押井守のサブぃカルチャー70年「モーツァルトの巻」【2021年10月号 押井守 連載第29回】

今回は前回に引き続き、押井さんに聞いたことのないテーマ、「音楽」について。友人の影響で聴くようになったモーツァルトが、押井さんの普段の“フラットさ”にも影響を与えていた? 押井守のモーツァルト論です。

取材・構成/渡辺麻紀

神のスピーカー、受信機、信仰…って、こんなにモーツァルトのこと、話したの初めてだよ(笑)

――さて押井さん、今回はモーツァルトです。大学時代の友人の影響でピアノコンツェルトのBOXセットを買って以来、モーツァルトしか聴かないとおっしゃっていました。

そうだね。クラシックは、バッハの「マタイ受難曲」等を、ぴったりの季節に聴けばジーンとして荘厳な気持ちになっていたこともあって、「そうか、これが“音楽”なんだ」なんて思ったりもしていたんだけど、モーツァルトを聴くようになって、それは大間違いだということに気づいた。

本当に好きな音楽は、私に言わせると感動もしないんだよ。みんな感動するのがいいことのように思っているようだけど、感動すると疲れます。感情に起伏が生じるわけですから。でも、いい音楽、好きな音楽は気持ちをどんどんフラットにして行ってくれるんです。 

フラットになればなるほど穏やかになり、気持ちがよくなる。仕事のことどころか、人間的なことも全部忘れてしまうんです。

励起するんだけど、目がぱっと覚めるわけでもないし、だからといって眠くもならない。今の若い子たちが大好きな刺激的な音楽の対極にある。とにかく刺激されないから。

簡単に言っちゃえば、頭が空っぽになる。私は毎朝、そういうモーツァルトを聴いて一日を始めるんです。

――調べてみたら、モーツァルトの音楽は「活能クラシック。愛の周波数。自律神経を整える。副交感神経を整える」みたいなことが書かれていますね。

そんなもんだよ。かのシュバイツァー博士に言わせると「天空の音楽」「神の音楽」。彼も毎日、モーツァルトを聴いていたと言われているからね。

――いつ頃から聴くようになったんですか?

東京に単身赴任するようになってからだから、ここ20年くらいじゃないの? 起きたらまず、モーツァルトをかける。

――押井さん、そういえばいつもフラットですよね。普通は「あ、この人、今日は機嫌が悪い」とか「何かウキウキしてるな。いいことあったのかな」とか、それなりの気持ちの変化が伝わってくるんですが、押井さんは驚くほどフラット。いつもほとんど同じ。ご自分でも気づいてました? それって、毎朝、聴いているというモーツァルト効果なんでしょうか?

分かりません。もともとそういう人間なのか、モーツァルト効果なのか、よく分からない。ただ、自分では、興奮したくもないし、感動も感激もしたくない。そういうのがイヤなんですよ。なぜなら、必ず揺り返しがくるから。

だから、常にフラットでいたいと心掛けてはいますよ。フラットな状態が一番リラックス出来るので。

――でも押井さん、そういうのって避けようにも避けられないとき、ありませんか?

あったとしても、年を取ると間違いなく感動しなくなるんですよ。でも、ヘンなときに感動が襲ってくる場合もある。『インデペンデンス・デイ』(1996年)の大統領の奥さんが死ぬシーン。感動しちゃって泣きそうだったからね(笑)。今でもその理由は分からないんだけど。

基本、私はひとりでいるほうが好きなんです。こうやって喋るのは好きだし、相手を楽しませたいとも思う。でも、どちらが好きかと言えば、やっぱりひとりでいるほう。ひとりの時間があるからこそ、こういうお喋りも出来る。

昔から、下宿でひとりでいるのが好きだったし、いまも好き。コロナになって自粛が続いてもストレスが溜まらなかったのは、ひとり時間が好きだからだよ。本を読んだり、ゲームをしたり、ひとりでまったりしたり。本当に気持ちいい。

――私はモーツァルトと言えば、『アマデウス』(1984年)の知識くらいしかないんですが、あの映画を観る限り、そんなフラットな気持ちにさせてくれるような音楽を創った感じはしませんでしたけどね。

モーツァルトのオペラは派手ですよ。100%、エンターテインメントだから。『フィガロの結婚』、『ドン・ジョバンニ』。物語はどうでもよくて、音楽を聴くんだけどさ。

私も『アマデウス』は好きだったけど、師匠(鳥海永行)に言わせれば、江守徹がアマデウスを演じた舞台のほうが断然いいんだって。師匠が実は舞台も好きだったということ、亡くなる数年前まで知らなかったんだよね。

で、話を戻すと、私が言っているのは、そういう派手なものじゃなくてピアノコンツェルト等のこと。

――曲名は何ですか?

