【2021年10月号 爆笑問題 連載】『シン・デレラ』『論破~ルーム』天下御免の向こう見ず

<文・太田光>
シン・デレラ

 王子様の妃となったシンデレラは、美しい城で、末永く幸せに暮らした。
 お城で暮らすようになってしばらくすると、シンデレラと王子は玉のような女の子を授かった。女の子は王子とシンデレラに大切に大切に育てられ、やがて、シンデレラとそっくりな優しい、好奇心旺盛で聡明な年頃の娘に成長した。
 母親のシンデレラは元々、お城の麓の街で、継母と、意地悪な姉達の家で使用人のようにこき使われていて、お城の舞踏会の日だけ、特別な綺麗なドレスを着て王子である父と踊り、結ばれたのだと、娘は小さな頃から聞かされていた。
 だから娘は母の育った街にとても興味があった。
「どんな街で、どんな人々が、どんな暮らしをしているのだろう。一度でいいから自分の目で確かめてみたいわ」
 娘が言うと侍女達は反対した。
「とんでもございませんわ。街は危険がいっぱいです。お姫様が一人で行くなんて。考えただけでも恐ろしい」
「そうですとも。お姫様。どんなことがあっても、決して城を出て街などに行ってはいけませんよ」
「どうして?」
「どうしてって……」
 侍女達は顔を見合わせた。
「か、怪物がいるからです!」
「怪物?」
「そうですよ。街には恐ろしい怪物がいっぱいいるのです。怪物達は人を食べるのです。怪物に捕まったらお姫様も食べられてしまうのですよ」
「でも、お母様もあの街で育ったんでしょ? どうして怪物には食べられなかったの?」
「それは……」
 侍女達は黙ってしまった。
 本当は街のことなど何も知らなかったからだ。普段街に行くことなどなかった。そこで人々がどんな暮らしをしているのかなど、全くわからなかったのだ。
「ねえ、どうして?」
 侍女達は困ってしまった。
「ねえ、教えてよ。どうしてお母様は怪物達に食べられなかったの?」
「……そ、そんなにお知りになりたいのなら、お姫様からお妃様に直接お聞きになってください」
 侍女達は困って逃げてしまった。

「怪物ですって?」
 シンデレラは娘から話を聞くと、楽しそうに笑った。あんまり可笑しくてしばらく笑いがおさまらなかった。
「ねえ、お母様、何がそんなにおかしいの?」
 娘は頬を膨らませて言った。
「だって…怪物だなんて」
「本当よ! みんなそう言うんだから。恐ろしい怪物が人間を食べてしまうんだって」
「そんな…」
 シンデレラはまた笑った。
「ねえ、お母様!」
「…ごめんなさいね。でもあんまり可笑しくって…そう。みんながそう言ったのね」
 シンデレラは娘の頭を優しく撫でると言った。
「きっとみんなはアナタのことを心配してそう言ったのよ。アナタが一人で街に行くなんて言いだしたから。もしも何かあったら大変って思ってそう言ったのよ」
「じゃあ、みんなが言ったことは嘘なの?」
「…そうねぇ…」
 シンデレラは遠くの街を見つめ、考えた。
「ねえ、お母様。街はそんなにひどい所なの?」
 シンデレラは首を振った。
「いいえ。とんでもない」
「じゃあ、どんな所?」
「…そうねぇ。色んな人がいて。色んな家があって。大きいお家や小さいお家。裕福な人もいれば、貧しい人もいて。でも活気があって、賑やかで、楽しくて。色んな物が売られていて。綺麗な場所も、汚い場所もあって。色んな匂いがして。大勢の人がそれぞれ、一所懸命生きて、生活している。いつもお祭りみたいで、まるでおとぎの国みたいな、不思議な所」
 娘は瞳をキラキラさせて想像している。
「じゃあ、怪物は? 怪物はいないの?」
 シンデレラはしばらく考えて言った。
「怪物?…確かに怪物はいるかもしれないわね」
「え?」
「でも人間を食べたりはしないわ。ただ時々、人間が怪物のようになることがあるの」
「人間が?」
 シンデレラは娘の頭を撫でながら、継母と義姉達を思い浮かべていた。

