「half of it」−愛:思惑すること【戸田真琴 2020年5月号連載】『肯定のフィロソフィー』

「孤独に耐えられるのさ
真実とすれ違ったんだ」

という詞の歌をお守りのように思っている。

孤独というものについてどう考えていますか? と、あらゆる人が問う。
その度に、息を吸うことについてどう考えていますか? と問われるような気持ちになって、苦笑いをしてしまう。孤独と愛について語ることを求められるとき、それを訪ねるひとのなかでその二つが相反するものであるかのような前提が見え隠れしていることがある。

どこからどう言っていいのかわからなくなって、やっぱり私は苦笑いする。そんなことばかりで、まともな返事がいつも出来ないままふにゃふにゃと愛想笑いをして終わってしまうから、インタビューというものが苦手なのだと最近ようやく気がついた。今みたいに、眠らなかった朝6時、カーテンを閉めた薄暗い部屋で一人パソコンに向かって居るほうがずっと、自分がましな人間になったという気がして安心する。孤独と向き合えるのさ。暗闇とすれ違ったんだ。今日のお守りは、Suchmosの「FRUITS」という曲。日替わりのお守りは毎夜眠らない夜の部屋を満たす。昨日はRadioheadの「True Love Waits」。一昨日は中村佳穂の「忘れっぽい天使」。その前はモトーラ世理奈の「いかれたBaby」。何時が昼でも夜でも関係がない、一日のリズムを自分の精神の都合どおりに掌握できるような今の暮らしが結構気に入ってしまったので、また元どおりの毎日に戻っていくのかと思うと、ほんの少しだけ寂しい。だけど、みんな色々なことを考えたと思う。まだこれから行く先のことが霧がかかるように見えづらかった、十代の頃のように怯えながら、不自由な日々の中で窓の中から四角い空を見上げながら。わたしの生きて居ることの、ほんとうの意味はなんだろうか。どういう人生のことを、豊かな人生と呼ぶのだろうか。人に会うことさえままならない世界なのだとしたら、一体愛は、どこに存在するのだろう? そんな、今までで一番静かだったかもしれないこの季節に、ふくよかに染み込んだ良作があった。
Netflix制作の映画、「half of it」。青春映画を観る夏の始まり。

舞台は閉塞感のある田舎の白人コミュニティ。スクールカーストが顕著に存在し、大抵の子供達が一生を街の中で終える、保守的な思想がスタンダード。そんな中で暮らす中国移民のエリーは秀才で、学校中のレポートの代筆を行なって小銭を稼ぎながら賢く質素に暮らしていた。ある日同級生のポールからラブレターの代筆のバイトを頼まれる。相手は学校でも人気の美女・アスター。エリーも彼女に密かな想いを寄せていたが、経済的事情で渋々代筆の依頼を受けることにする。三人の奇妙な関係は、じわじわと期待を裏切り、思わぬ方向へ転んでいく。

……今、つい手癖で「思わぬ方向へ転んでいく」って書いてしまったのだけど、これはちょっと誠実ではない言葉選びだった。そこまで、思わぬ方向へ転んでいったり、劇的な山場やカタルシスがあったり、意図の明確なエンディングに辿り着くわけではない物語で、まさにそういうところが、なんとも良いのだった。

プラトンの「饗宴」から始まる物語は、エリーとアスター、聡明で博識なふたりの文通をベースに進んでいくので、当たり前のように文化的な対話が飛び交っていく。エリーは生まれて初めてラブレターを代筆する夜、お父さんと一緒に「ベルリン天使の詩」を観ていた。手紙を読んだアスターは、「ヴィム・ヴェンダースは好き。でも盗作はしない」と返事を返す。そのやりとりだけで、もうこのふたりのことを心から好きになってしまった。

はじめは単純で思慮の浅い体力馬鹿に見えたポールのことも、知れば知るほど好きになっていく。多くのカジュアルな恋愛において、「知りすぎる」ことはときめきを遠ざけてしまう要因にもなる。子供じみた憧れは、相手のことを自分の都合のいいように解釈できる自由があってこそ、恋心と呼べるのかも知れない。ファンタジーは、知りすぎるとリアルになってしまう。だけれど、何かを知りすぎるということがただ素晴らしいことだと思えるようなレベルまでお互いの精神が至った時、初めて愛というものを発芽させるための土壌が出来上がったと言えるのではないか。そんなことを考える。三人とも、愛をまだ、知らない。だけれど、それを知ってしまう気配がして居る。そんな気配を物語に含んだ映画のことを、青春映画と呼ぶのだろう。考えることをさぼることができない、孤独な魂が美しく息づいて居るのを見た。これはいつも変わらない、わたしが少なからず芸術というものを追ってしまうことのシンプルな理由だ。

