住んだことのない街にただいまを言う【2021年9月 世田谷ピンポンズ連載「感傷は僕の背骨」】

文/世田谷ピンポンズ 題字イラスト/オカヤイヅミ

 

高円寺を歩いていると、周りのお店や家並など街全体が他の街のそれよりも小さく感じられる。

なんとなくミニチュアの街の中を歩いているような不思議な気分。
空は低く、いまにも頭の上に届きそうなかんじ。
それは新宿や渋谷みたいに高い建物が建っていないからとかそういうことではなくて、ぼんやりとした安心感みたいなものだと思う。この街には行きたい場所があり、会いたい人がいるから。
改札前の短いエスカレーターを降りると、そこはかとなく帰ってきたって感じがする。

 

 

十四年前、大学を卒業した春に、生まれて初めてバンドを組んだ。メンバーとの出会いはミクシィとYahoo!ブログ。
僕たちは高円寺パル商店街の中程にあった地下のライブハウスに初めてデモテープを持って行った。メンバーの誰一人として高円寺には住んでいなかったものの、バンドをするなら高円寺だろ、ゴイステ・銀杏BOYZ、アイデン&ティティなのだった。三軒茶屋・三鷹・千葉。メンバー三人の住む街をそれぞれ線で結んでも全然つながらない。それでもその中心には高円寺があった。

 

雑居ビルの狭い階段を降りる。入口は階段よりもっと狭く薄暗い。据えたニコチンと床にこぼれて染み着いたアルコールの匂い。爆音でかかるハードコア。赤い間接照明が明滅している。
意を決して入った先に受付、その先にはドリンクカウンター。そのさらに奥、頑丈な扉を開けたらライブフロアがあるのだろう。革ジャンを着て、色とりどりの髪の毛をし、ズタズタのジーパンを履いた人たちが、がやがやとお酒を飲んでいるから近寄れない。

「デモテープを持ってきたのですけれど」

受付に座る男性に恐る恐る話しかける。

「おいっす。ありがとうー」

満面の笑みで男性はそう言うと、受け取ったデモテープを軽やかにCDデッキにインした。

“青い色は~君の色~~ 君の街を~通る電車の色~~”

フロアに響きわたる甘ったるい歌声。デモテープは後日、聴かれるものだと思いこんでいた。バイト初日に何も聞かされないまま「じゃあ早速レジ入ってみようか」と切り出されるみたいな唐突。
音楽の毛色が明らかに変わったのに、その場にいる人たちは全くのノーリアクション。そのノーリアクションがただただ恥ずかしい。
僕たちの音楽は世界を変えられないのか。
赤の間接照明に火照った頬の色を紛れさせる。

「後日また連絡します」

結局、後日! 狭い階段をとぼとぼ上る。

 

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