現在、自身の監督作品『犬王』が絶賛公開中の湯浅政明さん。その特異なセンスを育んでくれた映画、影響を与えてくれた映画について語っていただくのも今回で最後。これまで『E.T.』、『泥の河』をあげていただいていますが、最後の3本目は⁉ そして、今後の作品の構想も⁉
取材・文/渡辺麻紀
『泥の河』湯浅政明 第2回
『E.T.』湯浅政明 第1回
『タワーリング・インフェルノ』川元利浩 第1回
錚々たるアニメ関係者のアツい映画評【アニメ人、オレの映画3本 記事一覧】
<プロフィール>
湯浅政明(ゆあさ・まさあき)●1965年福岡県出身。アニメーション監督。映画『マインド・ゲーム』(2004年)で監督デビュー。以降、映画『夜明け告げるルーのうた』(2017年)では、アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞にあたるクリスタル賞を受賞。映画『きみと、波にのれたら』では上海国際映画祭 金爵賞アニメーション最優秀作品賞、シッチェス・カタロニア国際映画祭長編アニメーション部門最優秀賞を受賞した。そのほかのおもな作品にTVアニメ『ピンポン THE ANIMATION』(2014年)、『映像研には手を出すな!』(2020年)、映画『夜は短し歩けよ乙女』(2017年)、Netflix配信作『DEVILMAN crybaby』(2018年)、『日本沈没2020』(2020年)などがある。最新作は『犬王』(2022年5月28日公開)。
湯浅政明の原点に迫る1冊
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子供のころの思い出や、『クレヨンしんちゃん』などに携わったアニメーター時代、監督として話題作を次々と発表し続けている現在にいたるまでの歩みをひもときながら、その独創的なイマジネーションの原点にあるもの、発見と挑戦の日々、その演出術の秘密を解き明かしていく。
『ぴあ』アプリ版でのロングインタビュー『挑戦から学んだこと』に加筆、新企画を加えて書籍化。湯浅本人による、カバーイラスト、中面イラスト、パラパラ漫画も楽しい1冊。
【商品情報】
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著/湯浅政明 聞き手・構成・文/渡辺麻紀
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●定価:2,530円
●発行:東京ニュース通信社
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女性男性問わず、かっこいいキャラクターを描きたい
――というわけで湯浅さん、最後の3本目です。
ジョン・カサヴェテスの『グロリア』(80年)です。これも最初はTVの吹替で観たんですよ。丁度、『ブレードランナー』(82年)が公開された頃だと記憶しているので、僕は17歳くらいですね、おそらく。
『グロリア』を録画して何度も繰り返し観るうちに、どんどん好きになって行ったという感じ。
――かつてマフィアと関係していたらしいおばさん“グロリア”が、そのマフィアの情報を売った男の奥さんから幼い息子を託され、一緒にニューヨーク中を逃げ回る話ですね。
最初に観たときはアクションが面白いと思ったんです。マフィアが乗った車に向かってグロリアが発砲するシーン。堂々と撃って、撃たれたほうも凄く痛そうだった。その前のシーン、グロリアが少年を連れてアパートから逃げ出すプロセスもスリリングで好きで、その一連の流れが素晴らしかった。どうにかアパートを出たら、そこに車が回り込んできてグロリアの横に付けて、子供を渡せ云々とやりとりしているんだけど、突然、グロリアがブローニングを取り出してパンパンパンと撃ち、撃たれた男がとても痛がる。これがワンカットなんですよね。めちゃくちゃかっこいい!
――そうでしたね。
何度も見る度惚れ惚れしてゆくのは、グロリアのかっこよさ。当時は美人でもないと思っていて、いい歳したおばさんで、そのくせファッションは派手目。しかも常にハイヒールなんですよね。子供を預かるのもわりといやいやな感じだし、料理もからっきしダメ。目玉焼きもまともに作れず、頭にきてフライパンごとゴミ箱に捨てちゃったりする。
――衣装はエマニュエル・ウンガロというフランスのハイブランドでした。そういうファッションにはこだわりがあるようで、逃げるときも服にこだわっている感じがしました。
フランスの服なんですね。和風趣味の濃いものもありました。今ならオシャレに見えますが、当時はそういうヒラヒラのファッションも似合ってるとは思えなくて、それも含めてとてもふてぶてしいチャーミングなおばさんという印象でした。「ピンポン」のおばばに印象が近いかもしれない。あの風貌で「愛してるぜ」って言うのがかっこいい感じ。地下鉄で追手に捕まりそうになったとき、痴漢だーみたいな感じで騒いだら、乗客が取り押さえてくれる。グロリアはその乗客にありがとうと言って投げキッスするんですが、それがまたかっこいい。
――その地下鉄もそうですが、タクシーとかバスとか、乗り物がたくさん出てくるのも特徴ですよね。
タクシーでも、マフィアが一緒に乗り込んできて「何するのよ!」って騒いだら、運転手がもっそりと、そいつをつまみ出してくれる。車の外に出ると、そのドライバーがめちゃくちゃ背が高くてびっくりみたいな、そういうエピソードの意外性が楽しいんだけどリアル。デフォルメしているんじゃなく、実際はこういう感じなのかもというリアリティを感じるんです。
リアリティと言えば、少年にも感じましたね。こういう設定の場合は普通、思わず守りたくなるようなかわいい子だったり健気な子だったりすると思うんですが、この少年ってちょっと変わってませんか?
――ルックスも性格も含め、まるでかわいくない。それに生意気! 確かに変わってました。
父親に「お前が家を守るんだ」みたいなことを言われたせいか、幼いくせに「僕は男だから」云々と言って、男らしく振る舞おうとする。グロリアにも「アイ・ラブ・ユー」とか言って妙にませくれている。こういう映画のときの子どもとはちょっと違う。絶妙にかわいくない(笑)。そういうのもリアルなんだと思いましたね。
――ジョン・カサヴェテスがそういうリアルを得意とする監督だと言われていますよね。ニューヨーク出身なので、やはりニューヨークにはこだわりがある。
冒頭も水道管から水が噴き出していて凄く暑そうな感じで、ニューヨークっぽいイメージ。バス・地下鉄・タクシーもニューヨークらしさを表しているんですかね? グロリア役のジーナ・ローランズは監督の奥さんで、彼の作品にたくさん出演している。僕もこの映画でカサヴェテスに興味をもち、何本か監督作を観たんですが、当時の自分にはピンとこなかった。難しすぎるって感じで(笑)。
――わかります(笑)。私は役者としてのカサヴェテスのほうが好きなので。『特攻大作戦』(67年)とか『フューリー』(78年)とか『俺はプロだ!』(68年)とか。こずるい男を演じると上手い……なんて言うと、カサヴェテスを神格化しているシネフィルに怒られそうですけどね(笑)。
そういう彼のファンによる『グロリア』の評価はあまりよくないみたいですね。(メジャースタジオの)コロムビアで作ったせいか「スタジオに魂を売った」とかいう人もいるみたいだし、ラストが甘いと怒る人もいる。スタジオに「ラストが暗すぎるから撮り直せ」と言われたという説も聞いたことがある。でも、あのラストはいろんな解釈が出来ますよね?
――そうですね。あれをまんま受け取ると突然のお花畑ハッピーエンドだけど、伏線を考えたりするとアンハッピーエンドになる。
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