい景色が広がっていた。「マスクは自由です」「こんなに俺の音楽聴いてる人たちが居たなんて」と、価値観を無邪気にむきだしにして語る小袋のあの憎めなさ、元来のハッピーなマインドが客席に満ちて、多種多様なはずのファン達がひとつの大いなる美しい球体へと一体化していくような強烈なライブ体験だった。

 年越しの瞬間、紅白もCDTVも見ずにNUMBER GIRL VS ZAZEN BOYSの日比谷野音公演のディスクを延々と流していたところから始まり、今年は音楽に強く助けられている年だ。コロナ禍はまだ終わらないが、ライブシーンは徐々に活気を取り戻してきた。かといって私個人は行きたいライブにすべて行けているわけでもなく、今年もRISING SUN ROCK FESTIVALを泣く泣くあきらめたり、フジロックの配信に張り付いたりと素朴な楽しみ方もしている。ROTH BART BARONの日比谷野音公演で日の暮れる空を見ながら音楽に揺られたり、ペトロールズのツアー初日で極上のスリーピースを味わって、余韻の中ラーメンを啜ったりもした。カジュアルな気持ちでふらっとライブに出かける、失われていた生活が戻ってきたようだった。
 親友のGOMESSくんが神聖かまってちゃんの企画に出演したときもすばらしく、2者それぞれの地獄めぐりのような鋭さと、ラストに向けてすべてを飲み込み真っ白になっていくような浄化の音楽が美しかった。その間に挟まれた水曜日のカンパネラでは新しいDIVA、詩羽さんの天真爛漫っぷりに人々が目に見えて癒やされていくのを感じて、ハッピーな夜だった。

 これを書いている夜のことなのだけれど、そのGOMESSくんに「俺が今まで見たライブアーティストの中で最も感動した人たちだから見て欲しい」と誘われ、SEKAI NO OWARIの東京ドーム公演「Du Gara Di Du」へ行った。これがまたとんでもない完成度でニヒルなダークファンタジーを掲げたライブで、度肝を抜かれた。

この記事の続きは有料会員限定です。有料会員登録いただけますと続きをお読みいただけます。今なら、初回登録1ヶ月無料もしくは、初回登録30日間は無料キャンペーン実施中!会員登録はコチラ