「声優とラジオの現在地」【2022年6月号ラジオコラム】

ラジオの聴取範囲や放送時間の概念を一掃したアプリ「radiko」の登場で、ラジオリスナーの聴取環境は大いに変化した。それ以前にも、文化放送で、全国にいる声優ファンのために、さまざまな配信方法を模索してきていた中で、『花澤香菜のひとりでできるかな?』が放送15年目にしてついに地上波放送に進出。
この番組を軸に、「声優」と「ラジオ」について、声優番組などを数多く手掛けるラジオ構成作家の大村綾人が考察する。

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<プロフィール>
大村綾人(おおむら・あやと)●構成作家。声優番組のみならず、『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送)など、ジャンルと場所を問わず数多くの番組に携わる。また、パーソナリティとしても『9の音粋』(bayfm 毎週月曜午後9・00~10・54)に出演。
ツイッター:@mirakki_mirakki

「声優とラジオの現在地」

 今年で開局70周年を迎えた東京のAMラジオ局『文化放送』。かつて『土居まさる』『みのもんた』『梶原しげる』『吉田照美』など、のちにフリーとなりテレビでも活躍する局アナを輩出したことでおなじみだ。他の在京ラジオ局と異なる特徴としてアニメ・声優関連のラジオ、通称「アニラジ」というジャンルをいち早く開拓したことがあげられる。1990年台、「新世紀エヴァンゲリオン」前後に起きた声優ブームにいち早く反応し、週末の夜帯を声優・アニメ・ゲーム系の番組を固めた「A&Gゾーン」(A=アニメ、G=ゲーム)を編成。10代、20代を中心に人気を博し、アニメファンの人口・ファン層が広がった今もなお様々な番組が放送されている。
もうひとつユニークな特徴がある。ひと口に『文化放送』と言っても「いくつか種類がある」というところだ。2000年にBSデジタル音声放送『BSQR489』を開局(2006年終了)。「生放送のスタジオ内の様子が15秒に一度画面に映る」という、当時としては画期的な試みが行われていた。専用アンテナを購入しなければ視聴できないというハードルがあったが、インターネットラジオ『WEB JOQR(のちの『BBQR)』で再配信を楽しめる番組もあった。『BSQR489』『BBQR』において「アニラジ」はメインコンテンツのひとつとして、地上波では文化放送を聴くことができない「関東圏外のアニメファン」のもとに声優の声を届けた。

 2005年には今も続くポッドキャストサービス『Podcast QR』がスタート。2005年度の文化放送には『文化放送地上波(JOQR)』『BSQR』『BBQR』『Podcast QR』という「4つのQR」が存在していたことになる。

 そして、2007年の9月には今も展開中のインターネットラジオ『超!A&G+』がスタート。「ラジオ」ではあるが、動画付きの番組も多数存在し、パーソナリティの表情や仕草を見ることもできることで好評を得ている。今でこそ「ラジオの生放送をYouTubeで同時配信」する番組は増えてきたが、文化放送ではYouTubeやニコニコ動画が立ち上がるのとほぼ同じ段階で動画配信に取り組んでいた。

 

 この『超!A&G+』の中で今も続く最古参の番組は『花澤香菜のひとりでできるかな?』、通称『ひとかな』。2008年1月9日スタートで、現在15年目を迎えている。

 そしてこの春、15年目にして番組に大きな動きがあった。それは『地上波での放送を開始』。さらにスポンサーもつき『明治 presents 花澤香菜のひとりでできるかな?』というタイトルで毎週日曜夜10時30分から放送されている。番組がはじまった「2008年」を軸に考えると、この「地上波進出」は実に趣深い。

 2008年と今とでは、世の中への「声優の浸透度」が違う。声優がテレビ番組や配信番組のゲストに引っ張りだこ。ナレーションをつとめるバラエティ番組、情報番組では「今日ナレーションをつとめているのは声優の〇〇さん!」と紹介され、顔まで映ることがある。2008年の時点では「アニメは“アニメが好きな人“が通る道であって、一般的なものではない」「90年代と比べて認知度はあがったとはいえ、声優は限られた人が知っているもの」という雰囲気だった。しかし同時にYouTube、ニコニコ動画が注目を集め、SNSが発達(日本版Twitterは2008年リリース)。「SNSで好きなものを主張し、同じものを好きな人を見つけられる」という時代が到来し、「アニメが好き」と宣言するハードルがどんどん下がっていった。

 象徴的なのは「アニメ好き」を公言するアイドルの存在だ。2000年代後半、AKB48のブレイクによりアイドル戦国時代が到来。多数のメンバーを抱えるグループの中で、「アニメが好き」というメンバーの割合が多いことが世に知れ渡っていった。さらに、Kis-My-Ft2の宮田俊哉を筆頭に、ジャニーズのアイドルからも「アニメが好き」という声が出てくるようになった。2017年の『ミュージック・ステーション』で、Hey!Say!JUMPのメンバーから「LiSAさんの曲を楽屋でみんなで聴いています」という話が出た時は、時代の変化を感じた。

