2021年、あなたの生活を、人生を彩った音楽について聞かせてください。音楽テクニカルライターの布施雄一郎氏に、2021年の5曲をセレクト&執筆してもらいました。
- 文/布施雄一郎
目次
「French」大森元貴
改めて説明する必要はないかもしれないが、大森元貴は、Mrs. GREEN APPLEの全楽曲の作曲・作詞・編曲を手がけるフロントマン。そのMrs. GREEN APPLEは、2020年7月に“フェーズ1完結”を宣言し、現在は活動休止期間に入っている(そして今年7月、来年2022年の活動再開を予告する公式メッセージが発信されている)。その彼が今年2月、ソロプロジェクトの始動をいきなり発表。すぐさま配信リリースしたのが、ソロ第一作となる「French」であった。
そもそも、Mrs. GREEN APPLEの“フェーズ1完結”も突然だった。「ずっと取材してたライターなんだから、実は知ってたんでしょ?」と思われるかもしれないが、正直な話、「そろそろ次作の取材が出来ないかな~」なんて呑気に考えていた時に、いきなりネットニュースで活動休止を知ったのだ。本当にビックリした。そして再びビックリしたのが、このソロ活動スタートの一報だった。
ただ彼は、奇をてらったり、突拍子なことをやろうと狙って物事を進めているのではないはずだ。そのことは、幸運にもデビュー当時から彼を何度か取材してきた中で、何となく感じていたことだ。そう、きっと彼の中では、すべての物事は根本的につながっているのではないだろうか。外側から見て驚くような突拍子のないことでも、それは彼が純粋に興味を抱いたもの、やってみたいと思ったものに向き合った結果であり、だから彼にとっては、Mrs. GREEN APPLEの“フェーズ1完結”もソロ活動のスタートも、とても自然な流れで決断したことだったことのように思える。
そんな中で生み出された「French」は、孤独感や人間の内面性が色濃く表現された音楽だ。しかし、それを憂いたり、悲しむのではなく、淡々と音と言葉で表現するところに、彼のクリエイターとしての本質を見いだせる。さらにMVでは、自らコンテンポラリー・ダンスを披露するなど、Mrs. GREEN APPLEの活動を通して生み出してきたポップスという音楽を、よりアート的な視点で作品化することに成功していると言えるだろう。
そんな彼は、本当に掴みどころのないクリエイターだ。音楽性の側面はもちろん、そしてセルフ・プロデュース的な側面でも、今、何を考え、次に何をしようとしているのか、まったく想像することができない。でもそれこそが、大森元貴というクリエイターの、最大の魅力なのだろう。そう確信した1曲だった(そしてソロ第二弾「Midnight」で、今度はいきなり、K-POPテイストのバチバチなダンスミュージックに振り切るあたりも、彼にしか成し得ないエンタテインメントと言えるだろう)。
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「ファントムボーイズオンザラン」桃野陽介
2017年にモノブライトを無期限活動休止し、以降、ソロとして歌い続けてきた桃野陽介。彼がソロ活動4年目にしてようやく完成させた1stフル・アルバムが『MOMONOBAND A.I.D』であり、「ファントムボーイズオンザラン」はその先行配信曲。
モノブライトとしてデビューした当初、そのハチャメチャなエネルギーと、ニューウェーヴやブリットポップに影響を受けたメロディで、「アナタMAGIC」や「あの透明感と少年」などの名曲を生み出してきた彼。そのソングライティング力は素晴らしいものがあったが、当時、インタビューをすると、たまに一瞬、ちょっと自信なさ気にはにかむ笑顔を見せることがあった。
今振り返ると、もしかしたらそれは当時、自分の置かれている状況や、やりたい音楽、周囲を取り巻く環境のアンバランスさに、どこか居心地の悪さを感じていた表れだったのかもしれない。そして、モノブライトとしての最後のライブを終えた直後に楽屋で見せた、充実感とも解放感とも違う、まさに疲労困憊とも言える表情が、僕の記憶に、とても印象的に残っていた。彼は音楽を辞めてしまうんじゃないかと、そう心配したくらいだった。
でも、彼はアコギを手に歌い続けた。そして今年、遂に届けられたフル・アルバム。桃野節は変わっていなかったし、モノブライトを断絶するでもなく、継承するでもなく、ある意味でとてもフラットにモノブライトと地続きである音楽を生み出していた。そこが僕にとっての、密かな喜びのポイントだった。
