今回押井さんに紹介していただくのは、非正規社員としてライン工場で働いているという、40歳、独身男性のチャンネル『絶望ライン工ch』。センスの光る言葉選び、ナレーションの声、プロっぽい映像、そして現実と虚構の曖昧さなど、押井さんを夢中にさせる要素がたくさん詰まっているようです。
取材・構成/渡辺麻紀
撮影/ツダヒロキ
<新刊情報>
加筆&楽しい挿絵をプラスして待望の書籍化!
『押井守のサブぃカルチャー70年』が発売中!
当連載がついに書籍化しました。昭和の白黒テレビから令和のYouTubeまで、押井守がエンタメ人生70年を語りつくす1冊。カバーイラスト・挿絵は『A KITE』(1998年)などを手掛けた梅津泰臣さんが担当し、巻末では押井×梅津対談も収録。ぜひお手に取ってみてください。
押井守/著
『押井守のサブぃカルチャー70年』
発売中
発行:東京ニュース通信社
発売:講談社
カバーイラスト・挿絵:梅津泰臣
文・構成:渡辺麻紀
登場人物は工員のおにいさんだけ。いつも同じ表情、同じ服装、決まった動きで、まさに閉じられた虚構の世界。終末観たっぷりですよ。
――Vチューバーについてお伺いしています。前回は押井さん激推しの「あおぎり高校」のお話でした。一応「Vチューバーは『あおぎり高校』以上はない」とおっしゃってましたが。
あ、もうひとつ、変わったチャンネルがあったよ。解釈によっては、これもVチューバーと呼んでもいいと思っているんだよね。
「絶望ライン工ch」というチャンネルです。
――そのタイトル、なかなか強烈じゃないですか?
いわゆる非正規労働者としてラインに就いて働いている工員のおにいさんがあげている動画。
――この紺色の作業服を着ているおにいさんですね。「39歳(取材時)、独身、年収240万円」……確かにこの年齢でこの収入は平均より低いのかもしれませんね。
固有名詞はまったく出てこない……いや、なぜか冒頭に流れる電車や鉄道の名称はリアルなんだけど、ほかは全部創作だろうね。勤めている工場は「絶望ライン工場」で、彼が住んでいる会社の寮も「ぜつぼう荘」。部屋で飼っている柴犬も「絶望ライン犬」、略して「ゼツケン」と呼んでいるから。
初めて観たときは、本当なんだろうなと思った瞬間もあったんだけど、やっぱりどう見たっておかしい。だってこのお兄さん、どこに行くにもほぼこの紺色の作業服に帽子。まあ、後半は違う服も着るようになったけど、最初の頃は徹底していた。
――最初のうちは本当だと思っていたんですか?
このチャンネルは絶望ライン工の日常を紹介しているんだけど、それがとてもリアルだったの。毎日食べている弁当屋の弁当が470円で、昼の弁当ベスト5とか紹介する。「これで470円だけど、嘘みたいに美味しい」とか「内容が充実している」とか。実際、そんな感じなんだよ、弁当は。日によっては自分で小さなカップうどんを汁ものの代わりに付けたりする。
部屋には小さなキッチンもあるのでよく自炊する。スパムを焼いたり目玉焼きや卵焼きを作る。まあ、そんな食べ物系が多いんだけどさ。
ときどき地方に派遣されて新幹線に乗るんだけど、そのときも作業服を着ているわけ。ありえないでしょ?
――そうですね。
よく見ていると職場で映るのは弁当を置いているテーブルだけで、寮は自室だけ。出勤したりゼツケンを散歩に連れて行ったりするんだけど、廊下すら映ったことはない。
それに、ちゃんと照明を当てて撮影している。機材を使っての撮影ですよ。
気になったので概要欄をチェックしたら「この動画に出てくることはすべて虚構です」「1から10まで基本的に本当だとは思わないでください」云々と書いてある。
――年収240万円というのはどうなんでしょう? これもウソ?
給与明細書が出てきて、それはどうもホンモノっぽい。そこに「絶望的な人生」「地獄です」云々とテロップが流れ、(結構、楽しく生きています)とも書いている。
そもそも、この映っているライン工さんとナレーションをしている人物が同じなのかもわからない。実は映っているライン工は俳優みたいなもんで、実際に作っている人は別にいるとかね。
――ということは、このチャンネルもまた虚構と現実の境目が曖昧なわけですね。
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