いや、知らない。でも、ちょっと聴いただけですぐにモーツァルトの曲だというのは分かる。そこが面白いよね。

小林秀雄の著書に『モオツァルト』という評論集があって、これほど、“モーツァルト体験”について、的確に書かれた本はないと思うよ。モーツァルトなる人物を語るのではなく、彼の音楽についてだけ、驚くほどの説得力をもって語っている。

モーツァルト自身は、息子の才能を食い物にしていた父親に連れられてヨーロッパを周り、そのなかで音楽的才能を伸ばしていった。モーツァルトがたくさんの曲を書いたのは遊ぶ金が欲しかっただけで、人間としての痕跡はほとんど残してない。墓も共同墓地だったしね。

モーツァルトは人類のなかに突然、現れた音楽なんですよ。モーツァルトという生物的個体を通して、神が語りかけたという解釈もあるし、私もそう思っている。

――モーツァルトは神様の音楽を伝えるための媒介にすぎなかったということですか?

そうです。神のスピーカーだった。受信機だった。モーツァルトは信仰に近い。音楽家というカテゴリーじゃなくて、すでにひとつのジャンルなんだと思うよ。

って、こんなにモーツァルトのこと、話したの初めてだよ(笑)。

――ありがとうございます!

 

<解説>

『アマデウス』は、英国の劇作家、『エクウス』等でも知られるピーター・シェーファーによる戯曲。音楽の神童ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと、音楽の凡人アントニオ・サリエリの対照的な人生を描いた作品。初演は1979年。演出はピーター・ホール、サリエリは名優のポール・スコフィールド、モーツァルトはサイモン・キャロウが務めた。1980年のブロードウェイ公演では、サリエリにイアン・マッケラン、ティム・カリーがモーツァルトをそれぞれ演じている。

日本版の初演は1982年で、そのときのキャスティングがサリエリに九代目松本幸四郎、モーツァルトが江守徹だった。

映画版は1984年、ミロス・フォアマンが監督。サリエリにはF・マーリー・エイブラハム、モーツァルトをトム・ハルスが演じた。本作はアカデミー作品賞を始め11部門でノミネートされ、作品賞、監督賞、エイブラハムの主演男優賞、シェーファーの脚色賞、ディック・スミスのメイクアップ賞ほか、8部門を独占した。

そのほかのモーツァルト映画には、彼の姉を描いたフランス映画『ナンネル・モーツァルト 悲しみの旅路』(2010年)、日本では2011年に公開された1942年製作のオーストリア映画『モーツァルトの恋』、2016年にはイギリス&チェコ合作の『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』というメロドラマ的邦題の作品も作られた。こちらは『ドン・ジョヴァンニ』でヨーロッパ中の視線を集めていたモーツァルトとプラハの上流階級の名士たちを巡る不倫騒動を描いている。モーツァルトを演じたのは『ダンケルク』(2017年)で注目された英国役者アナイリン・バーナード……やっぱり『アマデウス』を超えるモーツァルト映画はないようだ。

 

※次回第30回は10月25日(月)配信予定です。

<プロフィール>
押井守(おしい・まもる)●1951年東京都生まれ。映画監督。大学在学中より自主映画を制作。1977年、竜の子プロダクション(現・タツノコプロ)入社。スタジオぴえろ(現・ぴえろ)を経てフリーに。主な監督作品に『機動警察パトレイバー the Movie』(1989年)、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)、『イノセンス』(2004年)、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008年)など。また、近著に『押井守のニッポン人って誰だ!?』『誰も語らなかったジブリを語ろう』、『誰も語らなかったジブリを語ろう 増補版』、『シネマの神は細部に宿る』、『押井守の人生のツボ』(すべて東京ニュース通信社刊)など。

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『押井守のサブぃカルチャー70年』

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