2019年に松尾スズキと安藤玉恵によって上演された二人芝居『命、ギガ長ス』が帰ってきた! 認知症気味の80代母親とニートの50代息子という、世間的にはにっちもさっちもいかない親子をポップにユーモラスに描き、ラストでは替えのきかない二人の関係に切なくも希望を感じさせられた作品が、キャストも新たに再演されるという。今回は演出だけに専念するという松尾に、キャスティングの理由や再演で目指すものについて聞いた。俳優・松尾スズキの気になる今後についても明らかに!
撮影:為広麻里 取材・文・構成:末光京子
スタイリング:安野ともこ
★『命、ギガ長スW(ダブル)』スペシャルインタビュー記事一覧はこちら。
目次
東京成人演劇部vol.2『命、ギガ長スW(ダブル)』
松尾スズキが2019年に書き下ろした伝説の二人芝居が蘇る!
宮藤官九郎×安藤玉恵、三宅弘城×ともさかりえのダブルキャストで上演
2019年に、松尾スズキが“演劇を始めた頃の素朴な喜び”を求めて立ち上げた「東京成人演劇部」。その旗揚げ公演となったのは、松尾スズキと安藤玉恵による二人芝居『命、ギガ長ス』だった。8050問題というシリアスなテーマを扱いつつも、人間の可笑しみや切なさ、親子の愛を感じさせる濃密な芝居は話題を集め、チケットは連日完売に。そして2022年、『命、ギガ長スW(ダブル)』とタイトルを改め、宮藤官九郎と安藤玉恵によるギガ組と、三宅弘城とともさかりえによる長ス組のダブルキャストで再演が決定!
<あらすじ>
80代で認知症気味の母親・エイコと、ニートでアルコール依存症の50代の息子・オサム。そんな彼らのドキュメンタリーを撮るため、映像作家志望の女子大生・アサダは二人に密着していた。パチンコに依存し、なぜかうまい棒ばかりを食べ続けるエイコと、エイコの年金をあてにして働きもせず酒を飲み続けるオサムだが、アサダは彼らの本心を掴めず、ドキュメンタリー作りは難航する。アサダのVTRを見た彼女の所属ゼミの教授・キシは、ある問題を指摘する。エイコとオサムには秘密があったのだ―――。
<スタッフ・キャスト>
作・演出 松尾スズキ
出演 ギガ組…宮藤官九郎×安藤玉恵 長ス組…三宅弘城×ともさかりえ
★3月4日より、東京公演(下北沢、ザ・スズナリ)がスタート。大阪、北九州、松本公演あり。
★公演詳細は、公式ホームページへ。
初演というゴールにたどり着いて、さらに各々のスタイルを目指す
――稽古が始まって数日経ちましたが、どんな雰囲気ですか?
二人芝居って二人しかいないじゃない? 二人をずーっと見ていると、逃げ場がなくて疲れるというか…。
――もう疲れてるんですね…。初演の時のインタビューでは「小劇場でやっていた頃の初期衝動を思い出したい」とおっしゃっていましたが、初演を通して、心境の変化はありましたか?
初演の時は稽古場にいるスタッフの人数も非常に少なくて、稽古場の中で自由な気持ちでいられたっていうのは、一ついいことではあったなと思いますね。
――プロデューサーも務めていらして、逆にプレッシャーを感じられるのかなとも思ったのですが。
稽古場にどういう立ち位置でいられるかが重要だったというか。自分が稽古を始めたい時に始められる、そういう気楽さは自分が責任を背負ってるからできることであって。今、稽古場に制作陣が4人くらいいるんですけど、常に見られてるって思うと、サクサク稽古を始めなきゃいけないのかなって。2人ぐらいでいいのに、と思いながらやってます(笑)。
――初演で完成形を見せているというのは、再演ならではの難しさなのかなと思います。
そうだね。ゴールが決まっちゃってはいるんですよね、一旦の仮のゴールが。本番に何度もかけてるわけだから、俺と安藤さんが作り上げた世界観とか、SEのきっかけとかの最高のタイミングっていうのはベースにあって。今回は一回そこに辿り着いて、そこから各々のスタイルを新たに作り出すっていうのが目標ではあります。
――松尾さんの公演でダブルキャストというのは初めてかと思うのですが、それぞれの組で演出は自然と変わっていくんでしょうか。
徐々には変わっていくでしょうね。今は一つの仮の到達点に向かって作り上げている段階だから、まだそんなに変わらないと思うけど。宮藤に言いたいことと、三宅に言いたいことは違ってくるし、安藤さんに言いたいことと、ともさかさんに言いたいことは変わってはくるんですよ。各々のアプローチの仕方も違うから。それを一つの同じものにしようとは今は思ってないですね。そのアプローチの中の、いわゆる横道、各々の横道を通って、一つの到達点にたどり着く、それがズレた位置であっても問題はないというか。
色の異なるキャストを違った演出で導いていきたい
――なるほど。キャストもギガ組、長ス組で非常に色が違うような印象です。それぞれのキャスティングの理由を教えてください。
安藤さんっていうのは、マストだったと思うんですよね。初演で当て書きしたものだし。相手役に宮藤っていうのは、宮藤と安藤さんはけっこう仲が良さそうだなって。稽古場がツラくなったら嫌だなっていうのはすごくあったんで。でも、宮藤がこの役を受けてくれたのは意外だった。言うても、ある程度の覚悟がないと受けられない役ではあるので。宮藤の中で、まだ俳優としてのモチベーションっていうのが低い位置にはないんだなっていうのが嬉しかったな。
――長ス組についてはいかがですか?
三宅はもともとすごく好きな役者。僕は由利徹とか三木のり平とか体を使うタイプの昭和の喜劇人が好きで、三宅はああいう流れを汲んでる感じがするんです。芸人肌の動きというか、そういうことができる人なんで。ともさかさんも好きな女優さんで、いつかご一緒したいと思っていて。なんだろう、ファニーなムードがあるというか。『スイカ』(※1)っていうドラマのともさかさんがすごくいいんですよね。表情の作り方とかタイミングがすごい上手というか、面白い人だと思う。あとは、三宅とよく一緒に舞台をやってるから。(※2)
※1 2003年放送のドラマ。木皿泉脚本。
※2 三宅とともさかは、三宅の主演舞台『鎌塚氏シリーズ』の3作ほか、ドラマでも多数共演。
――とにかく稽古場の空気をすごく重視しているんですね(笑)。
そうそうそう(笑)。それは重要! 気が合わない二人で、この長さ一緒ってもう地獄だから。
――それぞれの組をどう組み立てていきたいと思っていらっしゃいますか?
なんていうのかな、ギガ組の方からは自由な匂いというか、おちゃらけるっていうとちょっと違うんだけど、「演劇」と「演芸」の中間くらいな気持ちでやってほしいなって。二人芝居って限定された空間だし、見ることが他にないっていうことでいうと、表現ってことだけじゃなくて、ある種の芸みたいなものを入れたいって思ったんですよね。役作りとは別に、こういうふうにやると気持ちいい、見ていて気持ちいいってことを優先するというか。長ス組の方は、工芸品のように細かく細かく作っていく、みたいな感じがいいのかなって思ってます。精巧な彫刻を作るように、一つ一つのセリフや動きを丁寧に細やかに積み重ねていったらどうなるかなっていうのは考えていますね。