ほんとうのところはいつも、ただきれいな魂が見たい。孤独な魂がうつくしく真実に向き合って居る様を、ほんの一秒、覗き見たい。わたしの好きだというものは一見乱雑に選ばれたようにも見えるかも知れないが、その基準はいつも明確で、ただ魂のきれいなひとが作っているものが好きなのだった。GRAPEVINEの「arma」という曲の、「愛(かな)しみがまだわからない とは言わせない とそう思うんだよ」という部分を聴いて唐突に流れる涙のような、あの気持ちになりたい。雄大な海でもなく、はげしく流れる川でもなく、風が吹くまでずっと黙っている、風が吹いてもほんの少しだけ揺すられてはまた深い透明な青に戻っていく、湖のような心が見たい。あんまり何にでも揺れていると、夜になったのに星の一つも映らないことだってあるんだよ。そんなのは寂しいから、みんなと同じように揺れるよりも、寂しそうと言われたって静かなままでいたい。それが孤独と呼べるのならば、わたしは孤独をまっとうするためにこの命があるのだと、そう思っても構わない。しばらく前に買った家庭用プラネタリウムのスイッチを入れ、そんなことを思っている。おもちゃ売り場から持ち帰った星空さえも、きっとわたしの心のありようで、見え方が変わってしまうのだ。本当にきれいなもののことだけ解る、という具合に、チューニングを合わせていたら、見逃してしまうあらゆる物事に嫌われてしまいそうで胸が痛いけれど、half of itでエリーとアスターの美しい孤独を見たことだって、きっと心を保つためのお守りになるのだった。

「half of it」の好きなところは、普通の映画では作品全体を貫く大きなテーマとして売り出されそうな要素がいくつも入っているのに、そのどれもがごく普通の日常の一部としてなんでもないことかのように紛れ込んでいるところ。移民への差別やからかい、ルッキズムの根強いスクールカースト、レズビアンの片想い、教会で行われる神の否定……こういったテーマを一つずつ、極端に水増しして作品をつくり、キャッチーなコピーをつけて売り込むということが他の作品においてどれだけ行われてきただろうか。ひとつひとつのことは、思春期にぶつかる問題ではあるけれど、それらひとつひとつに対してきちんと考え、答えを見つけながら大人になって来られた人はきっと少ない。多くの私たちが、「そこまで丁寧にやっていられなかった」、真剣に考えながら生きるということを、劇中で彼らはやっている。間違えながら、迷いながら、試行錯誤を繰り返しながら、時に大胆に、確信を持って斬りこむように一秒先の未来を見た。こういう練習を、繰り返して本当は、大人になっていくんだろう。そして、今からでもきっと遅くないと思えるのは、この作品が終始やさしく、ちゃんと素っ頓狂な場面も含んだコメディタッチで描かれているからかも知れなかった。敷居が低く、登場人物ひとりひとりの感性の描写に真摯で、大きな緩急よりも、今この一秒の心の揺らぎを、そしてこの一秒先の思索を、きちんと描くと決めているような安心感がある。物語終盤で、印象的なセリフがある。「“音楽や映画、物語には必ず山場がある”」。その時ラジオから流れていた音楽には確かに山場があったけれど、このお話は、大きな山場に任せて物語を綺麗にまとめる、ということをしなかった。最後まで丁寧に、もう少しだけ、もう少しだけ、と辿っていくように、なだらかに日々の描写を見せていてくれる。平和な後日談をしばらくの間眺めているような、やさしい気持ちで胸が満ちる。だらだらと、続いていくということが、ちゃんと希望であるように。

映像のことを齧っているせいで、物語の編集に対して少し過敏なところがある。映像作品を作る過程において、編集という作業が最も好きで、ゾクゾクする作業だと感じているからだと思う。編集が上手な人には、音楽や会話では養えない独特の、見えないタイミングを感じるためのリズム感が備わっていると思っていて、その個性を作品から垣間見る瞬間のことが私はとても好きだ。「half of it」はそのリズム感が、製作者の思慮深さを表しているようで、とてもやさしい心地だった。必要以上に区切ってしまわないことの優しさが、そのままグラデーションのようになって希望の色を編み出していた。

編集という作業が作品自体にもたらす影響は、作り手としての視線を持たない視聴者が思っているよりもきっとずっと大きい。YouTubeであっても、テレビ番組であっても。テキパキと話して必要な情報をハイスピードで教えてくれるYouTuberも、過激な発言が物議を醸す話題のタレントだって、演出の仕方と、撮影の仕方と、そして編集によって意図して作り上げられている。エンターテインメント性を重視して作られている番組において、それはとても重要なメソッドなのだと思う。この方が面白いから、この方が視聴率が取れるから、という思考は突き詰めれば経済至上主義に根を同じくしているのだろう。そして、その主義と共存・共闘を図っているものに文化がある。芸術表現がある。共存していかなければ道はないのだけれど、経済至上主義は時に文化を蔑ろにしてしまいそうになる、危うい面を持っている。私はその様子を見て、いつもなんだか悔しいような、不甲斐ないような気持ちになるのだった。

