映画星取り:執念と狂気のストップモーションアニメ『マッドゴッド』【2022年12月号映画コラム】

TV Bros.WEBで毎月恒例の映画の星取りコーナー。今回は「特殊効果の神」とも呼ばれる巨匠フィル・ティペットが放つダーク・ファンタジー『マッドゴッド』を取り上げます。

『ブロス映画自論』では、“2022年の配信ベスト”、“ワールドカップと今のイランの真実‼”、“台湾のアカデミー賞「金馬奬」について”などさまざまにご紹介します。

(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

◆『犯罪都市 THE ROUNDUP』映画星取り & ジェームズ・ガン起用で変わるDCコミック!【2022年11月号映画コラム】
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<今回の評者>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:アラン・ムーアのクトゥルー・コミック『プロビデンス Act1』(国書刊行会)が刊行されました。以下続刊。

ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始。

地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
近況:『あちらにいる鬼』、『土を喰らう十二ヵ月』著名作家の生きざまは、ふり幅広すぎて作品群に比して面白かったです。

『マッドゴッド』

監督/フィル・ティペット 出演/アレックス・コックス
(2021年/アメリカ/84分)

◆『スター・ウォーズ』『ロボコップ』『スターシップ・トゥルーパーズ』など、誰もが知る名作の特殊効果の数々を手掛け、アカデミー賞を2度受賞、その後のSF作品に計り知れない影響を与えたフィル・ティペット。彼が構想から30年の時をかけ生み出した、ストップモーションアニメ。
人類最後の男に派遣され、地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシンは、無残な化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する。

12月2日(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

©2021 Tippett Studio
提供:キングレコード、ロングライド 配給:ロングライド

 

柳下毅一郎
圧倒的なグロテスク趣味

フィル・ティペットのフリーク趣味は決してたまさかのものではなく、むしろ作家性の本質にあることがわかる。圧倒的なグロテスクと、人間が虫けらのようにすりつぶされる世界観に魅せられる。

★★★★★

 

ミルクマン斉藤
偏執的な暗黒ヴィジョンの作りこみはまったくもって狂気の産物。

ストップモーション・アニメの巨匠であるフィル・ティペットが、CGの台頭によって長編を頓挫させたというのはすでに伝説だが(だから『ジュラシック・パーク』以降、CGクレジットにティペット・スタジオの名が出ると哀しくなる)、なんと30年もかけて実現させてしまうとは! 
しかもティペットってこんなに心底狂った奴だったというのが何より驚き。よくもここまで無慈悲で腐臭漂うグロテスク世界を一切の妥協なく作ったもんだ。
そのビザールな凄惨さは、ユーモアよりも不気味さの勝ったヒエロニムス・ボスの「快楽の園」、シュヴァンクマイエルやクエイ兄弟に比肩する。
★★★★★

 

地畑寧子
ひたすらグロい秀逸造型

特殊効果の神が、自身の世界観を吐露した、マッドなディストピア絵図。金品をかき分けて胎児を取り出すなど皮肉かつ痛烈な描写が数珠つなぎで映像に呑まれるばかり。旧約聖書レビ記を引用しているあたり、人間の罪の追究に強い関心がある人とみた。
★★★★☆

ガスマスクと時限爆弾を装備し、地底世界に降りてきた主人公・アサシン。

 

気になる映画ニュースの、気になるその先を! ブロス映画自論

柳下毅一郎
配信ベストは?

毎年この時期になると年間映画ベストを選ぶ投票が盛んになるのだが、その中で忘れられているのではないかと思われるのが配信ドラマである。NetflixやAmazon Primeのオリジナル配信ドラマ/ドキュメンタリーは、下手なハリウッド映画などより大予算で、手間暇をかけて作られている。劇場公開というくくりもそろそろ意味をなくしつつあるし、配信作品の年間ベストを決めてもいい頃合いなのではなかろうか。
そんなわけで個人的に決める今年の配信ベスト作品と言えばこれ、Netflix提供のドラマ『ダーマー  モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語』である。17人を殺害し、犯し、食べた稀代の連続殺人鬼ジェフリー・ダーマーの犯行とその反響を描いた全10話のミニ・シリーズである。あまりにおぞましすぎる犯行と、被害者とその家族の辛さと、そしてダーマーの周囲の人々の戸惑いと苦悩と、そのすべてを余すところなく描きながら、同時にダーマー本人のどうしようもない悲しみをも描きだす。ジェニファー・リンチやグレッグ・アラキのひさびさの監督作が見られたという点でも今年のベストにふさわしい。

