映画星取り:無実の黒人が白人警官に殺害された実話を描く 『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』【2023年9月号映画コラム】

今月の星取りは、モーガン・フリーマンが製作総指揮を務め、無実の黒人が白人警官に殺害された衝撃の実話を描いた『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』をピックアップ。
「今月の推し」では、星取りレビュー担当のお三方がおすすめする作品をご紹介いたします。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

◆そのほかの映画特集はこちら

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※次回は9月28日(木)19時ごろ~の生配信を予定しています。詳しくはTwitter(@tvbros) で告知していきます。

<今月の評者>
柳下毅一郎
やなした・きいちろう●映画評論家・特殊翻訳家。アラン・ムーア+ジェイセン・バロウズのクトゥルー・コミック、『プロビデンス Act2』(国書刊行会)が発売中。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。

ミルクマン斉藤
みるくまん・さいとう●映画評論家。この猛暑のさなかに引っ越しすることになってしまい、言わんこっちゃない、しっかり熱中症になってしまいました。

地畑寧子
ちばた・やすこ●映画ライター。原稿の関係でU-NEXTにも突入。見逃し、懐かし作品てんこ盛りで離れられず。配信視聴三昧は終わりそうにありません。

 

キリング・オブ・ケネス・チェンバレン

製作総指揮/モーガン・フリーマン 監督・脚本・プロデューサー/デビッド・ミデル 出演/フランキー・フェイソン エンリコ・ナターレ アニカ・ノニ・ローズほか(2020年/アメリカ/83分)

◆無実の黒人が白人警官に殺害された実話を、事件とほぼ同時間で描く、リアルタイム進行型サスペンス。2011年11月19日早朝。双極性障害を患うケネス・チェンバレンは、就寝中に医療用通報装置を誤作動させてしまう。到着した白人の警官に、通報は間違いであると伝えるが、警官には信じてもらえない。家のドアを開けるのを拒むケネスに対し、警官は次第に不信感を抱き、強行突破でドアをこじ開けようとしはじめる。

9月15日(金)公開 ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

配給:AMGエンタテインメント
© 2020 KC Productions, LLC. All Rights Reserved

 

柳下毅一郎 

1分のダレ場もない緊張感

警報の誤動作で警官が呼ばれてしまってからはどうしようもない破滅まで突っ走る一気呵成で息もつかせぬサスペンス。余計なことをすべてはぶいた脚本も、病に苦しむ老人や憎々しい人種差別警官を演じた俳優も見事だが、何よりもやはりタイトな演出が素晴らしい。狭い部屋と、さらに狭い階段の踊り場。一枚のドアを挟んでの睨み合い。そのシンプルな設定を十二分に活用して誤解と偏見による悲劇を構築する。無駄なことなど何一つなく、83分のあいだはりつめた緊張で一瞬たりともこちらの目をそらさせない見事な演出ぶりだ。

★★★★☆

 

ミルクマン斉藤 

M.フリーマン製作には意味も感じるが

『フルートベール駅で』といい『デトロイト』といい、こういう事件が枚挙にいとまがないのは米国の周知の事実だが、世間知らずの誹りを恐れずに書いてしまえば食傷気味であるのも確か。70歳にもなった元海兵隊のPTSD傾向の老人を寄ってたかって警察官(ほぼ白人)が苛めるような展開は、かなりイーストウッド的怒りを感じるとはいえ、官憲側もややステロタイプだし、舞台劇的な造りもスケール感に欠ける。ただ83分という上映時間は妥当だが、それでもなおエピローグは事実の後ろ盾となっているとはいえ蛇足に思える。

★★半☆☆

 

地畑寧子

緊迫の“密室劇”

“実話が元”にまたかと一瞬鼻白むが、そのあとはあっという間の83分。舞台はチェンバレン氏の簡素な部屋とドアごしの廊下とほぼ密室劇といっていい。チェンバレン氏の病の情報を得ながらも、ドアを開けようとしない彼に疑念を募らせ、ついには治安が悪いところだからという浅い言い訳で犯罪要素があると決めつけエスカレートする警官たち。苛立ちまぎれに噴出する様々な差別意識、統率のなさに呆れるばかり。一方のチェンバレン氏は、家族には迷惑をかけまいと乱れる意識の中でも気遣いを保っている。この対比が緊迫感をより強くしている。

★★★★☆

 

<今月の推し>

柳下毅一郎…「特別展 恐竜図鑑」

恐竜図鑑のイマジネーション

上野の森美術館で開かれた〈恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造〉展は、恐竜イラストレーションの歴史をたどる展覧会だった。そもそも恐竜イラストレーションとは完全な想像の産物である。化石から古生物学者が復元を試み、その知見に基づきイラストを描く。だから、恐竜に関する知識が変わるにつれ、イラストレーションも変化する。科学的知見と作者の想像力が交差したところに生まれるのが恐竜イラストレーションなのである。その典型例が復元図がくるくると変わるイグアノドンなのだが、親指を突き出してサムズ・アップするイグアノドンの姿にはなんとも言えない愛嬌があるのだ。

(特別展「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」
上野の森美術館
開催期間:2023年5月31日(水)〜2023年7月22日(土)
現在は終了

 

ミルクマン斉藤…緑のざわめき

ぜひストーリーを知らずに観るべき!

今年の大阪アジアン映画祭で予備知識もなく観たときには上映中から唖然茫然、上映後には思わず笑いが止まらなかったべらぼうな怪作である。夏都愛未の前作『浜辺のゲーム』はある意味まだウェルメイドなコメディだったが、今回はもう予想を絶する展開の嵐、ジャンル不明。なんでも大江健三郎や中上健次にインスパイアされたらしいが(当然『同時代ゲーム』や『千年の愉楽』的傾向のものだろう)、とにかくざわめきまくって欲しい!

『緑のざわめき』
監督・脚本/夏都愛未 出演/松井玲奈 岡崎紗絵ほか(2023年/日本/115分)
●病を機に女優をやめた響子は、生まれ故郷の九州に移住する。そんな中、響子の異母妹の菜穂子は、自分が異母姉妹ということを隠し、響子と知り合いになる。

9月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

©Saga Saga Film Partners

 

地畑寧子…『復讐の記憶』

主演イ・ソンミンの巧さを再確認

一人の老人の壮絶な復讐を綴った渾身作。ベースにしたエゴヤン監督の『手紙は憶えている』に引きずられることなく、贖罪というテーマに徹した構成が心に沁みる。日本統治時代を俯瞰した懐が深い作り手の視点も好ましい。主演は、TV『未生』でブレイク、『工作』『KCIA』などで気を吐く、演劇出身の超演技派のイ・ソンミン。80歳代になりきった、54歳の彼の演技は驚異的だ。助演でも光るイ・ソンミンの振り幅の広さに改めて舌を巻いた。

『復讐の記憶』
監督/イ・イルヒョン 出演/イ・ソンミン ナム・ジュヒョクほか(2022年/韓国/128分)

●日本統治時代に理不尽なかたちで家族を殺された老人と、老人の60年越しの復讐計画に運転手として手を貸す若者の姿を描く。

9月1日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

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