映画星取り:第79回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞した法廷劇『サントメール ある被告』【2023年7月号映画コラム】

今月の星取りは、実際の裁判記録をそのままセリフにするなど斬新な手法と巧みな演出で、第79回(2022年)銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞した法廷劇『サントメール ある被告』をピックアップ。「今月の推し」では、星取りレビュー担当のお三方が、いまハマっている映画、ドラマなどを紹介します。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

◆そのほかの映画特集はこちら

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※次回は7月28日(金)19時ごろ~の生配信を予定しています。詳しくはTwitter(@tvbros) で告知していきます。

 

<今月の評者>
渡辺麻紀
わたなべ・まき●大分県出身。映画ライター。雑誌やWEB、アプリ等でインタビューやレビューを掲載。ぴあでは海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔』 を連載中。また、押井守監督による『誰も語らなかったジブリを語ろう』『シネマの神は細部に宿る』『サブぃカルチャー70年』等のインタビュー&執筆を担当。最新刊は『押井守の人生のツボ 2.0』。
近況:柳下毅一郎さんと一緒にTV Bros.のYouTubeチャンネルで「月刊 映画言いたい放題大放談(仮)」を始めました。よろしくー。

折田千鶴子
おりた・ちづこ●栃木県生まれ。映画ライター、映画評論家。「TV Bros.」のほか、雑誌、ウェブ、映画パンフレットなどで映画レビュー、インタビュー記事、コラムを執筆。TV Bros.とは全くテイストの違う女性誌LEEのWeb版で「折田千鶴子のカルチャーナビ・アネックス」を不定期連載中。
近況:双子が違う学校に通ってそれぞれ複数の部活に入ると…色んな保護者会が目白押しで、この時期、妙に学校通いの日々。そして天パーにとって地獄の梅雨期間。

森直人
もり・なおと●和歌山県生まれ。映画ライター、映画評論家。各種雑誌などで映画コラム、インタビュー記事を執筆。YouTubeチャンネルで配信中の、映画ファンと映画製作者による、映画ファンと映画製作者のための映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを担当。
近況:我が今月の推し『小説家の映画』が劇場パンフにレビューを寄稿しております。ちなみにここ最近の音楽ではkroi、クレイロなどがお気に入り。

『サントメール ある被告』

監督/アリス・ディオップ 出演/カイジ・カガメ ガスラジー・マランダ ロベール・カンタレラ他 (2022年/フランス/123分)

◆フランス北部の町、サントメール。若き女性作家ラマは、ある裁判を傍聴する。被告は生後15カ月の娘を海辺に置き去りにし、殺人罪に問われた女性ロランス。セネガルからフランスに留学し、完璧な美しいフランス語を話す彼女は、本当に我が子を殺したのか? 被告本人の証言も、娘の父親の証言も、何が真実なのか分からない。そんな中、ラマは偶然ロランスの母親と知り合うのだった。

2023年7月14日(金)より Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022

 

渡辺麻紀

この母親、その後どうなった?

妙に気になったのは、15カ月のわが子を殺したその理由を彼女のそれまでの人生から求めすぎているところ。実際の裁判がどうだったかは知らないが、果たして彼女が15カ月の間、娘に対してどんな母親だったかもわからない。よって母性があまり問われない。そこにバランスの悪さを感じたし、観客にひとつの解釈を強要しているようにも受け取れた。多様性や不寛容をひとつのテーマにしつつ多様性ある解釈を許さないって感じでしょうか。知らない役者ばかりを揃えたせいもあってか、裁判シーンはドキュメンタリー風で緊張感、あるんですけどね。

★★★☆☆

 

折田千鶴子

こんな法廷劇、初めて!