 その夜。娘はなかなか寝付けなかった。
ベッドから出て窓の外を見ると、空には綺麗な月が出ていた。その下に街のシルエットがうっすらと見える。
「どんなところなんだろう? 行ってみたいな」
 十二時を告げる鐘が鳴った。
「ケケケ」
 突然ヘンテコリンな声がした。
 娘がびっくりして部屋の中を振り返る。
「ケケケケ」
「誰?」
 娘は暗い部屋の中を、目をこらして見た。
 隅に、今まで見たことのない奇っ怪な白い小さな動物がいて、ニヤニヤとこっちを見ている。それは耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
 ウサギネコは言った。
「そんニャに街に行きたいのかニャ?」
「あなたは?」
「ケケケ」ウサギネコは笑いながら娘に近づいてくる。
「おれは魔法のウサギだニャ」
 娘はウサギネコを覗きこんでよく見る。
「…魔法のネコ?」
「フギャ! 失礼ニャ! おれはネコじゃニャイ! ウサギだニャ! 魔法のウサギ!」
 ウサギネコはそう言うと娘の周りを歩き出した。
「おまえが、どうしても街に行きたいって言うニャら、おれがかニャえてやっていいニャ」
「本当に?」
 好奇心にあふれた娘の瞳が輝いた。
「もちろんだニャ!…ただニャぁ」
 ウサギネコは娘の格好をジロジロ見て回った。
「その服で街に行ったら目立つニャぁ」
 娘は綺麗な薄いレースのパジャマを着ていた。普段着も皆、高級なドレスだ。
「どうすればいいの?」
「本当に行きたいんだニャ?」
「行きたい!」
 ウサギネコはどこからかスティックを取り出して娘の頭の上で振った。
「ビビニャ・バビニャ・ニャー!」
 不思議なことに娘のパジャマは一瞬のうちに質素な町娘の服になった。
 娘は目を丸くして鏡で自分の姿を見つめ、一回転した。
「わぁ! すごい! まるで魔法ね?」
「だから、魔法のウサギだって言ってるニャ!…さて、格好はこれでいいニャ。次はどうやって街までおりるかだニャぁ…」
 娘は少し考えて言った。
「お城の馬車ならあるけど…でも私は馬を扱えないの」
「フニャ? 馬車?…ケケケ」
 ウサギネコは怪しく笑った。

 ウサギネコと娘は馬小屋の馬車の前にいた。
「ケケケ、これはいいニャ」
 ウサギネコは言うとさっきのスティックを取り出し、馬車に向かって振った。
「ビビニャ・バビニャ・ニャー!」
 一瞬のうちに馬車がカボチャに変わった。
 ウサギネコはカボチャを拾うと娘に手渡した。
「え?」
「街で誰かにニャにか聞かれたら、自分はカボチャ売りだと言うんだニャ。そうすればあやしまれニャイニャ」
 娘はカボチャを見つめる。
「フニャ…あやしまれるニャ。まぁ、あやしまれはするけど、誰も城の人間だとは思わニャイニャ…それから、街にいられるのは、明け方。…そうだニャぁ。六時! 六時までだニャ。…六時の鐘がニャッたら魔法がとけておまえはもとの姿に戻ってしまうニャ。時間厳守だニャ。いいかニャ?」
「六時ね。わかったわ。でもどうやって街まで行けばいいの?」
「ケケケ、そんニャの簡単だニャ! おれの魔法で一瞬で街まで飛ばしてやるニャ!」
 ウサギネコは、スティックを娘の頭の上に出した。
「ビビニャ・バビニャ……おっと忘れるとこだったニャ」
 ウサギネコは背中の後ろからガラスの靴を取り出し、娘に渡した。
「まあ、綺麗!」
「当たり前だニャ。それはおまえのママのガラスの靴だニャ」
「お母様の?」
「そうだニャ。お守りとして持って行くんだニャ。絶対に肌身離したらダメだ。必ず持ち帰るんだニャ。ただし」
「ただし?」
「どうしても困った時は、その靴を売るんだニャ」
「売る?」
 ウサギネコはニヤリと笑った。
「そうだニャ。かなりの大金にニャる。かニャらずおまえを助けてくれるニャ」
「お金が私を助けてくれるの?」
 娘はお金というものの価値を知らなかった。
「そうだニャ。でも出来れば売らずにきっと持って帰ってくるんだニャ。それはお守りだニャ。もしお城にその靴がニャイことがバレると大変ニャ騒ぎにニャる。おまえは泥棒にニャっちゃうんだニャ」
「私が泥棒!?」
「ビビニャ・バビニャ・ニャー!」
 一瞬にして娘は消えた。
「ケケケ」

