アカデミー賞ノミネート作レビュー&受賞予想(候補作は映画館の大スクリーンで観るべし!)【大根仁 3月号 連載】

おおね・ひとし●「第94回アカデミー賞直前総予想」、3月13日(日)後8:00よりWOWOWプライムで放送。

3月28日に行われるアカデミー賞授賞式。今年は『ドライブ・マイ・カー』が日本映画史上初めて作品賞に、黒澤明以来36年ぶりに濱口竜介監督が監督賞にノミネートされていることもあって、日本での注目度が例年よりも高い。

先日、某衛星系テレビ局から「アカデミー賞受賞作品予想番組に出ませんか?」とのオファーがあり、最初は「もう5年も映画を撮っていないのに、どの目線で語ればいいんだよ……」と躊躇していたのだが、作品賞にノミネートされた全10作品のラインナップを見ると、観た作品に関してはどれもが納得 or 観ていないけど絶対に面白そうなものばかり。そして未見・未公開の作品は、試写で見せてもらえるということで、こんな機会でもなければノミネート全作品を観ることはないよなあ……ということで受けることにした。そして昨日、『リコリス・ピザ』を除いた9作品まで観了したので、観た順にレビュー&受賞の予想をしたいと思います。

『ドライブ・マイ・カー』

仲の良い友人が主要なスタッフとして関わっているので、撮影が始まる前の準備段階のあれこれや制作資金不足、コロナ禍での撮影現場の大変さも聞いていたのだが、そんなことを一切感じさせない堂々とした“日本映画”に仕上がっていたことに感動し、ヨーロッパを中心とした世界中の映画祭で評価されたのも当然!!と思った昨年夏の公開時。アメリカでの村上春樹の人気や知名度を考えれば、国際映画賞や脚色賞は狙えると思っていたが、まさか作品賞・監督賞までノミネートされるとは思わなかった。

村上春樹原作の映画化といえば『ノルウェイの森』(2010 監督:トライ・アン・ユン)、『バーニング』(2018 監督:イ・チャンドン)が有名で、映画としても評価が高いが、個人的には原作のエッセンスを抽出しつつも、まったく別の血肉を持つ“映画”に仕上げた『トニー滝谷』(2004 監督:市川準)が、いちばんの成功例だと思う。

そして『ドライブ・マイ・カー』にも、その血肉を感じた。映画を予算で語るのは品の無いことだが、ノミネート作品の中で確実にいちばんの低予算、おそらく最も金がかかった『DUNE/デューン 砂の惑星』の1/200くらいで作ったこの映画が、堂々と並ぶのは誇らしいし、嬉しい。あと三浦透子は助演女優賞にノミネートされてもよかったんじゃないか。受賞に関しては……アカデミー賞はノミネート後の、アメリカでの選挙活動ともいうべき宣伝が決め手となることも含めて、作品賞・監督賞は難しいと思うが、どうかメディアには「受賞逃す!」なんて低能な見出しを付けるようなことはして欲しくないと、切に切に願います。

『DUNE/デューン 砂の惑星』

加齢と共に、SF超大作やCG・VFXを多用したハリウッド大予算映画を観る体力が落ちてきて、マーベルやアメコミ原作ともなると予告編だけで「もういいや……」と敬遠することが多くなっていたが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品だけは、『メッセージ』『ブレードランナー 2049』と、超大予算SF映画にもかかわらず、映画全体にアンビエントかつ独特のムードが漂っていて、同世代(いっこ上……愕然)ということもあるのか、ものすごく相性が良い。映画って相性の良さ、あるよねー。

世代といえば、『DUNE』に関してはデビッド・リンチ版でトラウマ級のダメージを受けているので、いくらヴィルヌーヴといえどもあの難敵の原作に立ち向かうのはどうかなー、オレは大好きだったけど『ブレードランナー 2049』もオリジナル版という怪物に対抗できたかと言われれば微妙だったしなあ……と、不安を抱えながら観たが、もう最高!! 映画監督として全てのテクニックに秀でているヴィルヌーヴだが、最大の個性は映像的フェティシズムだと思っていて、本作ではその変態ともいうべきフェティズムが大炸裂! そんな要素はまったく無いのに、なぜだかものすごくエロい映画だと思いました。受賞に関しては、観た人はわかると思うが「え? まだ話、始まってなくね?」的な、原作の前半部分で終わっているので、さすがに作品賞は難しいと思いますが、撮影や視覚効果、美術や衣装などのスタッフワークは総ナメじゃないでしょうか。あと音響賞は絶対に獲ると思う。ヴィルヌーヴ映画が持つフェティッシュは音響に拠るところが大きい。

『ドント・ルック・アップ』

Netflix映画ということで配信で観た人がほとんどだと思うが、公開時にガラガラの劇場で観た自分から言わせれば、これはスクリーンで観なきゃダメなやつ!! あれだけのオールスターキャストが全身全霊で大馬鹿コメディ芝居を演じているのも、冗談にもほどがある荒唐無稽な設定が途中から「あり得なくは……ない!!」と思えてしまう映画的マジックも、手が込みまくったCG・VFXや、何かキメているとしか思えない狂いまくった編集も、すべてスクリーンで体感してこそ!!

