映画「ちょっと思い出しただけ」松居大悟インタビュー:この映画を観ながら過去の恋愛をちょっと思い出してもらえたら

映画『くれなずめ』や『アズミ・ハルコは行方不明』、『アイスと雨音』など名作を生み続けてきた松居大悟監督が手掛けた、初のオリジナルラブストーリー『ちょっと思い出しただけ』。クリープハイプの楽曲『ナイトオンザプラネット』をきっかけに生まれたという、誰もが共感できる切なくも愛おしい今作を池松壮亮と伊藤沙莉が熱演。観た人は必ずリピートしたくなる今作について、松居大悟監督にじっくりと話してもらった。

取材&文/吉田可奈 撮影/飯田エリカ

――映画『ちょっと思い出しただけ』は、どのような経緯で作られたのでしょうか。

 

松居大悟(以下、松居):プライベートで親交のある尾崎世界観から、「この曲でなにかできない?」と言われて送られてきたのが、のちの『ナイトオンザプラネット』の原曲である『unbelievable』という曲だったんです。今までなら、そういった提案はMVや短編映画を作ることに繋がっていたんですが、この曲を聴いたときに、“これは長編映画にできるぞ”って思ったんですよね。それから、この曲が最後に流れる映画の台本を考え始めました。ただ、普通にこの曲に沿って作ると悲しいストーリーになってしまいそうだったので、どうしようかと悩んでいたんです。そんな時に、ジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観て、同じ時間のいろんな世界各地のことを描いている構成にグッと来たんですよね。ちょうどこの2年間はコロナ禍ということもあり、ロケができても東京近郊になることは分かっていたので、同じ場所のいろんな時間を舞台にしたら面白いんじゃないかなって思ったんです。ジム・ジャームッシュのこの作品が横軸だとしたら、僕は縦軸で話を作ってみようと思ったのと、映画の終わりが幸せな方がいいので、別れてしまった2人の過去をどんどん遡っていくというアイディアにたどり着きました。

 

――その構成だからこそ、必ずもう一度観たくなる作品でした。主人公ふたりの過去を遡っていく脚本を書くのは苦労されたのではないでしょうか。

 

松居:う~ん…大変でしたけど、プロデューサーや尾崎君やプロット協力の首藤さんなど色んな方に相談できたので。それに、そのアイディアが思いついたときに、できるだけ定点観測ができる、でもドラマティックではない日にしようと考えたんです。例えば、2人が付き合った日、別れた日ではなく、付き合う直前や、もう付き合っている最中とか、おそらく、この後に別れたであろう出来事など……、そういう事に気づけるのは“誕生日”なんじゃないかなって思ったんです。僕、誕生日が好きなんですよ。

 

――ほかのどの記念日よりも?

 

松居:はい。誕生日って、偉人にも、悪い人にも、どんな人にもありますよね。何より誕生日って自分では選べないじゃないですか。気づいたらもうあるものですし、祝われなくても寂しいし、祝われ過ぎても恥ずかしいし…。どうしてもソワソワする1日だからこそ、人間臭さを感じて、好きなんです。

――たしかに、何事もない日、何も考えない日にはならないですよね。

 

松居:そうそう。誕生日に何も起きなかったら、何事もなかったことに悔しくなるし(笑)。

 

――今作では、年号をあえて表示されていないですよね。前知識を入れずに観ると、2人の時間が遡っていくことがわかるまでに時間がかかる気がして。そこも“あえて”ですか?

 

松居:現場でも編集中でも、年号テロップを出したほうがいいんじゃないかという意見はありました。でも、気づいたときの爽快感を味わってほしくて、あえて入れないようにしたんです。その他のテロップも一切入れていないんですが、その時の人物の状況や、コロナ禍を描いているからこそのマスクの有無、キャストの衣装などで、その時間経過について気づいてもらえると思います。

 

――登場人物の心情を、部屋の荒れ具合や、飼い猫の餌の量で表現しているのもすごくおもしろかったです。

 

松居:ありがとうございます。生活が荒れてくると、餌の量も適当になっていたり、汚い部屋が、時間が巻き戻るにつれてキレイになっていったりと、細やかな変化に気づいてもらえたら嬉しいです。なかでも、タクシーの形が変化していったり、池松君が演じる照生の髪の長さなども変化することで、時間経過を表現しているんです。そういった仕掛けをスタッフや役者さんとディスカッションをしながら作っていくのはおもしろかったですね。

――伊藤沙莉さんが本当に素敵な輝きを放っていました。どういったところに魅力を感じ、キャスティングをされたのでしょうか。

 

松居:伊藤さんのような魅力を持つ人って、稀有な存在で。見ているとすごく元気になりますし、強さも感じるんです。現場と作品を本当に大切にしてくれている感じもあるし、言いたいことも全部言ってくれるし…。僕や池松壮亮、尾崎君などは、何かあれば悶々と考えちゃいますし、ごにょごにょしがちなんですよ。それに対し、伊藤さんが持つ“やっちゃいましょう!”というスカッとした感覚がすごく気持ちよくて、この映画の真ん中にいて欲しいなって思ったんです。

 

――だからこそ、映画の中にある“思っていることは伝えなくちゃわからないよ”というセリフに繋がるんですね。

 

松居:そうですね。彼女がいるから、瑞々しくて、生き生きした映画になったんだと思います。それに、この作品は1年の中のとある1日だけを描いていて、その他の日はまったく描いていないんです。でも、伊藤さんはその背景を含めて背負ってくれたので、“この1年間は、いろいろあってこうなったんだな”って勝手に思わせてくれるんです。そこはすごく良かったですね。

 

――そんな伊藤さんと池松さんは、タイプが違うのですごく意外性を感じたのですが、決め手はどこにあったのでしょうか。

 

