様々な人に「推し」について語ってもらう「推し問答!〜あなたにとって推し活ってなんですか?」、第1回のゲストはお笑い芸人・ラジオパーソナリティの松本美香さんです。なお、この記事は後編になります。
前編はこちらです。
推し問答!【1人目:ジャニーズオタク松本美香さん前編】「あの頃の未来にオタクは立っているのかな」
シブがき隊からはじまり紆余曲折を経て「推しは酸素」の境地に至った松本さんのオタク道。オシャレの代名詞だった外資系レコード店も推し活グッズを販売するようになり、世間様からすると日陰者だったオタクの勝利? いや、そもそも誰も勝負をしかけていたわけではないのですが……。
そして、お笑い芸人として活動する傍ら、個人サイトでアイドルへの愛やオタクとしての日々を綴っていた松本さん。それがたまたま編集者の目にとまり、雑誌にコラムを寄稿することになります。それがきっかけでエッセイ『ジャニヲタ 女のケモノ道』(双葉社)を出すことに。インターネットのおかげで、オタク同士の交流も増え、オタクが可視化されるようになったことも、市民権獲得の理由のひとつかもしれません。
一方で、誰でもSNSで推しへの愛や推し活の様子を発信できるようになったからこそ、生まれてしまう摩擦もあるものです。我々の戦いは終わらないのか……? いや、そもそも誰も戦ってなどはいないはずのですが……。ねえ?
取材&文/藤谷千明 題字イラスト/えるたま
目次
今から20年前に、個人サイトで推し語りをしていた松本氏
藤谷 お笑い芸人として活躍されている中で、07年にジャニーズのファンであるご自身をテーマにしたエッセイ『ジャニヲタ 女のケモノ道』を上梓されました。それ以前から個人サイトでアイドルやオタクの話をされていたそうですね。
松本 もともとテレビドラマや芸能人を見て、なんやかんや言う、ちょっとツッコミをいれることが好きだったんですよね。ピン芸人でネタをやっていたときもそういうことをやっていたんです。私には妹がいるんですけど、妹に個人サイトを作ってもらったんです。今から20年くらい前のことですね。
藤谷 今となっては「オタク視点の語り」商業メディアでされることも珍しくなくなったと思うのですが、あの本に書いてあることが当時はすごく新鮮に感じたんです。「先駆者」というか。
松本 そんな! おこがましくて、そんなことは言えないです。個人サイトを見た人から感想をもろたり、BBSに書き込んでもろたりしていたので、共感してくれる人はいると感じていました。でもそういうのって、ずっと前から色んな人がやってきたことですし。先駆者とかはないですね。サイトを作ったのも「芸人として一旗あげたろ」とかではなく、好きなことを好きなだけ書ける場所が欲しかっただけというか。だから「モツマ」というハンドルネームだったんです。
藤谷「これまでにないことを」的な意識はなく、ただ楽しく日常を書いていた結果なんですね。
松本 そうです。それで、サイトを見た編集部の方から声をかけていただいて、雑誌『ユリイカ』(青土社/05年「ユリイカ・特集:文化系女子カタログ」)に寄稿したことがきっかけで、本を出版することになったんです。そうそう、実はあれは闇営業だったんですよ。
藤谷 えっ、どういうことでしょう?
松本 『ユリイカ』は事務所を通さずに受けた仕事だったので、今でいう闇営業ですね(笑)。その後、出版の企画が来たことで事務所にバレて叱られました。
藤谷 『ユリイカ』は反社会組織じゃないから、叱られるだけですんでよかったです。
松本 出版イベントをさせてもらったり、そこでもお客さんから色々な感想をいただいて、そんなに珍しいことをやっている気はしていませんでした。むしろ、そんなに珍しい感じだったんですか?
