TV Bros.WEBで毎月恒例の映画の星取りコーナー。今月は、黒澤明監督の名作『生きる』を、第二次世界大戦後のイギリスを舞台に翻案。小説『日の名残り』、『わたしを離さないで』などで知られるノーベル賞作家カズオ・イシグロが脚本を手掛けた『生きる LIVING』を取り上げます。
『ブロス映画自論』では、アカデミー賞にまつわるニュースなどなど、今月もバラエティ豊かにご紹介!
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)
◆そのほかの映画特集はこちら
◆第95回アカデミー賞・言いたい放題大放談! 柳下毅一郎 × 渡辺麻紀
動画生配信企画『アカデミー賞授賞式中も大放談!』も!
<今回の評者>
渡辺麻紀(映画ライター)
わたなべ・まき●大分県出身。映画ライター。雑誌やWEB、アプリ等でインタビューやレビューを掲載。ぴあでは『海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔』、ベストカーWebでは映画などに登場する印象的な車について解説するコラムを連載中。また、押井守監督による『誰も語らなかったジブリを語ろう』『シネマの神は細部に宿る』『人生のツボ』等のインタビュー&執筆を担当。
近況:ン十年ぶりに名古屋に行き、懐かしい味を堪能しました。明治村はやっぱりいいね!折田千鶴子(映画ライター)
おりた・ちづこ●栃木県生まれ。映画ライター、映画評論家。「TV Bros.」のほか、雑誌、ウェブ、映画パンフレットなどで映画レビュー、インタビュー記事、コラムを執筆。TV Bros.とは全くテイストの違う女性誌LEEのWeb版で「折田千鶴子のカルチャーナビ・アネックス」を不定期連載中。
近況:公開中の『The Son 息子』のパンフレットに寄稿。Bros.本誌で鈴鹿央士さんの“チャレンジ!”を担当。4月3日発売!森直人(映画ライター)
もり・なおと●和歌山県生まれ。映画ライター、映画評論家。各種雑誌などで映画コラム、インタビュー記事を執筆。YouTubeチャンネルで配信中の、映画ファンと映画製作者による、映画ファンと映画製作者のための映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを担当。
近況:『雑魚どもよ、大志を抱け!』の劇場パンフレットに作品評を寄稿しております。
『生きる LIVING』
監督/オリヴァー・ハーマナス 脚本/カズオ・イシグロ 出演/ビル・ナイ エイミー・ルー・ウッド アレックス・シャープ トム・バーク
(2022年/イギリス/103分)
◆1953年、第2次世界大戦後のロンドン。公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)は、医者からがんであることを告知され、余命半年であることを知る。手遅れになる前に充実した人生を手に入れようと、仕事を放棄し、海辺のリゾート地で馬鹿騒ぎするも満たされず、病魔は彼の体を蝕んでいくーー。そんなある日、ロンドンへ戻った彼は、かつての部下マーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と再会し、バイタリティにあふれる彼女と過ごす中で、新しい一歩を踏み出すことを決意する。
3月31日(金)全国ロードショー
配給: 東宝
©Number 9 Films Living Limited
渡辺麻紀
オリジナルより40分も短い!
黒澤明の『生きる』は、上映時間が143分と長かった印象が強烈だった。が、そのリメイクに当たる本作は何と103分。40分も短い。だからといってこちらが端折られているように感じるかというとそんなこともない。黒澤版を観直したわけではないですが。それだけでもかなり得点は高く、舞台が英国になったせいもあってか、主人公の英国紳士っぽい感情の抑制が湿っぽさを排除している点にも好感がもてる。オリジナルに対するリスペクトがスクリーンサイズへのこだわりという点も微笑ましい。
★★★☆☆
折田千鶴子
テーマはぶれずに、軽やかさ口当たりの良さもアップ
同じ時代&物語でも背景となる世情や役者が違うと、こんな違う世界観になると示した好例。悲愴感漂う志村喬から一転、テーマはぶれないままにビル・ナイの醸す英国紳士らしい飄々としたユーモア、若者視点も取り込み瑞々しさも加え、軽やかさや口当たりの良さもアップ。ロンドンの街並みや人々の生活風景を映すクラシカルなカラー映像もステキ。
★★★★☆
森直人
カズオ・イシグロ(脚色)すげえ!
