巧妙な仕掛けの数々、原題に隠された意味…『悪なき殺人』ドミニク・モル監督インタビュー【2021年11月映画特集】

2000年のカンヌ国際映画祭コンペ部門に出品されるや話題沸騰、同年のセザール賞監督賞を受賞した『ハリー、見知らぬ友人』で一躍、世界から注目を浴びたドミニク・モル監督。寡作で知られる彼の第6作目となる『悪なき殺人』は、昨年の東京国際映画祭で、仮題「動物だけが知っている」として上映され、観客賞、及び最優秀女優賞(ナディア・テレスツィエンキービッツ)を受賞した。
“偶然の連鎖” によって引き起こされ、ある女性の失踪事件へと繋がっていく様を、5人の視点で紡いでいく本作。新たな章が開かれるごとに、「そうだったの!?」と驚きが増幅し、最後に「あっ!!」とさらに驚く仕掛けまで、見事に繋ぎ切ったドミニク・モル監督に、制作秘話を聞いた。

取材・文/折田千鶴子

『悪なき殺人』
監督・共同脚本/ドミニク・モル 出演/ドゥニ・メノーシェ ロール・カラミー ダミアン・ボナール ナディア・テレスツィエンキービッツ バレリア・ブルーニ・デデスキほか
(2019年/フランス・ドイツ/116分)

  • フランスの山間にある寒村で、吹雪の夜、一人の女性が失踪し、殺される。事件の犯人と疑われた農夫ジョゼフ、彼と不倫関係にあるアリス、アリスの夫でネット上の恋人に貢ぐミシェル、パリからやって来た年上の女性に恋をするマリオン、ネットで女性のフリをして詐欺を働くのはアフリカに住む青年アルマン。彼らがどんな風に繋がり、偶然の連鎖で冒頭の女性の死体に繋がっていくのか――。5人の視点で、その経緯が紐解かれていく。

12/3(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
12/4(土)デジタル公開
© 2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
©Jean-Claude Lother
配給/STAR CHANNEL MOVIES

観客が何を知っているかで見え方が完全に変わる

――5人の視点から描く4章からなる本作は、原作があるとはいえ、かなり時系列も複雑な構成です。どのように脚本を書き進めていったのでしょう。

まずタイムテーブルを作ることから始めたよ。この出来事がここで起こり、この2人がどこで出会って、ということを整理する必要があったからね。しかもそれぞれのチャプターが同じ時間で推移するわけではなく、時系列的に前後しているから、それが必須だった。

原作は各章、もっと色んなことを詳しく一人称でモノローグのように語っていく。そこが一つの変更点。僕はモノローグやボイスオーバーを使いたくなかったので、一人称の語りではなく客観的に描きながら、それぞれのキャラクターが頭の中で、何をどういう風に思っているのか、その瞬間に何を考えたのか、映像で観客に伝えなければならなかった。それが少し苦労したところだね。

――原作は5章ですが、映画はアリス ⇒ ジョゼフ ⇒ マリオン ⇒ アマンディーヌ(映画はミシェルとアルマンを交差。原作はアルマン、ミシェルと続く)と4章にまとめたのはナゼですか?

当然“アマンティーヌ”は、アルマンが作り出したインターネット上の架空の人物で、ミシェルが恋している相手だけれど、実在しない。最後の“アマンディーヌの章”では、もう一人、アルマンが恋する元カノがメインキャラクターの一人として登場する。そして、彼女が偶然にも……とその先に繋がっていく。実はその部分は小説にはない、僕が映画で付け加えた設定なんだ。それによって、新たな人の繋がり、運命の繋がりが見えてくるでしょ。そして一つの大きなサークルが出来上がる。それは皮肉でもあるけれど、美しいものでもあると思い、あのエンディングにしたかったんだ。だから最後、アマンディーヌで終わりにした。これって答えになってるかな(笑)!?

――撮影はどのように進めましたか? 章ごとに視点は変わりますが、別角度から見せるだけで、別の章に同じシーンが存在します。そこは、一度に撮ったのですか。

もちろんそうだよ。順撮りではなく、ロケーションごとに撮っていった。例えば第1章と第2章は同じロケーションだから、同じ場面をまずアリスの視点から撮り、次にジョゼフの視点から撮る。そして次のロケーションへ移動して、また一人目の視点から、そして次に別の人物の視点から、という風に進めていった。最初にフランスで6週間撮って、それからアフリカに行って、アルマンが絡むシーンを撮影した。

――演者たちは、同じシーンを何度も繰り返して演じ、それを、アングルを変えて撮っていったわけですよね。演者にとって、また監督にとって、その繰り返しにおいて苦労した点、あるいは面白さはありましたか。

