押井守のサブぃカルチャー70年「プリズナー№6の巻」【2021年7月号 押井守 連載第24回】

ようやく『プリズナー№6』の話題を。いろんな鑑賞体験の中で、とくに同作から『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』に「明るい不条理」を取り入れたこと、他作品からの引用について、そして多くの作品の引用元になった『ブレードランナー』などの名作について語ります。

取材・構成/渡辺麻紀

「映画は引用で出来ている」わけだから、パクること、パクられることはまったく気にしない

 

――前回は、日本のエンタメ業界を憂う押井さんで終わってしまいました。今回は本当に『プリズナー№6』(1967~1968年)です。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)には、その影響が大きいとおっしゃっています。

『プリズナー№6』は、おそらく、私が初めて観た不条理ドラマだったと思う。どこかに閉じ込められた“プリズナー№6”が毎回毎回、脱出しようとして失敗する。それを繰り返すだけのドラマ。にもかかわらず、とても面白い。

その理由のひとつは、登場人物が大変個性的だったというのがある。みんな教養が高く、言葉もいちいちウィットに富んでいて、言葉遣いもバカ丁寧。一歩間違えば胡散臭くなったり泥臭くなりそうなのに、驚くほど洗練されていた。いわゆるソフィスティケートされたドラマ。そういう作品も、もしかしたら初めてだったのかもしれない。

『ハリー・ポッター』(『ハリー・ポッターと賢者の石』<2001年>)にも出ていて人間チェスを初めて観たのは『~№6』だったからね。ああいうのはイギリスではよくある表現なのかもしれないけど、初めてだった私は、「こういうのがあるんだ」と驚きましたから。

――私も観ていましたが、№6が閉じ込められている場所はきれいな庭園でしたよね。後年『去年マリエンバートで』(1961年)を観て、「あ、『~№6』とおんなじような庭園だ」って。順番的には『~マリエンバートで』のほうが早いんでしょうけど。

アラン・レネの『~マリエンバートで』は(映画の)聖典みたいなもんですから。(パトリック・)マクグーハンはそういうのを観て、取り入れていたのかもしれないよね。

――各話の最後には必ず「オレンジ警報」というのが出てきて、海上にオレンジ色の風船みたいなのがぷかぷか浮いている。何だろう、これは? って渡辺家では毎週、話題になっていましたね。

そういうエピソードも含めて、思弁的で哲学的な匂いがする。そもそも№2は何度も出てくるんだけど、その都度違う役者が演じていて、正体は分からないまま。最終話はちょっと異様なほどで、すべての謎が解けるわけではない。

そうやって、安易に種明かししないのも、観客に語ってほしいからですよ。どういう意味なのか? これからどうなるのか? みんなで語ってほしいんです。その気持ちはよく分かる。で、私は、世の中には、わけが分かんなくて面白いという作品があるんだということに気づかされたんですよ、この作品で。

じゃあ、なぜわけが分かんないのに面白いのか? それは興味がつながるからでしょ? 分かんないから次を観たくなるんです。

自分が作る立場になったら、分かり切った話を面白おかしく作るよりも、わけの分かんない話を作ったほうが、観ている観客を煙にまけるので、作り手サイドは絶対、面白いだろうってね。

そう考えて作ったのが『ビューティフル・ドリーマー』なんですよ。

――なるほど!

脱出不能劇にするというアイデアが浮かんだときから、頭には『№6』はあったからね。ハリアー等のギミックは違うけど、構造的には『№6』。私が『~ドリーマー』で一番気に入っているのは、明るく不条理をやっているところなんです。

――なるほど‼

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