 

ミルクマン斉藤
ワールドカップと今のイランの真実‼

4年に一度のこの時期、僕は正直映画どころじゃなくて、ワールドカップにどっぷり浸かっているのだが、グループステージでのイランは善戦した。初戦のイングランド戦は不甲斐なかったが、ウェールズ戦、アメリカ戦は滅法面白く、進出はできなかったもののぜひトーナメントでの活躍を見たかったものである。
イラン映画でサッカーを扱った映画というと、まず想起させるのはジャファル・パナヒの傑作『オフサイド・ガールズ』(2006年)だ。舞台は2005年のW杯予選イラン対バーレーン戦。熱狂的なサッカー・ファンである少女はスタジアムに行きたいが、女性のスポーツ観戦は厳しく取り締まられている。そこで男装して潜り込もうとするけれど……案外あっさり捕まってしまうんだよね。実際にゲームが行われている現場で撮られたというが、捕まった主人公目線だから試合場面は全く映されない。でも彼女と同じく潜り込もうとして失敗し、隔離された少女たちは観衆の声援の盛り上がりに苛立ち、ピッチを臨む兵士に「実況しなさいよ!」と言い放つ。大胆極まる体制批判だが(もちろん国内では上映禁止に)、ユーモアを忘れないパナヒの度量は大きい。
ヒジャブ(=髪を隠すヴェール)のかぶり方を理由に捕まった22歳女性が急死した事件をきっかけに、イランにおける女性の人権問題、および現政府の在り方、若者の未来の展望のなさをめぐる鬱憤は、ここ数か月続く大規模なデモで爆発し、まさにその真っ最中なわけだが、そこんとこ、ブロス雑誌時代の年末恒例であったその年の映画ぶった切りに二回つきあってもらった「おかむらあやか」に訊いてみた。彼女はオーストラリアでイラン人と結婚し、まさに今、テヘラン北部の夫の実家に滞在中なのである。
彼女によると、なんと『オフサイド・ガールズ』から20年近く経った今もなお、女性はスタジアムに入ることはできず、男装して潜り込む女性も多いんだとか。2か月ほど前よりは落ち着いたものの、デモもひと月に一度は大きなものが行われているらしいが、政権打倒後のヴィジョンを持つリーダーの不在がなんとも心もとない。ただ、ヒジャブ着用義務に関してはかなり規制を緩くせざるを得なくなったらしく、警察官も取り締まれない…というか見て見ぬフリして隣でお茶してるようなケースがそこらじゅうで見られるという。
ちなみにパナヒは、この映画のあと逮捕され、やがて自宅軟禁状態に。それでも映画を撮り続け、一時は制限付きで外出も許されるようになっていたのは『これは映画ではない』(2011年)、『人生タクシー』(2015年)を観れば判る。ところが今年2022年7月11日、とつぜん収監。いまも獄中にある。
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地畑寧子
香港の燈火

来年の米国アカデミー賞の話題が出始めているが(日本アカデミー賞も)、台湾のアカデミー賞といえば、金馬奬である。毎年晩秋に開催され、今年で五十九回を迎えた。
毎年陽春に開催される、金像奬(香港アカデミー賞)は今年が四十回だったので、金馬奬のほうが長い歴史を誇る。台湾と香港の芸能界は、公用語が異なっていても古くから連動している部分が多分にあるので、金馬奬で香港映画がノミネート、受賞することはままある。今年、主演女優賞を受賞したシルヴィア・チャン(張艾嘉)も出身は台湾だが、香港映画でも活躍している大女優&監督&製作者である。語学にも長けているので欧米映画にも出演歴がある。ブロスでは監督兼主演の『妻の愛、娘の時』で取材させていただいたが、知的で柔和、気品のある女性である。さて今回の彼女の受賞該当作品は東京国際映画祭でも上映された『消えゆく燈火』(原題:燈火闌珊)。香港の象徴だった、極彩色のネオンサインに夫婦愛を重ねたヒューマンドラマで心に染み入る。様変わりしても記憶に留めたい活力溢れるかつての香港の市中の風景。そんな新人監督の想いに応えたベテラン女優とベテラン俳優(夫役のサイモン・ヤム/任達華)さすがである。
なお、同奬の主演男優賞は、“様変わり”で香港を後に台湾に移住したアンソニー・ウォン(黄秋生)だった。彼がシルヴィア・チャンの監督ぶりを絶賛していたのをふと思い出し、何とはなしに感慨にふけった今年の金馬奬だった。

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