あまりに素敵な仕上がりなのに驚いた。まず、元の『生きる』より40分も短いのだ。クラシック&エレガントな英国式への変換も見事だし、簡潔な語りで核心のメッセージをブレずに伝えている。理想的なリメイクでは。黒澤より良いかも……とか言うと炎上しそうだが、何よりオリジナルの主人公の心情まで過剰に説明してしまう天の声(ナレーション)をごっそり省いた判断は大きい。
★★★★☆
気になる映画ニュースの、気になるその先を! ブロス映画自論
渡辺麻紀
野球映画は面白い。
日本勢の大活躍で大いに沸いたWBC。改めて野球の面白さに気づいた人も多いそうだ。今回は、そんなときだからこそ観たいアメリカの野球映画をご紹介。なぜ日本じゃないかというと、日本の場合は根性を描く傾向が強いせいで面白くないから。その点、アメリカの場合は野球というスポーツの魅力、そんな野球に情熱をかける人たちの人生を描くから物語がロマンチックかつ深くなる。個人的な野球映画のベストは、ロン・シェルトンの『さよならゲーム』とジョン・セイルズの『エイトメン・アウト』。どちらの作品にも野球の魅力と人生が詰まっている! 詳しいことは4月3日発売の『押井守の人生のツボ 2.0』を是非とも読んでください!
で、今回はもうひとつ。その『さよならゲーム』の監督&脚本のロン・シェルトンが脚本のみを担当した『アンダー・ファイア』(監督は『タッチ・ダウン‘90』とも『がんばれロケッツ』とも呼ばれているアメフト映画でシェルトンと組んでいるロジャー・スポティスウッド。こちらも大傑作!)を絶賛してくれたアメリカの辛口映画評論家ポーリン・ケイルを題材にした作品を、あのクエンティン・タランティーノが10本目の引退作として選んだというニュース。映画評論家としての人生も考えていたというタランティーノが、さまざまな物議をかもした彼女をどう描くのか、めちゃくちゃ楽しみだ。余談ですが、彼女をモデルにした映画評論家が登場する『フリッカー、あるいは映画の魔』というすこぶる面白い小説もあり、こちらもおススメ!
折田千鶴子
ジョン・ウィックよ、どこへ行く!?
シリーズ4作目となる『ジョン・ウィック:コンセクエンス』が全米初登場第1位、しかもシリーズ記録を大幅更新しての大々ヒット、且つ批評家からもすこぶる大絶賛という(Rotten Tomatoesでも94%フレッシュ)ニュースに軽くショック。ううむ、個人的には『3』の鑑賞後、これで観るの止めよう、なんて思ったのだが……。何しろ、殺しに殺してまだまだ殺してどんどん殺して……ってキリがない乱闘シーン疲れでウゲッと辟易して(平たく言うと飽きて)しまったから。
『1』『2』が面白かったのは、まずはアクション・デザインに目を瞠らされ、乱闘&殺しの隙間に流れる物悲しい逸話に心を惹かれつつ、その上で「殺し」に繋がっている(ように思われた)から。だが『3』(前出Rottenでは89%フレッシュの高評価とは!!)ときたら…と恨み言を並べるのも束の間、なんと『4』には、私のヒロ君こと真田広之やドニー・イエンが出るではないですか。さらにリナ・サワヤマが映画初出演(真田さんの娘役で!!)のみならず、エンディング曲まで手掛けるそう。こうなったら、やっぱ観るしかないか……。既に『5』の製作も決定済みだが、監督曰く、暫く次回作までは時間を置くとのこと。どうせ疲れるだろうし、『4』を観る前からソレ大賛成です!!
森直人
第95回アカデミー賞授賞式雑感
ウィル・スミスのビンタ事件が巨大な物議を醸し出した昨年(第94回)からすると、今回は出来すぎなくらい平和だった。去る2023年3月13日(現地時間12日)、LAのドルビー・シアターにて開催された第95回アカデミー賞授賞式。今回の祭典が綺麗にまとまったのは、本命枠に『エブエブ』こと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(監督:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)が飛び込んできたことが大きい。
全米公開が昨年(2022年)3月25日だった本作は、もともと賞レース狙いのような意図はほとんどなかったはずだ。それが右肩上がりでダークホースとしてせり上がり、終盤まくりにまくる形で、結果オスカー最多7冠。大人気のインド映画『RRR』勢のにぎやかしもあり、ハリウッド史上初めてアジア系のパワーが場を席巻した祭りになった。
『エブエブ』が多様性を歓迎する映画業界からの社会的メッセージのシンボルだとすれば、ロシアのウクライナ侵攻を見据えた反戦メッセージを放ったのが4冠獲得の『西部戦線異状なし』。やはりアカデミー賞とは、作品のクオリティ・ジャッジの場というわけではない。米大統領選にも似た(あるいはそのカウンターのような)「時代」そのものの祭典なのだと改めて感じ入った次第です。
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