映画星取り:『タクシードライバー』のコンビが再び手掛ける“復讐と贖罪”のスリラー『カード・カウンター』【2023年6月号映画コラム】

今月の星取りは、監督・脚本ポール・シュレイダー × 製作総指揮マーティン・スコセッシという、『タクシードライバー』のコンビが再び手掛ける“復讐と贖罪”のスリラー『カード・カウンター』をピックアップ。また、『ブロス映画自論』では、先ごろ逝去されたお三方を偲び、その業績を振り返ります。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

◆そのほかの映画特集はこちら
◆星取りコーナーでおなじみの柳下毅一郎さんと、渡辺麻紀さんによるYouTube生配信
『月刊 映画言いたい放題大放談』がスタート!
次回は6月30日(金)19時ごろ~の生配信を予定しています。詳しくは@tvbros で告知していきます。

 

<今回の評者>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な訳書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:アラン・ムーア+ジェイセン・バロウズ『プロビデンス Act2』(国書刊行会)が刊行になりました。全四部作の三部目、次号完結です!

ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を配信中。

地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、『パーフェクト・タイムービー・ガイド』『韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史』『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』『韓国テレビドラマコレクション』などに寄稿。
近況:遠巻きに見ていたタイBLドラマの世界についに突入。馴染みのあるタイ映画とは別世界?の発見がありました。

『カード・カウンター』

監督・脚本/ポール・シュレイダー 製作総指揮/マーティン・スコセッシほか 出演/オスカー・アイザック ティファニー・ハディッシュ タイ・シェリダン ウィレム・デフォーほか
(2021年/アメリカ・イギリス・中国・スウェーデン/112分)

◆元上等兵のウィリアム・テルはアブグレイブ捕虜収容所で犯した罪に苦しみ、服役後はギャンブラーとして生活している。しかし、心は今も過去に犯した行為に苛まれたまま。唯一の解決策は自らの過去に向き合うことだった……。

6/16(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほかにて全国順次公開

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柳下毅一郎
いつものシュレーダー節

始まりも終わりもない薄明の中で破滅までの時間をただ潰そうとするかのように熱もなくギャンブルに興じる人々をシュレーダーは煉獄だと喝破するのだが、かつてシュレーダーが煉獄だと喝破しなかった場所はあるだろうか?

★★★★☆

 

ミルクマン斉藤
博奕打ち 流れ者。

あくまで欲を張らず、節度を守り、過去のトラウマゆえか、どうやら潔癖症らしくモーテルの家具をすべて布でくるんで寝泊まりし、全米のカジノを転々とする主人公はまさに渡世人。寡黙ながらもロマンティックでさえある、美しくも苛烈なポール・シュレイダー監督らしいドラマ。LAのロック・バンド「ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ」のロバート・レヴォン・ビーンによる不穏な音響も効果的だ。

★★★★半

 

地畑寧子
米国の深い闇

とかげの尻尾切りで終結させてしまう戦争犯罪の不条理。それに対する作り手の怒りを痛感させる快作。消えない罪の意識を抱える主人公のアンニュイな日常の空気感もいい。自虐、皮肉を込めた主人公の名前も効いている。

★★★★☆

 

気になる映画ニュースの、気になるその先を! ブロス映画自論

柳下毅一郎
ケネス・アンガーの魔術

ケネス・アンガーが死んだ。実験映画のパイオニアにして最初期のゲイ映画の作者であり、ハリウッド暗黒裏面史の語り部にして魔術師。たぶん、堂々と魔術師と名乗ることができた最後の世代かもしれない。1927年生まれのアンガーは96歳、生誕100年にあと4年でこの世を去った。

アンガーについて今語られるとき、もっとも多いのはその影響力についてだろう。1947年、20歳のときにつくった『花火』はアメリカで最初のゲイ・フィルムとして歴史に残る存在だし、『スコピオ・ライジング』で用いた既成曲をサウンドトラックに使う手法は、マーティン・スコセッシをはじめ多くの監督に影響を与えている。サイレント時代から50年代まで、ハリウッド黄金期のゴシップを虚実ないまぜに語った『ハリウッド・バビロン』はハリウッド史を決定的に書き換えてしまった。デミアン・チャゼルの『バビロン』のような映画はアンガーなくしては作られることすらなかったろう。そうして、過去の偉大なる歴史的功績は大いに語られるのだが、一方で、じゃあ映画がどうなのかという話になると、多くは語られなくなってしまう。そこには「魔術師」という大いなる躓きの石があるからだ。

誰もが「魔術」という言葉の前にたじろいでしまい、留保してしまうからである。だがアンガーの作品――映画からハリウッド史まで――をひとつに貫く思想があるとしたら、それは「魔術」しかない。彼の映画と魔術の本当の意味を、今こそ見出さなければならないのだ。

 

ミルクマン斉藤
上岡龍太郎 meets ソクーロフ!?