松居:やっぱり、意外性だらけですよね。普通に見たら、話が合わなそうですし(笑)。でも、池松壮亮の隣に、太陽みたいな人がいて欲しいと思った時に、伊藤さんが浮かんだんです。池松君はすごく憂いのある佇まいなので、その他のキャストは眩しい人をぶつけたくて。僕的に、この2人が並んだ姿にはグッと来ています。

――今作には、成田凌さんも出演されていますが、監督は『くれなずめ』でも成田さんをキャスティングされていましたよね。

 

松居:はい。あの時は、最初から最後までつかみどころのない人だなって思っていたんです。でも、そこがどうしても気になって、今回また“おかわり”させてもらいました(笑)。役どころもバーにいるよくわからない兄ちゃんだったんですが、まさにそういう人って魅力的で惹かれますよね。一緒にちょっと飲んでいるだけで元気になったりして。これはもう成田くんしかいないと思い、ダメもとでお願いしたら受けてもらって嬉しかったです(笑)。

――さらに、ニューヨークの屋敷さんのキャスティングにも驚きました。本当に大切な役となりますが、すごくハマっていましたね。

 

松居:めちゃくちゃ大事な役ですよね。彼ともプライベートで仲がいいんですが、オファーした時点で、屋敷にそう伝えたら、“とりあえず邪魔しないようにするわ”って言われて(笑)。でも、結果的に“この人と一緒にいたら楽しいだろうな”、“良い人なんだろうな”というキャラクターをちゃんと演じてくれたのですごく良かったですね。ちゃんとセリフも覚えてきてくれましたし(笑)。

 

――なぜこの役を屋敷さんにキャスティングしたのでしょうか。

 

松居:実は、この役は屋敷の当て書きなんです。というのも、この役は役者がやるには荷が重すぎるんですよ。ネタバレになるので詳しくは言えないですが、この大役を彼ならできると思いましたし、実際にやってくれたのですごく感謝しています。

 

――今作は、本当に多くの人が共感すると思うんです。

 

松居:そうなってくれたら嬉しいですね。この2年、家にいる時間が多かったからこそ、過去のことを思い出すことも多かったから、それも全部抱きしめて前に進むような映画になったらいいなって思ったんです。

 

――過去の恋愛って、どうしても美化してしまったり、辛かったにもかかわらず、ふと思い出して戻りたいなって思う人も多いのではないかと。その想いを肯定してくれる作品ですよね。

 

松居:そう思ってもらえたら光栄ですね。エンドロール中に、そういった体験をちょっと思い出してもらえたら嬉しいです。

 

――ちなみに、音楽もすごく素敵に使われていましたが、どんなこだわりがあったのでしょうか。

 

松居:今回、劇伴は劇団ゴジゲンの全作品を担当してくれている森優太くんにお願いしました。ただ、劇中にクリープハイプも出てきますし、演奏もあるので、ギターなど弦モノの劇伴は作らないようにしました。他の映画に比べたら劇伴は少ないんですよ。冒頭のタクシーのシーンも、最初は音楽を乗せていたんですが、そうすると音楽にくるまれてどうしてもいい感じに見えちゃうんですよね。それよりも、車の走行音や電車のガタンガタンという音の方が、“どういう映画が始まるんだろう”ってワクワクするような気がしたんです。なので、音楽はいいところで使って、あとは減らしてと計算しながら乗せていきました。

――さて、今作には“気づくと面白い”仕掛けが多くありますが、監督が気づいて欲しい、ネタバレにならない程度のポイントを教えてください。

 

松居:タクシーで酔っ払いが乗ってきて、“こいつ、今日離婚したんですよ”というシーンがあるんですが、実は後々出てくる、仲のいい夫婦のことなんです。これはネタバレしてもまったく問題ないですし、言わないと気づかないと思うのでここでバラしておきます(笑)。

 

――ありがとうございます(笑)。

 

松居:でも、そういった仕掛けをやり過ぎちゃうと世界が狭くなりすぎてしまうので、ちょこっとずつ散りばめました。先ほど話した猫の餌の量や、ふたりの関係性を天気が表していたりするんです。1度観たときに気付かなかったことが、2度目でわかることもたくさんあるので、ぜひ何度もみてもらいたいですね。それに、今作は演劇や制作の裏側も見ることができるので、TV Bros.の読者は絶対に面白いと思うんですよ。きっと観ないと話題に遅れちゃうので、観た方がいいですね!

 

――そうですね! 話題に遅れちゃう(笑)!

 

松居:そうですよ(笑)。ジム・ジャームッシュ好きな人はわかると思うんですが、車のサンバイザーにラッキーストライクを入れたりと、細かいネタも入れているんです。そういったところはもちろん、カルチャー作品が好きな人が見てもらえたら楽しんでもらえると思うので、何度も繰り返して観てもらえたら、嬉しいです。

 

松居大悟●1985年11月2日生まれ。福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰。2012年、初監督作『アフロ田中』が公開。2015年に公開された『ワンダフルワールドエンド』で第65回ベルリン国際映画祭出品。同年に公開された『私たちのハァハァ』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭2冠受賞。その他、映画『アズミ・ハルコは行方不明』『君が君で君だ』、テレビドラマ『バイプレイヤーズ』のメイン監督も務める。


©︎2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会

映画『ちょっと思い出しただけ』
2022年2月11日(金・祝)全国公開
出演:池松壮亮、伊藤沙莉 ほか
監督・脚本:松居大悟
主題歌:クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」(ユニバーサル シグマ)
制作・配給:東京テアトル

公式サイト:choiomo.com
公式Twitter・Instagram:@choiomo_movie

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TV Bros.編集部
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