藤谷 もしかしたら他の人はそうじゃなかったかもしれないけど、少なくとも私はとても新鮮に感じたんです。それこそ、当時は「負け犬」(酒井順子さんのエッセイ『負け犬の遠吠え』から生まれた流行語。30歳過ぎて独身の女性を指す)みたいな言葉も流行っていたじゃないですか。「こんなに楽しくあっけからんとオタクの話をしていてもいいんだ!」と勇気をもらったというか。それが今や猫も杓子も推しの話を……。
松本 その結果、しんどそうな人も見かけません? 今ってSNSで他の人の様子も見ることができるじゃないですか。良い席でライブを見ている人、ツアーを全部通っている人、そういう「強いオタク」=「いわゆるガッツ※」がかっこいいと思ったり、憧れたりするのはいいと思うんです。でもそこでしんどくなってしまう人もいるな……と。
(※編集部注:ここでいうガッツとはおもにジャニーズファンの間で使われる「ガッツのある応援をするファン」を指します)
SNSで可視化されたことにより、他の人と比べてしまい苦しむオタクが増えている?
藤谷 比べてしまうと。それはもう昔からあることだとはいえ、昔は目に見える範囲の人間関係での比較だったのが、今はSNSがあるから比較対象が下手したら100倍くらいに増えているわけで。
松本 そう、簡単に比べることができる土壌があるんですよね。昔よりもしんどいのではと。ジャニーズの人気コンサートは毎回チケットが当たる人ばかりではないでしょうし、でもSNSを見るとこんなに全国ツアー回れて、チケットを取れてる人がいるのに、私はどこにも行けないとかを簡単に比べることができてしまうから、それでストレスになってしまう人もいるんちゃうかな。
藤谷 大人だと多少は自制が効きますけど(効かない人もいますが……)、多感な時期の若い人は大変かもしれないですね。それこそバブル時代に「クリスマスまでに彼氏を作らなきゃ周りにバカにされる」と、無理して恋愛しようとしていた人の話を聞いたことがあります。オタクが市民権を得ると、今度は「無理して推し活する人」が出てきてしまうのかも……。これはもうオタク関係なく現代社会の問題かもしれませんが。
松本 コンサートを観るだけでなく、友達と連番して、おしゃれして、うちわと共にメンバーを模したぬいぐるみを持って、会場の前で写真を撮るまでがセットというか。それは楽しくやっているのだとは思うんです。ただ写真で「これだけ応援しています」みたいなCDを大量に積んでいる写真をSNSに投稿しているのを見かけると、少し心配になりますよね。
藤谷 その一方で、これは女性向けメディアをやっている友人から聞いた話なのですが、推し活をメディアで扱うと、とくに地方在住の主婦の方からの反響が大きいのだそうです。それはなぜかというと、推し活をしているあいだは、「妻」でも「母」でもない時間だからとのことで。
松本 さきほど話に出した妹は、結婚して地元から離れることになったんです。引越し先には友達がいない、専業主婦だし子供もいなかったので、当初は気持ちが沈み込んでいたんですけど、そんなときにデビュー当時の嵐にハマるんですね。そこから生き生きとしはじめたので、そういう効果もありますよね。推しが生活の彩りになっている。
藤谷 「生活の彩り」、すてきな言葉ですね。
松本 それで嵐の活動休止が発表されたときに、「このまま推しを失うと死んでしまうかも」と、色々な現場に足を運び、推しを探した結果、BTSに夢中になり、今度はBTSがお休みするということで今度は別のK-POPグループに行ってます。ウチはそういうミーハーな血筋なのかもしれないですね(笑)。
藤谷 いい話です(笑)。だから、推し活の良し悪しというのも、個人の話に限っていえば程度問題というか。それこそ最近は「推し活の闇」的に、推しに夢中になった結果、犯罪に手を染めるケースの報道や、「これだけ推しにお金をかけたのに何も残らなかった」みたいなオタクのインタビュー記事がバズったりして、「やっぱり推し活は良くない、現実を見たほうがいい」みたいな反動が来るのかもしれないと。
松本 そういう記事って、オタク自体をよく思っていない人もチェックするし、オタク自身もチェックしちゃうんですよね。
「楽しい」と思えるものが、常に生活の何%かにあるような生き方ができたらいいな
藤谷 外野からの野次馬根性もあるでしょうし、「この記事の人より、私はマシ」みたいな感情もあるでしょうしね。さっきのSNSの話ではないですが、どうしても比べてしまうというか。ただ、「現実を見たほうがいい」という流れになったとしても、またバブルの頃みたいに「じゃあ恋人を作って結婚して家を買って……」みたいにはならないと思うんですよね。私自身アラフォーということもあり、将来のことを考えるときに、もはやその選択肢をそこまで優先していないというか。松本さんはいかがでしょうか?
