広島 チンチン電車の走る街で【2022年8月 世田谷ピンポンズ連載「感傷は僕の背骨」】 

文/世田谷ピンポンズ 題字イラスト/オカヤイヅミ 挿絵/waca

 

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「新しいギターが見つかったんだ。ようやく俺らも動き出せるよ」

一杯目のビールですでに顔を真っ赤にした先輩が言った。

「いま出ているライブもさ、うまくいったら埼玉かなんかのローカルテレビ番組のテーマソングに使ってもらえるみたいでさ、バンド名も新しくしたし、本当にここからだよ」

どこにでもある大衆居酒屋のガヤガヤとした喧騒の中、先輩は息巻いている。

先輩、その話、僕のところにもよく来るフィッシング詐欺みたいなライブハウスのメールで見ましたよ。口当たりのいい言葉を羅列して、結局高いノルマを払わせる悪質なライブハウスの常套手段じゃないですか、喉先まで出かかった言葉をアルコールと一緒に飲み込む。上手くいかないバンド活動の焦燥のその先に確かに先輩は光明を見ているように見えた。

一緒に喜ぶふりをして酒を飲み、つまみをつまんで、与太話に花を咲かせる。結局、僕は先輩のバンドのことなんて何も真剣に考えてなどいなかったし、他人事だったのだろうと思う。その後、色々あって先輩はバンドを辞め、広島へ帰ることになった。

 

「えっ俺ってこんなに頭のてっぺん薄いの!? ほそや、これ見てよ。やばいよ!」

監視カメラの映像を見ながら先輩が言った。

当時僕たちが働いていた三軒茶屋の書店ではレジ誤差が出たとき、バックヤードで監視カメラを確認する作業があった。四台並んだレジのうち、誤差が出たレジの金銭のやりとりを二人でひたすら確認していく。レジを上から映した映像が延々流れる。

「あっ、先輩。いま一万円だったのに、五千円受け取った感じでお釣り返しちゃってますよ。きっとこれですよ」

「あ、う、うん」

気の抜けた返事だ。頭頂部のことで頭がいっぱいなのだろう。

「キメの粗い映像だから、そう見えるだけですよ。全然、大丈夫ですよ」

実際は金銭のやり取りが細かく見えるくらいの映像だ。

「うん。ま、そりゃあそうだね」

気休めにもならない僕の言葉で、しかし先輩は息を吹き返した。

出会ったころ、先輩は二七歳、僕は二四歳くらいだった。仕事のあとや休憩中、二人でよくめしや丼(現・やよい軒)や日高屋に行った。そこで先輩はおかわり自由の白米や、ピリ辛とんこつねぎラーメンとライスのセットをもりもり食べた。僕は彼があまりにも白米を食うので、白米を食うことが何だかとてもかっこいいことだと思って、とにかく白米を食べるようになった。そして二人ともどんどん太っていった。

バイトの帰り道、よく三茶から若林まで歩いて、先輩のツタの絡まった安アパートに寄ってはダラダラしゃべった。異様に狭く薄暗い階段を昇って部屋に入る。至る所に埃がたまっていて、いつだったかSEIYUに一緒に買いに行った本棚代りのクリアボックスが角の方にぶん投げてあった。布団はクタクタに萎えしぼんでおり、シンクには蜘蛛の巣が張っていた。そんなアパートは東京そのもので、ピリ辛とんこつねぎラーメンとライスのセットは先輩そのものだった。

 

 

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