 気がつくと娘は街にいた。
 真夜中なので人出はなかった。
 娘は恐る恐る歩いて町中を探索した。母が言っていたとおり、大きな家もあれば小さな家もある。それぞれの家には窓があり、灯りがともっていた。
 娘は息を潜めて人々がどんな暮らしをしているのかそっと覗いてみた。
 ある家では家族団欒の幸せそうな風景が見えた。ベッドで寝ている子供と、お酒を飲んでいる父親。洋服を直している母親。
 またある家では夫婦ゲンカをしていた。男が大声を張り上げ、女を殴り倒していた。
 色んな人々の色んな暮らし。
 娘は好奇心いっぱいに家を見て歩く。

 娘は一軒の小さな家の窓の前で立ち止まった。
 部屋の中のベッドには年老いた女性が寝ていて、かたわらで若い男が布団の上に手を置き、泣いている。
 端正な顔立ちの青年だった。正直そうな瞳はキラキラと輝いている。
 …なぜ泣いているんだろう?
 娘は気になって、そっと窓に耳を近づけた。
「ごめんよ、母さん。こんな暮らしをさせてしまって…」
「何を言ってるんだい。お前。私の方こそお前には苦労をかけてすまないと思ってるんだよ。はぁ。父さんが生きていてくれたら…」
「もう少し待っていてくれ母さん。僕はたくさん勉強をして立派な役人になって、必ず母さんにお腹いっぱい美味しい料理を食べさせるから」
「ありがとうよ。美味しい料理か。…それにしてもお腹が減ったねぇ」
「母さん。ごめん。今日は家に何もないんだ。明日、市場にいって頼んで残り物をもらってくるから」
「わかってるよ。お前。母さんは大丈夫。お腹減ったなんて言って悪かったね」
 青年は溜め息をついた。
「母さん。今夜は月が…」
 窓の外を見ようとした青年と覗いていた娘の目が合った。
 慌てて首を引っ込める娘。
「誰?」
 家から出てきた青年は隠れている娘を見つけた。
「君、そんなところで何をやっているの?」
「私…私は…」
 娘は抱えているカボチャを差し出した。
「カボチャを売っているんです」
「え?」
 青年はジッとカボチャを見つめる。
「そうか。君も困っているんだね。かわいそうに。そのカボチャ。本当に買ってあげたいんだけど…」
「あの…」
「え?」
「このカボチャ。余り物なんです。よかったら…引き取ってくれませんか?」
「引き取りたいのはやまやまなんだけど、僕にはお金が…」
「お金はいりません!」

 じっくり煮込んだカボチャのスープを年老いた母親は美味しそうに飲んだ。
「なんて美味しいんだろう、このスープは。一口飲む度に体中に力が湧いてくるようだよ」
「良かった」
 青年は嬉しそうに笑った。
 娘は青年の笑顔を見て自分も嬉しくなった。
 この笑顔をずっと見ていたいと思った。
「君。本当にありがとう。この恩は必ず返すよ」
 青年は真っ直ぐ娘を見つめた。
 青年の目には娘の笑顔が太陽のように見えた。
「ねえ、君。君はどこから来たの? この辺じゃ見かけない顔だね。君の名前は?…」
 その時、六時を知らせる鐘が鳴り出した。窓の外は白々と明け始めている。
「私、もう行かなくちゃ!」
「え? ちょっと待って」
 娘は家から飛び出した。青年が後を追う。
 娘は駆けだしたがふと立ち止まり、胸からガラスの靴を取り出した。
「これ! もし困ったら売ってください!」
 そう言って青年に投げる。
「え?」
 青年はガラスの靴を受け取って思わず立ち止まった。
 今まで見たことのないような綺麗なガラスの靴だった。
 娘は思いきり走って去っていった。

 しばらくして。
 青年の母親はすっかり元気を取り戻し、夜遅くまで洋服を仕立てていた。
「母さん。まだ寝なくていいのかい?」
「大丈夫。お前こそ、そんなに根詰めて勉強をして大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫。あのガラスの靴を売ったおかげで、ようやく人並みの生活が出来るようになった。早く立派になってあのカボチャ売りの子にお礼を返さなきゃ」
「そうだね。私も何とかお金を溜めてお礼をしなきゃと思ってるんだけどね。しかしあの娘はいったいどこの娘だろう」
「うん。僕も毎日行方を探ってるんだけど、わからないんだ。でも必ず見つけだして、お礼を言うんだ」