松本 ないっすね(即答)。そもそもそこを考えるような人間だったら、こんなことになってないと思うんですよね。とはいえ、将来や老後のことは考えないといけないんですけどね〜。そういうところから目を背けがちというか、楽しいところに流されがちというか。それこそ最近投資信託とか始めたくらいで……、こんなことを言ってる年齢じゃないんですけどね。
藤谷 むしろ、自分も含めて周囲は将来のことをネガティブに考えがちで「これでいいのだろうか」と不安になってしまうこともあるので、「楽しいことに流されがち」というのは反対に「ネガティブなことよりも楽しいことに目を向けている」ということですよね。そのほうがタフなのでは? と思いました。
松本 なんでしょう、「楽しい」と思えるものが、常に生活の何%かにあるような生き方ができたらいいなという感じですね。
藤谷 なるほど。松本さんご自身も長いあいだ推し活をしていると、そのなかで「しんどさ」を経験されてきていると思うんですね。それでもアイドル、とくにジャニーズを推し続けている理由はどこにあるのでしょう?
松本 ステージやグループに魅力がある。それはもちろんです、ただ、長いことジャニオタをやっていると、友達や知り合いが異常にできるんですよね。日本だけでなく、海外にも。海外公演で知り合ったオタクの友達が日本に来たら「会おうよ」と歓迎しますし、その逆もまたしかり。とくにジャニオタは人口が多いので、普段の生活をしていると知り合わないような職業の人とも友達になれたりしますし。学生さんから年配の方まで、お付き合いする年齢層も広がりますよね。仲良くなるとジャニーズ以外の話もしますし、それこそ親の介護や老後の話をすることもあります。そんな風に世界が広がるのは、ジャニーズのファンをやっていてよかったことだと思います。
藤谷 冒頭で「推しが酸素」という話が出ましたけど、ジャニーズのファンという環境が居心地がいいというか。
松本 友達ともよく話すんですけど、「イッツ・ア・スモールワールド」なんですよ。私達にとってはキラキラした最高の世界なのは間違いない。しかしそこにはそれぞれの信仰もあるから、衝突も起こる。永遠にぶつかり合ったり燃えたりもするのだけど、その世界は楽しいんですよ。もっとこう、太字になるような良いことを言いたいのですが(笑)。本当に好きなことになると、上手く言葉が出てきませんね。
藤谷 小さな世界でたまに衝突しながらも、ずっと幸せに暮らしていけたら……。ジャニーズ事務所が存続していく限り……。とはいえ、ジャニーズも最近は色々な変化が起きているので……。
松本 それ! それでよく、よく知らない人が「あ〜、ジャニーズも終わったね」とか言うじゃないですか! で、そういう人はいつも「終わりの始まりやな」って言うじゃないですか(笑)。
藤谷「終わりの始まり」、たしかに何か大きな事件があったら絶対出ますね(笑)。
松本 「ワタシん中ではまだまだ始まりまくってるよ!」っていう(笑)。
松本美香(まつもと・みか)●1970年、兵庫県生まれ。お笑い芸人、ラジオパーソナリティー。
著書に『ジャニヲタ 女のケモノ道』(2007年・双葉社)がある。レギュラーラジオ→「JAM×JAM」(ラジオ関西)毎週日曜22:00~24:00、「hanashikaの時間。」(ラジオ大阪)毎週月曜18:00~19:45
藤谷千明(ふじたに・ちあき)●1981年、山口県生まれ。フリーランスのライター。
高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後多くの職を転々とし、フリーランスのライターに。ヴィジュアル系バンドを始めとした、国内のポップ・カルチャーに造詣が深い。さまざまなサイトやメディアで、数多くの記事を執筆している。近年はYoutubeやTV番組出演など、活動は多岐にわたる。著書に 『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)。共著に 『アーバンギャルド・クロニクル「水玉自伝」』(ロフトブックス)、 『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック)などがある。 Twitter→@fjtn_c

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