ジャンルとしてコメディは弱いとされているアカデミー賞だが、かろうじて作品賞はノミネートされたものの、他主要部門にも、主演のディカプリオをはじめ助演にも誰もノミネートされていないのは、もはやコメディ差別とすら思う。ディカプリオといえばスコセッシの21世紀以降の最高傑作『ウルフ・オブ・ウォールストリート』も個人的には主演男優賞間違いなしだったが、ノミネートだけだったもんなあ。なおディカプリオ悲願のオスカー受賞は『レヴェナント』だが、『ドント〜』『ウルフ〜』そして同じくノミネート止まりだった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のような、メーターを振り切ったバカ芝居こそが、ディカプリオの最大の魅力だと思うんだよなあ。ディカプリオと同じくらい振り切っていたジェニファー・ローレンスが女優部門にノミネートされていないのも納得いかないっす。

なのでまあ受賞は難しいと思うが、せめてあのクレイジーな編集だけは評価されて欲しい。

『コーダ あいのうた』

公開初日に観て、どうかと思うほど泣いた。聴覚障害というハンディキャップを主軸に置きながら、感動一辺倒に陥ることなく、ギャグや下ネタが物語に溶け込み、音楽映画としても見事に成功している、とてもとてもバランスが良い映画であり、主演エミリア・ジョーンズのキュートかつエモーショナルな魅力が炸裂したガールズ・ムービーでもある。好感度という点においてはノミネート作品の中でトップではないでしょうか。

何もかもが素晴らしいが、映画自体を牽引しているのはエミリア・ジョーンズであることは間違いなく、それなのに主演女優賞にノミネートされていないのはマジで納得いかない。歌曲賞はぶっちぎりで彼女だったと思うし、主演女優とダブル受賞でもおかしくないほど、ラストのジョニ・ミッチェル『青春の影』を歌うシーンは素晴らしかった。インディーズ映画ということで、『ドライブ・マイ・カー』に次ぐ低予算映画だと思うが、映画って予算じゃないよなー。と、当たり前のことを改めて感じさせてくれた。受賞は、エミリアちゃんの聾唖のお父ちゃんを演じた、実際に聾唖者でもあるトロイ・コッツァーの助演男優賞は手堅いと思いますが……もう一人、強敵がいるんだよなあ(後述)。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

YouTubeで予告編を観た時から「これは……凄そ……」と思っていたものの、公開時に見逃して、昨年末Netflix配信が始まったタイミングでPC画面で再生した瞬間、冒頭1分で「ダメダメ! これは絶対にスクリーンで観なきゃいけない映画だ!!」と、名画座に降りてくるのを待って、先月下高井戸シネマで観たのだが、その予感は間違いなかった。

物語は掴みどころがなく、説明も難しく、登場人物にも誰一人感情移入できず、映画的サービスもほぼ皆無、そんな映画の魅力を伝えるのは自分の筆力では無理なのだが、大袈裟ではなくここ数年……いや、21世紀になってから……いやいや、人生で観てきた全ての映画の中で確実にベスト5に入るほどの、圧倒的な“映画”だった。映画が他の表現物と比べて何が特別なのかと問われれば、解答用紙の1マスも埋めることができないが、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、何もかもが、隅から隅まで、完璧な映画だった。もうちょっと説明しろよって? いや、これ観た人としか話せない、話したくない映画なんですよー。

ただ言えることは、おそらく作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・助演女優賞のほとんどを獲ることは確実なので、その後Netflixで観ようとする人が多いと思うが、悪いことは言わないから、受賞後に再公開するはずの映画館の大スクリーンで観てほしい。実際、配信系の業界に詳しい知り合いから聞いた話によると、Netflixでの視聴再生データでは冒頭5分〜10分で離脱する数がものすごく多いらしく、映画館で2回観た後に復習と細部の確認のためにNetflixでも観た自分も、これほどまでに視聴感覚が違うことに驚いた。これぞ映画です。なお、『コーダ あいのうた』で書いた助演男優賞のもう一人の最有力候補は、この映画で最も強いスパイスを効かせているコディ・スミット・マクフィー。繊細で緻密な芝居をあのキャリアでよくぞ……そして彼もまた身体的ハンディキャップを抱えているという……もう2人にあげて!!

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