松本大洋『東京ヒゴロ』 人は表現を生きるのか【世田谷ピンポンズ連載2023年4月】

世田谷ピンポンズによる書評連載。毎月気になった書籍を、彼の持ち味である、生活感のあるノスタルジーが散りばめられた文章でご紹介。今回は松本大洋『東京ヒゴロ』。

 

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人は表現を生きるのか

 

文/世田谷ピンポンズ

 

先日、二晩続けて偶然、別の知人と松本大洋の話になった。知人の一人は最近松本氏と仕事をし、初めて御本人にお会いしたらしい。知人曰く

「松本さん、少しだけピンポンさんに似ていましたよ」

もう一人の知人とは松本氏の漫画の話で盛り上がった。その知人は『SUNNY』こそ氏の代表作だとかなり惚れ込んでいた。話を聞いているうちに僕は『SUNNY』が読みたくて仕方がなくなった。

そもそも「世田谷ピンポンズ」という名前は僕が松本氏の作品の中で最も敬愛している『ピンポン』にかなり影響を受けている。高校生のころにこの漫画に出会い、それ以来、折につけて何度も読み返してきた。そのときに自分を鼓舞してくれることばが物語のそこここにあるからだ。実家の本棚には手垢がついてボロボロになった『ピンポン』がいまもささっている。

 

松本大洋の最新作『東京ヒゴロ』は毎回単行本が出るのを楽しみにしている漫画のひとつだ(現在、二巻まで発売中)。物語は漫画雑誌の編集者である主人公の塩澤が小学社という大手出版社を退職したところから始まる。塩澤は東京で文鳥と暮らしている。夜にはシャツにきれいにアイロンをかけ、早朝から住んでいるマンション(どこか銀座の奥野ビルを彷彿させるいい感じの建物)の掃除をするなど規則正しい生活をしている。その真面目さは彼の漫画愛に満ちた姿勢にも顕著に現れていて、様々な漫画家たちから愛着を持って受け入れられている。彼は自身が立ち上げた漫画雑誌が廃刊になったことを理由に退職を決め、これを機に漫画の世界からも離れようとしている。

 

雨。その日は塩澤が編集者になって初めて担当を任された立花礼子の葬式。作家の仕事場に通された塩澤は、そこでこの世からいなくなったはずの立花と再会する。

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