同じシーンで撮り方を変えているだけだから、役者は特に演技を変える必要はなく、難しいことや苦労は何もなかったと思うよ。例えば第1章でアリスがジョゼフの農場に到着する。アリスの視線で見ると、ジョゼフが森から出てくる。それを観ても、特にジョゼフは不自然な行動をしているようには見えない。でも次にジョゼフの視点で語る第2章になると、観客は彼が死体を発見し、それを隠していることを知っている。そこへアリスが到着すると、森から出てくるジョゼフの態度が少し変で、アリスに対してよそよそしいように感じるかもしれない。でも、ジョゼフ自身は別に演技を変えているわけではないんだ。つまり、それがクレショフ効果(*)だよ。観客が何を知っているか否かによって、見え方が完全に変わってしまう。それを本作では使っているんだよ。

(*)クレショフ効果:1922年、ソ連のレフ・クレショフ映画作家・理論家が証明した、“複数の画像/映像を並べた際、その前後の画像/映像を無意識のうちに関連させて、意味や解釈を変化させる”心理効果のこと。

原題『ONLY THE ANIMALS』(動物だけが知っている)の本当の意味

――観ながら「なぜ、そんなことを!?」と思ったシーンが2つあります。些末なことで恐縮ですが、愛しのアマンディーヌが自分に会いに来たと勘違いしたミシェルが、ニヤけながらいきなり妻アリスにキスをします。なぜ、今、ここで!? とビックリしました。

実はあのキスシーンは脚本にはない、アドリブなんだよ。あの時、ミシェルは早く家に帰ってネットで本当に彼女が来てくれたのか確認したくてウズウズしているシーンだよね。そこで、ミシェルを演じたドゥニ・メノーシェから現場でキスを提案されたときは僕も、“え、なぜここでキスを?”と思ったよ。でも、段々とそれが面白いアイディアに思えて来たんだ(笑)。つまり、あまりに嬉し過ぎて、もう愛していない妻とも、溢れてくる喜びを共有したくなってしまったんだ。そしてもう一つ、お別れの意味でもあって。これから僕は愛人のところへ行って新たな人生を始めるよ、というお別れのキス。実はそのアドリブを、妻役のロール・カラミーにも伝えていなかったから、撮影でいきなりキスされて、ものすごく驚いていたよ(笑)!

――そしてもう一つの疑問は、なぜミシェルは、あんな場所に車を乗り捨てたのか、ということです。

あの場所は、失踪した女性の車が発見された場所だよね。そこに乗り捨てることによって、ミシェルもどこかへ失踪したと、つまり謎を作り出したかったんだ。普通に空港に車を乗り捨てたりしたら、どこへ行ったかバレてしまう。それを避けるためにも、彼はミステリーを残したまま、この地を去るという演出をしたんだ。

――先ほど監督が言った“サークル”にも繋がりますが、本作は、間違った人を愛し、報われないからこそ執着し、それが次の人へと続いていきます。監督は、愛と執着の関係性をどう思われますか。

恋愛の形は様々だけど、相手を傷つけたり害を与えたりしなければ、個人的にはどんな形でも受け入れられるものだと感じるよ。本作では、愛を返してくれない相手に思いを寄せる傾向がある。ジョゼフが死体を愛し、そんなジョゼフをアリスが愛し、ミシェルは架空の相手アマンディーヌを愛し、マリオンも……と。唯一バランスが取れたのは、アフリカの青年アルマンとその元カノだけど、彼女が娘のためにお金を優先することで、一瞬で終わってしまう。もちろん愛し合うことは大切だけど、そんなバランスの取れていない愛し方をしてしまうのも、人間的だなと感じるな。

――最後に、原題は原作のタイトルと同じですが、その不思議なタイトルに対する監督の解釈を教えてください。「動物だけが知っている」という意味だけでしょうか。映画の冒頭シーンも、ヤギを担いだアルマンで始まります。

原作を読む前は、僕もサッパリ意味が分からなかった。ストーリーには牛や羊、犬も出てくる。だから僕も最初は、そのままの意味“動物たちだけが真実(誰が殺したか)を知っている”という意味かと思っていた。でも原作者コラン・ニエル氏に聞いたら、別の小説で読んだフレーズから取ったそうなんだ。その小説では“動物のみが愛せる形で主人を愛していた”という意味合いでそのフレーズが使われていたらしい。何の見返りも期待せず、大好きだから愛しているのだ、と。この物語では、登場人物はみな見返りを期待して相手を愛しているよね。その比較を表現したタイトルだと聞いて、僕も“なるほどな!”と思ったよ。聞かなければ誰にも分からないけれど、その謎めいた部分も僕は気に入っているんだ。

ドミニク・モル●1962年ドイツ生まれ。『Intimité1994年)で監督デビュー。2000年、『ハリー、見知らぬ友人』でセザール賞監督賞を受賞。その他、『レミング』(2005年/劇場未公開)、日本でも劇場公開された『マンク~破戒僧~』(2011)などがある。

 

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