 その究極の形として、「ジャニーズアイドルがアニメ、ゲームについて語る番組」が文化放送ではじまった。毎週土曜夜8時から放送の「Snow Man 佐久間大介の待って、無理、しんどい、、」。こちらは佐久間がホストとなり、アニメ愛を語ったり声優をゲストに招いたりするという番組だ。アイドル側からリスペクトを持って「声優の〇〇さんが好き」と発せられることで、オールドメディアがなんとなく作ってきた「テレビによく出ているアイドルは有名」「声優は、好きな人が好きなだけで局所的な人気」という雰囲気は、徐々になくなってきている。花澤香菜もまた、テレビ番組からのオファーが多い声優のひとり。2021年は『さんまのまんま』に出演、先日は『情熱大陸』で特集された。今、声優界の中でも幅広い層に高い知名度を誇る声優。「14年間続けたインターネットラジオが地上波へ移動」というニュースを聞いた時は驚いたが、同時に「まっとうだ」「もう少し早い段階で移動しても不思議ではなかった」とも思った。

 

 2008年と今のラジオ業界を比べた時、大きく異なるところとして「radiko」の存在がある。radikoの実用化試験配信がはじまったのは2010年の3月。エリアフリー聴取サービス「radikoプレミアム」がはじまったのは2014年、「タイムフリー聴取」と「シェアラジオ」の実証実験がはじまったのは2016年。「スマホとパソコンで地上波ラジオを聴く」「課金することで、全国のラジオ局の番組を聴ける」「聴き逃した放送をタイムフリーで聴く」ということができるようになって、実はまだ6~12年しか経っていない。聴きたくても聴けない時間帯の番組が「タイムフリー」で聴取できるようになり、リスナーの利便性はあがった。同時に「その番組を聴くために、どうにか時間を作ってリアルタイムで聴く」という行為がなくなった。また、各ラジオ局から「タイムフリー聴取をオススメするアナウンス」が出ているが、これは、2008年時点の感覚でいえば「好きな番組を録音したカセットテープ・MDを聴くようにすすめる」ようなものだ。当たり前だがその録音を聴いている時間にもラジオの放送は存在している。「好きな番組のアーカイブを1週間聴き放題」としてしまうと「その番組のタイムフリーの数字ばかりが伸び、他のラジオ番組は見向きもされない」という現象が起こりかねない。radikoのタイムフリー聴取に「その番組を再生し始めてから24時間以内であれば、合計3時間までいつでも聴取することができます」というルールが設定されているのは、そのあたりを意識したものと思われる。しかし、ポッドキャストやYouTubeなどで「すべての過去の配信にアクセスできるのが普通」となった今、radikoの「タイムフリー24時間ルール」に理解を求めるのは正直難しい。「再生ボタンを押したが最後、24時間以内に聴ききらなければ!」という謎の圧は、他の媒体の配信には存在しない。

「利便性と理解」というところでいうと「タイムフリーのタイムバー」問題もある。バーをスライドさせることで聴きたい箇所に移動できるのだが、秒単位の調整が難しい。これは「秒単位で簡単に移動されてしまうと、CMを飛ばされてしまう」という懸念から、あえて難しくしているのではないか。テレビがCMをスキップできるようになって久しいが、「ラジオを広め、聴取者を増やし、広告収入を増やす」という目的で全ラジオ局をあげて作られたアプリ「radiko」としては「CMを飛ばす」にあたる機能を入れることは難しかったのではと推測する(シェアボタンを使うことで5秒単位、60秒単位の移動ができるが、あまり知られていないし、結局面倒な作業ではある)。タイムフリー聴取がはじまったことで「ラジオは生放送がメイン。そしてリアルタイムで聴く人が多いからCMは確実に耳に残ります」という営業が少しやりにくくなる。ならば「CM飛ばし」にあたるような機能は入れたくない、というのが本音だったのではないだろうか。

 radikoのサービスがはじまる前から超!A&G+で配信されていた『花澤香菜のひとりでできるかな?』。支え続けたリスナーとパーソナリティの技量があってこその15年目だ。radikoがはじまって各ラジオ局の聴取率は上がったのか、その答えは残念ながら「否」。ラジオ界の変動と無関係に続いていた『ひとかな』は間違いなく「radiko以前のラジオの熱」を持ち続けている。文化放送地上波の救世主となるのは、数多くはないが「radiko以前を知る番組」ではないだろうか。文化放送ポッドキャストで配信されている「髭男爵 山田ルイ53世の ルネッサンスラジオ」通称「ルネラジ」は花澤の番組から8カ月遅れの2008年9月スタートの番組。地上波ではじまり、以降、ポッドキャスト、ナイターオフのみ地上波、100回ごとに地上波…と文化放送の中を流浪しながら継続している。花澤もかつてルネラジのリスナーであることを公言していた。14年の間にどれだけの番組がはじまり、終わっただろう。成功した番組、失敗した番組は何本あっただろうか。『ひとかな』のように『人知れず14年続いているルネラジ』にも等しく光が当たることを祈る。

 

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