いわい・ひでと●直近の順に書きます。
①映像作品「ワレワレのモロモロ 小金井編」が6月26日(日)、小金井・宮地楽器ホールにて上映。詳細はこちら。
②参加者が自分の身に起こった出来事を書き、それをそのまま演劇化して本人を中心に演じる企画「ワレワレのモロモロ」。長野県・サントミューゼにて滞在制作の後、 7月に東京都・シアタートラムにて凱旋上演。特設サイトはこちら。
③モチロンプロデュース『阿修羅のごとく』(作・向田邦子、脚色・倉持裕、演出・木野花)が、2022年9月9日(金)~10月2日(日)シアタートラムにて上演。俳優として出演します。公演サイトはこちら。
ぶどうを育てている。
知人が借りているぶどう畑の「ぶどう部長」に、この度就任させてもらい、夏が終わる頃には何百房という数のぶどうを販売することになる。しかも品種はあの「ぶどうの王様」、シャインマスカットである。
正直舐めていた。いくら美味しいとはいえ、「ぶどうごときが3500円とは。アホな貴族たちが、自分の財力を誇示するために付けられた値段でしかあるまい」と思っていた。そんな去年までの「ぶどう知らず」の男岩井に伝えてやりたい。「3500円でも安いくらいだ」と。
それくらい、手間がかかる果物なのだ。
まず手始めに行った作業は、「誘引(ゆういん)」というものだった。張り巡らされた針金の「ぶどう棚」に伸び放題に伸びまくったぶどうの蔦を方向づけとして固定していくという作業は、単純ではあるが、なんせ数が数だけに、4~5人で丸々2日かかった。固定する蔦は頭上にあるので当然、作業は常に真上を見上げながらのものになる。作業を続けていると、1時間ほどで、首の後ろに刺すような痛みが走るのである。人間の体は、ずっと上を見上げ続けるようにはできていない。さらに、時には不安定な脚立の上での作業となるので、バランスをとり続けなければいけないし、さらにいちいち移動しては、誘引する蔦を探して止めて、探して止めてを繰り返す。終わったと思ったエリアを別の角度から見直すと、まだ誘引の終わっていない、寝癖のようにあっちゃこっちゃに伸びていっている蔦を発見し、脚立を運び直してよじ登り、首をグギグギしながら蔦を止める。
「農作業興味ある人~!」と声をかけたら遊びに来てくれた俳優仲間と一緒に行い、「まあおしゃべりしながら悠々やりましょ!」などと言っていたのだが、ほぼ2日間の無言の試練となった。「絶対手伝ってくれたみんなにぶどう差し上げよう」と心に誓った。
続いての作業は「房落とし」。これは、なんとな~くぶどうっぽい形になった房から、ぶどうの粒を間引いていく作業。逆三角形にぶら下がった一房にぶどうの粒が2、300ほどなっているのだが、それを3分の1ほどまでハサミを使ってこそぎ落とす。残された実に、栄養を偏らせることで、あれだけ巨大な粒に育つというわけだ。
これも同じく真上を向きながらの作業で、「そろそろ首が取れて後ろに落ちるかも」と思いながら延々と続く作業。誘引の時期から何週間かしか経っていないけど、その間にも生命力の強いぶどうの蔦はさらに伸びて生い茂っている。一番高い脚立の上から、生い茂る蔦の中に上半身全てをすっぽりと包まれながら作業し続ける人がいて、なんだか妙な景色だった。映画「八つ墓村」の沼に刺さった死体の逆さまバージョンだ。伝わりづらいか、これ。とにかくこの作業もお手伝いしてくれる人がいて、俳優たちも遊びに来てくれて、大変な作業なのにもかかわらず、みんな楽しそうにやってくれる。感謝である。昨今演劇界を騒がせている「パワハラ」ならぬ「ぶどハラ」に当たらないだろうかと思いながら「ほんとみんな、休み休みやっていいんだからね!」と声を掛けるが、「やめ時がわからない!」と笑いながら、みんな延々と続く作業を続けてくれる。
思えば、「ぶどうやりたい!」と言ったのには理由があった。男岩井、多少のバイトはしたことはあるが、まともにお金を稼げるような仕事といえば、作・演出家業や俳優業を始めてからだった。そのまま40代後半となった今、そんな自分の仕事の「社会的いびつさ」のようなものに、若干疑問を覚えている。自分がもらっているお金の内訳のようなものが、よくわからないのだ。
もちろん台本を書くのも、演出をするのも、ある程度の才能と労力があってのことで、それを自分がなんとか差し出せているとは思っているのだが、いかんせん形がなさすぎる。ここらで一旦「目に見える商品」というものを売って、それと交換で金銭をいただく、という根本的な行為を経験しておかないと、この先さらに自分がいびつな生き物になっていきそうだと思ったのだった。そこでたまたま担当者のいなかったこの農園のコミュニティにて、「岩井、ぶどうやります!」と手を上げさせてもらったのだ。
さて次の作業は「摘粒(てきりゅう)」だ。これは、前回の「房落とし」の2~3週間後、さら大きくなったぶどうの粒を、再び間引いていく作業で、これは今までとケタ違いに神経を使う。前回の房落としで200粒から80粒くらいまで間引いた房から、さらに半分くらいにするのだが、一粒一粒、全てハサミで切り落としていくのだ。リアルに一粒一粒である。前回の房落としで一房を間引くのにかかった時間が10秒から20秒だとしたら、この摘粒は、一房に平気で3分とか4分とかかかる。出来上がりのぶどうを思い浮かべながら、粒同士がお互いを押し合って腐らせないように、粒と粒の間隔が一定に保たれるように、ぶどうの房を「デザイン」するのである。
まさか、こんなことまでしていたとは……。さらに高級な1万円越えのシャインマスカット作りでは、上の段のぶどうの列に下の段のブドウの列が隙間なく埋まって並ぶように、「千鳥」にデザインしていくそうだ。そんなことを何千房、何万房とやるのである。ほぼ狂気の沙汰であるが、そこまですれば1万円以上というのも、大いに納得する。我らが担当する農園ではそこまでのことはしないが、なんせ900房はあるという量なので、全く終わらない。ちょうどその時期に、農園そばで人が集まるイベントがあったので、その方々にも手伝ってもらい、時にはぶどう畑に10人以上の人々が並びながら、全員が真上を向いて作業をしていた。伝え忘れたが、前回の「房落とし」も含めたこの期間中は、当然ぶどうの蔦も育ちまくるので、最初に行っていた「誘引」の作業は常にやり続けている。
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