TV Bros.WEBで毎月恒例の映画の星取りコーナー。
今回は『オールド・ボーイ』、『お嬢さん』などで観客を魅了し続けてきたパク・チャヌク監督のサスペンス・ロマンス『別れる決心』を取り上げます。
『ブロス映画自論』では、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称 “エブエブ”)での好演が話題のミシェル・ヨーのおすすめ過去作など、さまざまにご紹介。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)
◆映画星取り:北欧が舞台のファンタジー巨編『ノースマン 導かれし復讐者』【2023年1月号映画コラム】
◆そのほかの映画特集はこちらから
<今回の評者>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:ワクチン四回目射ちました。ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を配信中。
地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
近況:『西部戦線異状なし』素晴らしい。こちらが作品賞で、『アルゼンチン1985~歴史を変えた裁判~』が国際映画賞…とはいかないですね。
『別れる決心』
監督/パク・チャヌク 出演/パク・ヘイル タン・ウェイ イ・ジョンヒョン コ・ギョンピョ
(2022年/韓国/138分)
◆『オールド・ボーイ』、『お嬢さん』のパク・チャヌク監督が、『殺人の追憶』、『グエムル 漢江の怪物』などポン・ジュノ監督作で注目を集めたパク・ヘイルと、『ラスト、コーション』でヒロインを演じ、国際的な女優としての地位を確立したタン・ウェイを迎えて描くサスペンスドラマ。
山の頂から転落した男の事件を追う刑事ヘジュン(パク・ヘイル)は、被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)を容疑者として監視する中で、次第に彼女に特別な感情を抱き始める。捜査を続けていく中で少しずつ距離を縮めていくふたり。やがて事件解決の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった……。
2月17日(金)よりTOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
柳下毅一郎
至高のフィルム・ノワール
双眼鏡を通して「見る」ことから、主人公はヒロインに魅せられていく。決して堕ちてはいけない恋だと知りながら。それが「殺人と暴力がなければ幸せになれない」主人公と、そしてそれを見るぼくらの運命なのである。
★★★★☆
ミルクマン斉藤
こんなに美しいラスト・シーンは稀である。
いちおうファム・ファタルもののフィルム・ノワールと云えるだろうが、ミステリとしては語り口が断片的に過ぎて、事件がさっぱり判らない。でもそんなことはどうでもいいのだ。傑作ノワールに限ってルックこそは鮮烈を極めるが、話がよく判らないのは過去の様々なハリウッド作が示しているとおり。相変わらず美しく巧いパク・ヘイルとタン・ウェイのセックスを超越した恋愛の情と、一シーンも隙のない画面の美しさで呆けたように魅せまくる。ま、パク・チャヌクとして最もロマンティックな作品なのは間違いないが。
★★★★★
地畑寧子
タン・ウェイの魅力
掴みどころのないファムファタルを妙演したタン・ウェイの魅力に惑わされ続ける。パク監督の演出はいつになくドライだが、けだるさがいい塩梅。腐れ縁で堕ちていく刑事へジュン役パク・ヘイル、受け演技が絶妙に巧いだけにハマっている。
★★★★半
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ブロス映画自論
柳下毅一郎
SFという宗教
トマス・M・ディッシュの『SFの気恥ずかしさ』(国書刊行会)が翻訳された。これはもともとSF界きっての知性派と言われたディッシュが2005年に出版したSF論――と聞くとなにやら難しそうだが(実際、この原書はスキンヘッドに筋骨隆々の上半身を見せびらかすディッシュ自身のポートレート写真が表紙になっており、下手なことを言うとぶん殴られそうな本だった)、実際には爆笑もの読みやすい傑作エッセイ集である。
SFは児童文学の一分野であり、それゆえ「気恥ずかしい」のだと指摘するところからはじまるディッシュのSF論は、どんどんSFとそうでないものの境界に乗り出してゆく。ホイットリー・ストリーバーの『コミュニオン』はUFOアブダクションを大流行させることになった宇宙人遭遇記だが、これを評していると(もともとストリーバーは売れないSF作家だった)宇宙人と遭遇してしまうし、ディックの『ヴァリス』を評していると神様があらわれる。なぜなら、SFとはひとつの宗教だからである。それは不死の福音を伝えるものなのだ……とディッシュは言うのだが、これは受け入れがたいというSFファンは多いかもしれない。でも、ぼくには大いに納得のいく指摘でありました。
ミルクマン斉藤
バート・バカラックを偲んで。
2023年2月8日。バート・バカラックが亡くなった。94歳。ポップではあるが、今となれば何故こんな異常な楽曲群が一世を風靡したのかと不思議なほど、突然変拍子が混ざるメロディと斬新な和声の連続に驚くばかりなのだが(ユダヤ音楽とモダン・クラシックの影響があるのは間違いない)、そのあまたあるヒット曲はもはやスタンダードのようにジャズでも採り上げられてるし、エルヴィス・コステロと素晴らしいデュオ・アルバムを作ったりもしたし。老いても演奏活動は旺盛で、この世を去る日が近いであろう年齢なのを忘れさせるものだった(ミシェル・ルグランもそうだったなあ)。
でも映画ファンにはなんといっても、『明日に向って撃て!』『何かいいことないか子猫チャン』『アルフィー』など、1960年代の名作・快作への楽曲提供・音楽監督が忘れられない。なかでも僕が偏愛するのは、007のハチャメチャパロディ版『007 カジノロワイヤル』(’67)。いわゆる渋谷系の時代からおバカおしゃれ映画として見直されているが、バカラックの音楽のクオリティもモノ凄い。アニメーション作家リチャード・ウィリアムスによる、クレジット文字から天使や銃や美脚やトランペットがうねうね伸びるタイトル・デザインに、ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスの至極ごきげんなテーマ曲が重なるオープニング。大ヒット曲“The Look of Love(恋の面影)”もこの映画のいわば主題歌だ。
ちなみにスピルバーグの感涙の最新作『フェイブルマンズ』における1964年プロム・シーンでも、ステージバンドが代表曲“Walk On By”を演奏していてそれだけでちょっとウルっとした。
地畑寧子
ミシェル・ヨーの魅力
タン・ウェイ(湯唯)は、コン・リー以来の才能(二人とも名門の中央戯劇学院出身)と思っているので、彼女の出演作は、極力見ている。個人的には、上記の『別れる決心』、夫でもあるキム・テヨン監督による名作のリメイク『レイトオータム』(日本でのリメイクは『約束』)、アン・ホイ監督の『黄金時代』がいい。もちろん出世作の『ラスト、コーション』もだが。とはいえこの作品の波紋は大きく、タン・ウェイは香港の市民権を得た。
その香港映画界の出で、GG主演女優賞を受賞、アカデミー賞主演女優賞候補にものぼり話題を集めているのが“エブエブ(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)”のミシェル・ヨー(本人は中華系マレーシア人)。劇中彼女が英語はもとより広東語、北京語(國語)をミックスで、話す相手によってそれなりに使い分けているのが現実味があり面白い。アクションのキレの良さはいうまでもない。ただ該当作品が突飛な部分もあるコメディのためか彼女が培ってきた演技力にさほど言及されていないのが残念ではある。苦手な北京語(國語)を克服して挑んだ『宗家の三姉妹』やビルマ語をマスターして好演した『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』といったアクションなしの作品、アクション、演技双方で魅せた『グリーン・デスティニー』あたり、今一度思い返したいものである。
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