彼自身のTweetによると、この曲は《自分が招いた罪と罰を悔やみまくった歌詞で、バカみたいに楽しげなビートで歌われるので、個人的には理想の形をした曲。多分桃野らしさだと思います》ということらしい。まさしくその通りだと思うし、そこに彼が4年間で手にした“自信”が感じられた。残念ながら新譜完成のタイミングで話を聞く機会が作れなかったが、また近いうちに是非ともじっくりと話を聞きたいなと思わせてくれた、そんな1枚だった。
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「プラトー」サカナクション
今回取り上げる中で、最も活きの良い、釣れたての最新注目曲は、約1年10カ月ぶりとなる全国ツアー《SAKANAQUARIUM アダプト TOUR》をスタートさせたばかりのサカナクションの新曲「プラトー」。今年6月から、参天製薬の目薬“サンテFX”のCM曲としてオンエアされてるので、もう耳にしているという人は多いだろう。そのCM曲がフル・バージョンとして完成し、12月3日、配信リリースされた。
CMでオンエアされた時から、僕は一気にこの曲の虜になってしまった。誤解を恐れずに言えば、サカナクションらしくないほどに超ストレートなサビがとても新鮮だったのだ。そこから曲が練り上げられ、そして遂に完成したフル・バージョン。テクニカルなブリッジが新たに設けられたことで、そのコントラストがサビの突き抜け感をさらに加速させるという、ストレートに見せかけた実に巧妙な変化球。つまりは最終的に、「やっぱりサカナクションだぁ」と感嘆するほど、実に彼ららしい1曲に仕上がっていた。
そうしたサウンド面で魅了されただけでなく、この曲には、歌詞の面でもグッとくるワードがたくさん散りばめられていた。それは何なのかと言うと、まさにコロナ禍で過ごした深夜の光景だ。
ボーカルで作詞・作曲を手がける山口一郎は、2020年春、コロナの影響で開催中の全国ツアーが中断(後に中止)すると、すぐさまInstagram Liveでファンと直接対話をする「深夜対談」をスタート。ファン(通称“魚民”)たちと、リアルにつながりを持ち続ける術をオンラインで模索していったのだ。
そこでは、必ずしも楽しい会話だけが行われたのではなく、時にはファンの意見と交わらないこともあったし、山口自身が不快感を露わにする場面も少なからずあった。だがそれも含めて、山口と魚民たちは、共にコロナ禍の夜を乗り越えていったのだった。その夜を知る者にとって、この曲で歌われている言葉は、とても心に沁みるものになるだろう。もちろん、その夜を知らない人にとっても、閉塞感しかなかった約2年間を突き抜け、光を感じさせてくれるような歌に仕上がっている。
そんな新曲「プラトー」。ここではフル・バージョンのお披露目となったオンラインライブ《SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE》の生配信映像から作られた“ミュージック・ライブ・ビデオ”でこの曲を紹介することにしよう(この時のオンラインライブ全編の様子は、現在、期限1週間のオンデマンド方式で再配信されている)。
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「Sayonara America, Sayonara Nippon」細野晴臣
それではここで、日本音楽界の重鎮に登場していただこう。細野晴臣氏が、自身のアメリカツアー(2019年)の様子を収めたライブ・ドキュメンタリー映画『SAYONARA AMERICA』のテーマ曲として作成したのが、「Sayonara America, Sayonara Nippon」だ。
もちろんオリジナルは、はっぴいえんど通算3枚目で、かつ最後のアルバムとなった『HAPPY END』収録の「さよならアメリカ さよならニッポン」。このアルバムは1973年2月のリリースなので、48年の歳月を経てのセルフ・カバー曲というわけだ。
とにもかくにも、今の日本のロック/ポップスは、細野さんの存在抜きには語ることができない。あらゆる音楽の源流をたどっていくと、必ず細野さんの歩みにリンクしていく。ただここでは、細野さんの偉大な功績をあれこれ紹介したいわけではない。そんな重鎮である細野さんが、いまだ現役で、そして意欲的に新しい音楽を生み出し続けているという点にこそ、ぜひ注目してもらいたい。