キツネにつままれたようになりながら、思わず一気見。観終えて暫し不思議な感覚にぼんやり揺らされる。母による子殺しの真実探しというより、人は人をどう見ているか、どれほど先入観をもって物語を眺めているか突きつけられる。完璧なフランス語を話す知性あふれる移民の黒人女性の囁くような言葉は、けれどやっぱり「どういうこと!?」の連続で、最後まで一筋縄ではいかない。裁判記録をそのままセリフに使用というのも驚き。それも効き、黒い海が頭に広がるような感覚に引きずられ、且つこの不条理殺人にあらゆるテーマが盛り込まれて驚嘆!

★★★★☆

 

森直人

新しいアプローチの法廷劇

なぜ我が子を殺害したのか、という動機が見えない被告のセガネル人女性。彼女は「太陽が眩しかったから」とアルジェリアで殺人を犯した『異邦人』(カミュ)のフランス人青年ムルソーを反転させた存在か? 裁判を傍聴する監督自身が投影された作家との二焦点で構成され、歴史的な支配と搾取、人種間の衝突の反映が肝になる。何重にも抑圧された女性の生き難さ。裁判記録をそのまま台詞に用いながら、硬質の様式や美意識が認められる語りも独特。デュラスのテキストやパゾリーニの『王女メディア』、ニーナ・シモンの歌も考え抜かれた引用。

★★★★☆

 

<今月の推し>

渡辺麻紀…『還魂』
“坊っちゃま”にハマってます!

今更ながら韓国ドラマにハマっています。最近の推しはNetflixで絶賛配信中の『還魂』シリーズ。魂を入れ替える呪術によって人生が歪んでしまった男女のファンタジー系ラブストーリーだ。セットもVFXも衣装もお金がかかっている上に役者が魅力的! 韓ドラで沼オチするという表現をよく聞くが、それも納得。背が高くてスタイルがよく、某国の役者とは雲泥。だから今、主人公の”坊っちゃま”ことイ・ジェウクにハマっています、はい。

『還魂』
監督/パク・ジュンファ 出演/イ・ジェウク  チョン・ソミン他 (2022~23年/韓国) 

●魂を入れ替える“還魂術”により運命がねじれた主人公たちが、これを乗り越え、成長していく姿を描くドラマ。イ・ジェウクは気高く一途な坊っちゃまを演じる。

 

折田千鶴子…『CLOSE/クロース』
震え、どうしようもなく号泣!

こういう子供時代の忘れられない後悔、あるいは拭えない傷って、誰しもが経験あるのでは!? 大人になって薄まったその記憶が、メチャクチャ疼かされた! また少年2人の存在感の瑞々しいこと。『ぐりとぐら』の世界のように、無邪気に兄弟のように育って来た2人が引き裂かれなければならない、“普通”とされる残酷な集団心理や世間の価値観みたいなものに、打ちのめされる。物語、語り口、美しい映像の切り取り方、演技すべていい!

『CLOSE/クロース』
監督/ルーカス・ドン 出演/エデン・ダンブリン グスタフ・ドゥ・ワエル他 (2022年/ベルギー他/104分)
●13歳のレオとレミは大親友。だが、仲が良すぎることを級友にからかわれたレオは、レミにそっけない態度をとる。
7月14日(金)より全国公開

 

森直人…『小説家の映画』
ホン・サンス・ユニバースへの誘い

新作を観るたびにもう次の作品が観たくなり、「早くくれよ!」と叫ぼうとしたら、「えっ、もう作ったの?」と新作が届く。そんな早撮りの多作(即傑作)を極めている映画作家が、韓国の軽やかな異才ホン・サンス。今回が長編27作目だが、すでに次の新作も発表しているし、なんなら今も作ってるかも。日本にもホン・サンス・ユニバースのファンが増えて欲しいと願うばかり。例えば今泉力哉監督が好きな人にはぜひ観て欲しいなあ。

『小説家の映画』
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽/ホン・サンス 出演/イ・ヘヨン キム・ミニ他 (2022年/韓国/92分)
●執筆から遠ざかった小説家ジュニと、一線を退いた女優ギルス。初対面ながらギルスに興味をもったジュニは、一緒に映画を作ろうと提案する。
6月30日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

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