誰かの人生を良い方向に解放する可能性を秘めた、優れた芸術が生み出される一方で、映像は、人の人生を壊す装置にもなり得る。きっと何度もなってきた。舵を取る人次第、そして受け取る人のリテラシー次第で、映像というメディアが無自覚な悪意の増幅装置になる瞬間をなんども見た。流石にもう終わりにしたい。

表現の自由が必要なのは、誰かが表現をする時に、その人自身の想像が、創造が、芸術が、崇高な意思が、正当に守られるためなのだと思っている。そして、そういうふうに真剣に生まれた作品が、例え誰かの何かを結果として傷つけてしまったとしても、それを悪とは言い切れない。だけれど、表現をするということにおいての矜持を持たない、ただお金儲けの道具として表現に似た何かを成そうとしている人が、表現の自由を盾に何をしても良いのだと勘違いするのは、ちょっと違うのではないか、と思う。特定のコンテンツを指している訳ではないけれど、この世界には、自由の意味を履き違えた人があまりにも多いような気がしているのだ。作る側にも、見る側にも。

「half of it」の監督、アリス・ウーは同作品についてこうコメントした。
「あなたの終わりが、始まりになりますように。」

消費のために作られる映像と、それをファーストフードのように手早く食べてしまう人々。そして、物語の終わりから始まるその先の物語さえも、包み込もうと芸術をする人。どちらもこの時代に生きている。画面の奥に何を見たいか、惰性ではなく鋭く静かな思いでゆっくりと探したい。私の見たいものはここにあった。あなたが見たいものはなんだろう。答えはわからなくても良いから、風を切りながら、音楽を聴きながら、夜の中を泳ぎながら、電車の窓の外を眺めながら、締め切りのない問いを途切れ途切れに、いつまでも、考えていたい。その行為自体が、もうすでに、愛に近い。

 

<まこレコ!>

映画『ワンダーウォール 劇場版』(オンラインミニシアター)
★★★★☆(星4つ)

ミニシアター支援を目的にオープンした「STAY HOME MINI-THEATER」にて鑑賞。好きな時間に再生できるわけではなく、上映日時と時間が決まっていて、鑑賞前に注意ムービーも流れるという映画館をリスペクトした作りが楽しい。最終日に鑑賞したけれど、この一回を見逃したら見られない、という緊張感もどこか懐かしく、早くミニシアターに行けるようになりたいな、という甘い気持ちにさせられた。

舞台は京都、古くから続く学生寮を守りたい寮生たちと、一方的に寮の取り壊しを測る大学側との攻防がドキュメンタリータッチで描かれる。二者の間にそびえる「壁」に焦点を当てた物語は、今の日本社会と深くリンクして、気がつけば彼らの言葉を、他人事ではないものとして感じることになる。多様性について。経済至上主義について。耳の痛いセリフが響くけれど、それは今の私たちにとって重要な議題なのだと思う。映画館が再オープンしたら、劇場空間の中でまた見たい作品。

 

『ヤンヤン夏の思い出』(DVD)
★★★★★
(星5つ)

台北に暮らす家族の日常をベースに、父・母・姉、全員のささやかな人生の転換期を繊細に丁寧に描いた作品。タイトルにあるヤンヤンは小学生男子で、少しずつこの世界のことを思惑し始めた年頃だ。物事には裏と表がある。それぞれ見えているものが違うとしたら、一体どうやってそれを教えあうのだろう。という疑問を抱え、カメラを持って歩き回る。経済至上主義に違った視点からクレバーに構える、イッセー尾形演じる日本人ゲームクリエイターのキャラクターも絶妙なスパイスになっている。夏という季節の表現が瑞々しく美しい傑作。当たり前だけど、エドワード・ヤンの映像美は至宝で、台湾という土地の空気を肺いっぱいに吸うように味わえること自体に代え難い幸福感を抱かずにはいられない。

 

<プロフィール>
戸田真琴(とだ・まこと)2016年から活動開始。セクシー女優業と並行してコラムやエッセイの連載等の文筆業、映画制作や自主制作ZINEなどの創作活動も積極的に行っている。写真集に「The Light always says.」(玄光社)監督作に長編オムニバス映画「永遠が通り過ぎていく」(2019年制作)著書に「あなたの孤独は美しい」(竹書房)「人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても」(角川書店)がある。 愛称は まこりん 。
https://note.com/toda_makoto
Instagram @toda_makoto

 

 

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『肯定のフィロソフィー』

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TV Bros.編集部
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