上岡龍太郎さんが亡くなった。還暦の関西人としては漫画トリオの漫才期から、『ノックは無用!』『ラブアタック!』『花の新婚!カンピューター作戦』『探偵!ナイトスクープ』『パペポTV』『EXテレビ』等々、その淀みもなく言葉が流れ出る、その知的でスマートな話芸に毎日のように魅了されてきたクチ。映画ではなんといっても『ガキ帝国』(81)の登場しただけで画面をかっさらうヤクザの親分役だろうか。いうまでもなく長男の小林聖太郎は現役ばりばりの映画監督である。

追悼番組としてNHKが過去のアーカイヴを再放送した。『上岡流講談』として30分弱ステージ上で喋りあげる独り話。僕は当時観た覚えがないので、これが初見である。

ある熱狂的なフィルム・コレクターに招かれて門外不出の映画を観た、と上岡は語り始める。検閲版は公開されたが、オリジナル・プライヴェート・ヴァージョンは金庫にしまわれたものが唯一の現存版らしい。1988年に作られ、監督はソクーロフ(むろんアレクサンドル・ソクーロフだろう)、タイトルは『浜辺にて』。はて、そんな作品、ソクーロフにあっただろうかと僕などは訝しむが、彼の作品を全部観たわけでもなく(いや、観てないほうが多い)確信は持てない。

舞台は知床半島、オホーツクの彼方から一艘の漁船が村に還ってくる。船長・仲代達矢はすぐに我が家を目指す。そこには愛する妻・大谷直子が待っているのだ。いきなり幸福なラブシーンが始まるが、その間12分、ワンカットの移動長回しはまさに圧巻であるらしい。カット変わって警察に尋問される仲代。捜査官は常田富士男、大荒れの中、同時に漁に出ていた船が行方不明になるなか、海に落ちたひとりの船員を見棄ててでも何故戻れたのか疑問に思われたのだ。

そこから物語は三つに枝分かれするという。ひとつは仲代・大谷夫婦の徹底した愛の日常描写。もうひとつは常田と北海道警察の岸部一徳の事件捜査。実は仲代の周囲では予測不能なアクシデントで何人もの人が死んでいたのだ。もう一つは仲代の不可解なヴォランティア活動。てんでバラバラ断片的に同時進行する三つの話が、最後はハリウッド大作並みのクライマックスを築き上げていく。

いやいや、ヘリコプターや銃撃まで出てくるのはさすがにソクーロフ映画にはあり得へんやろ、と思うが、冒頭とラストの長回し、結末のない不条理感などいかにも“らしい”のであって、上岡は語りきるとそのままステージを去る。もっとも番組ではネタばらしが最後に付け加えられていてまったくの捏造であると自身の口から語られるのだが、いやあ、見事。放送されたのは2000年、上岡引退の年にこんなにも周到に凝りに凝ったフェイクを作り上げ残してみせるとは。合掌。

 

地畑寧子
“笑匠” リチャード・ン

政局の変化、コロナ禍の影響と香港映画の状況は決してよくはない。80年代から90年代初めの全盛期を知っているとついついノスタルジックになってしまう。当時活躍していたスタッフ、役者が高齢になっているのもその思いを強くしている気もする。そんな折、今年4月、名バイプレイヤーのリチャード・ン(呉耀漢)の逝去を知った。享年83歳。

彼が本格映画デビューをしたのが、TV時代から親交のあったマイケル・ホイの『Mr.Boo!ミスター・ブー』(76)なので、当然の年齢なのだが、やはり悲しい。名前だけでは顔が思い浮かばない人も、『五福星』(84)の5人の一人とか、ほかの“福星”シリーズなどに多く出演していた色黒でアゴがしゃくれてる人といえばわかってもらえるかと思う。

主演を邪魔しないが記憶には残るほどよい匙加減で笑わせてくれる喜劇役者だったのは確かだが、アート系の作品にも少なからず出演していて、心に染み入る名演を見せてくれてもいた。なかでも疎遠な母娘の仲を取り持つ役回りを温かく演じた『黄昏のかなたに』(89)は忘れ難い。そして近年では実話の映画化『小さな園の大きな奇跡』(15)での幼稚園児の老齢の父親役で泣かせてくれた。遅ればせながらご冥福をお祈りいたします。

 

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