 その頃。街では悪い噂が流れていた。
 噂の主は、シンデレラの継母と義姉達だった。まるで魔女のように年老いた継母と、義姉達が、質屋に行った時だ。
 陳列棚を見て義姉が継母に言った。
「ちょっと! 母さん! あれを見て!」
「何だよ、うるさいねぇ」
「母さん! あれ! あれ!」
「ああああ! あれは!!」
 陳列棚に置いてあるのは、見覚えのあるガラスの靴だった。
 そう。忘れもしない。あの憎たらしいシンデレラにサイズがピッタリだったガラスの靴だ。
 継母が店主に聞いた。
「ちょっとジイさん。あれは?」
「ん? ああ、あれか。あれはアンタ達の手が出るような代物じゃないよ」
「うるさい! そんなこと聞いてんじゃないよ!…あれは、あのガラスの靴は、誰から引き取ったんだい?」
「誰から? ああ、あれは少し前に、町外れに住む若者から引き取ったんじゃよ」
 継母は店主を睨み付ける。
「若者? 誰だい? その若者っていうのは?」
「ほら、お前さんも知ってるだろ。少し先に住んでるかわいそうな親子だ。夫に先立たれて病気がちになった母親と、親孝行の息子。役人を目指して勉強しながら、市場で働いてる立派な青年だよ」
 継母と義姉は目を合わせる。
「ふん! 立派な青年?…はっ! はっはっは!…立派なものかね? はははっ!」
「何だね?」
「お前さん、この靴が誰の靴か知ってるのかい?」
「え? この靴?…誰の靴なんだい?」
「これはね。あの城のものなんだよ!」
 継母は後ろの山の上に立つ白い城を指差した。
 店主は目を丸くする。
「なんだって?」
「アンタ、ダマされたんだよ。これは盗品だ。それも城から盗んだお宝だよ。ふん! あのガキ。飛んだ大泥棒だ。どうりで、最近顔色がいいと思ったよ。…お前さん、こんなもの買ったと知れたら首が飛ぶよ?」
 店主は途端に震えだした。
「ま、ま、ま、待ってくれ! お、お、お、おれは知らなかったんだ!」
 噂は一気に街に広がった。
 あの親子は泥棒親子だ。とんでもない極悪人だ!

 同じ頃、城でも大騒ぎになっていた。
 シンデレラのガラスの靴が一個無くなっているのだった。
 家臣達が城中探したが見つからない。
 盗まれたに違いない。
 城にいる人間は全員調べられた。しかし靴はどこからも出てこなかった。
「兵を集めろ!」
 師団長の命令で、兵士が集められた。
「お妃様の大切なガラスの靴が盗まれた! 今から街に降りて徹底的に犯人を捜すぞ!」
「おーっ!」

 シンデレラが侍女に言った。
「あの子は?…私の可愛い娘はどうしているの?」
「お妃様。それがお姫様はお部屋から一歩も外に出たくないとのことでして…」
「どういうこと?」
「さぁ。私達にも何も理由をおっしゃらなくて」

 娘は部屋のベッドの中でブルブルと震えていた。
 大変なことになってしまった。
 自分があのノラネコの言いつけを破ってガラスの靴を青年にあげてしまったばっかりに、城中大騒ぎになってしまった。
 今更自分が持ち出したとも言えない。
「私は泥棒として首をはねられてしまうのかしら…ねえ、ネコちゃん。ノラネコちゃん! どうか出てきて!」
「ネコじゃニャイ! ウサギだニャ!」
 娘は思わず跳ね起きてウサギネコを抱きしめた。
「うギューぅぅ! く…苦しいニャ…」
「お願い! あのガラスの靴をここへ戻して」
「ふーん。それはおれにも無理だニャぁ。だから言ったんだニャ。かニャらず、持って帰ってこいって…バカだニャぁ」
「でも私、あの人のことがどうしても…」
 その時、城の入り口から歓声が上がった。
「犯人を捕まえたぞ!」
「え?」
 兵士団が犯人を捕らえて帰って来たのだ。

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