そういう意味から言っても、この曲をたくさんの若い方々に聴いてもらいたいと思うし、できれば、はっぴいえんどのオリジナルにも耳を傾けてみてもらいたい。そして何よりも、この映画や、先に公開され既に映像作品化されているもうひとつのドキュメンタリー映画『NO SMOKING』も、是非とも機会があれば鑑賞してみて欲しい。
細野晴臣という音楽家を、過剰評価することもなく、淡々とカメラが追うことで、余計に細野さんの人となりが、そして音楽家としての揺るぎない意志が、静かに伝わってくるはずだ。
そんな細野さんの数ある名言の中から、僕が大好きなものをひとつだけ紹介させていただこう。有名なものなので、既に知っている方も多いだろうが。
人間、練習すれば間違える。
計画すると失敗する。
覚えていると忘れる。
生きていると、死んじゃう。
細野晴臣
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「蝶をちぎった少女」安田成美(作曲:高橋幸宏)
最後は番外編。しかも超個人的なお話し。
今年の10月、YMOの高橋幸宏氏が80年代前半に発表したソロ作品に光を当てた入門編コンピレーション盤『GRAND ESPOIR(グラン・エスポワール)』が発売され、続けて、同時期作品のリイシュー・シリーズがスタートした。
その『GRAND ESPOIR』で、不肖ながら、収録曲の楽曲解説を執筆する大役を仰せつかった。長年に渡って収集してきた膨大な資料とにらめっこしながら熟考した結果、CD(Disc1)とLPでは、収録曲はどちらも同じだが、両者で楽曲解説を書き分け、どちらか一方だけでも、あるいはCDとLPの両方を買っても楽しんでもらえるライナーノーツを作ることに。手前味噌ながら、これを上手く形にすることができたのではないかと自負しているところだ(サブスクリプション・サービスでの視聴では、残念ながらその楽曲解説を読んでいただくことができないのだが)。
その『GRAND ESPOIR』CD版には、Disc2として、幸宏さんが同時期に他アーティストに提供した曲やプロデュースした作品からのセレクションがまとめられており、そこで出会ったのが、この曲だった。
ライナーノーツにも書いたが、“テクノ歌謡”と言えば、細野晴臣氏が作曲し、松本隆氏が作詞した安田成美「風の谷のナウシカ」が必ずと言っていいほど、真っ先に取り上げられる。ただ、同曲が収録された彼女のデビューアルバム『安田成美』は、実は幸宏さんのプロデュース作品。そして、まさしく「風の谷のナウシカ」に続く2曲目として収録されていたのが、幸宏さんが作曲をし、全パートを自ら演奏した「蝶をちぎった少女」なのだ。
このアルバムがリリースされたのは、1984年。僕は当時、高校2年生。大のYMO/高橋幸宏フリークである僕は、少なくとも一度はこの曲を耳にしているはずだ。“はず”と書いたのは、実のところ、この曲の記憶がまったくなかったからだ。だから今回、37年ぶりにこの曲を聴いて、すごく驚いた。「80年代テクノ歌謡ど真ん中じゃん!!!」と。
この曲を聴いて、当時の時代の風景がバーッと頭の中で蘇ってきたと同時に、時代を彩ったシンセサウンドのきらびやかさが眩しくて、年甲斐もなく、思わず“胸キュン”なんて言葉を使ってしまいそうになったくらいだ(と言って、使ってしまった)。
ただそこには、単に過去を懐かしむ気持ちだけではなく、「今の若い世代の人がこのサウンドをどう感じるのだろうか?」という興味だったり、「こんなにキラキラした音楽が生まれる時代はもう二度とやってこないのかもしれないな」という一抹の寂しさも混ざり合った、ちょっと切ない“胸キュン”だ。
だけれども、この年齢(53歳です)になった今でも、約40年前に作られた音楽にここまでワクワクさせられたこと自体がすごく嬉しかったし、今回取り上げた他の曲(特に、前半3曲)が、40年後の2061年に一体にどのような音楽として聴かれているのか想いを巡らすことも、これまた楽しいものである。
そんな気持ちも含めて、古い曲ながら、おそらく2021年に僕が最も繰り返し聴いたであろう1曲として「蝶をちぎった少女」を最後に紹介させてもらって、僕の2021年を締め括らせてもらおう。
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