観る年齢によって感じ方も観方も違ってくる面白さを感じられる映画『フィッシャー・キング』本郷みつる 第2回【連載 アニメ人、オレの映画3本】

初期の『クレヨンしんちゃん』を支え、『本好きの下剋上』や『ぐんまちゃん』を手掛けるベテラン監督、本郷みつるさんの2作目、行ってみましょう!

取材・文/渡辺麻紀

『マイ・フレンド・メモリー』本郷みつる 第1回

「『アニメ人、オレの映画3本』」の記事
  • “ながら観”していた、仕事の手が止まるほど面白かった『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』平松禎史 第3回【連載 アニメ人、オレの映画3本】
  • ヒッチ作品の魅力が詰まった初期作品『三十九夜』平松禎史 第2回【連載 アニメ人、オレの映画3本】
  • いろんな意味で初めての体験になった『未知との遭遇』平松禎史 第1回【連載 アニメ人、オレの映画3本】
もっと見る

<プロフィール>
本郷みつる(ほんごう・みつる)●1959年東京都生まれ。アニメ演出家、アニメ監督。亜細亜堂を退社後、フリー集団「めがてんスタジオ」を結成。映画『クレヨンしんちゃん』シリーズ(1993年~)をヒットさせる。監督作にテレビアニメ『キョロちゃん』(1999~2001年/テレビ東京)、『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』(2016~2018年/フジテレビ系)など多数。

ギリアムのこだわりや映画愛もわかる。でも、実際に一緒に映画を製作することになったら…

――1作目の『マイ・フレンド・メモリー』(1998年)はアーサー王伝説に関係していましたが、2作目もアーサー王がらみですね?

そうです。テリー・ギリアムの『フィッシャー・キング』(1991年)です。タイトル自体がアーサー王伝説に登場する王様の名前で、決して癒えない傷を負った君主を癒すために臣下たちが聖杯を探すという話。これをモチーフにしているので、聖杯も騎士も登場する。

――自分の扇動的な言葉のせいで、リスナーを殺人犯にしてしまったジェフ・ブリッジス扮する人気DJは落ちぶれ、ビデオ屋のおねえさんのヒモ生活を送っている。そんなとき、その事件で愛妻を失い、心を深く病んで浮浪者になってしまった男ロビン・ウィリアムスと出会い、何とか彼を幸せにしてあげようとする……というストーリー。そこに、ウィリアムスが聖杯と思い込むアイテムも出て来ますので、確かにフィッシャー・キングの伝説を踏まえていますね。

ギリアムのキャリアは、モンティ・パイソンのアニメパート担当から始まり、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年)では共同監督。アーサー王とは近い印象なんですが、この作品の脚本はギリアムじゃない。リチャード・ラグラヴェネーズという人のオリジナルです。アーサー王だからギリアムに頼んだのか、どれくらいギリアムがいじっているのかわからないんですが、彼の作品のなかでは一番いいし、バツグンに面白い。

――私もギリアムは好きな監督のひとりなんですが、実のところ『フィッシャー・キング』が一番好きですね。

やっぱりバランスが取れていると思いません? 物語、セリフ、映像、そして役者と演技。それらがきれいに収まっている。ファンタジーと現実のバランスもいい。聖杯と騎士が出てくると言っても、ロビン・ウィリアムス扮する心を病んだ男の妄想のなかにですからね。ギリアムでもっとも落ち着いた作品かも。

――それはわかります! 私はセリフが大好きでしたね。とりわけビデオ屋のおねえさん、マーセデス・ルールのセリフ。「一緒に暮らしていても遠く離れているふたりもいれば、世界の果てと果てに住んでいても側にいるふたりもいる」云々とか。普通の人が人生の真実を語るような瞬間にヨワいんで(笑)。

勉強で学び、本で読んだこと、人から聞いたことじゃなくて、自分で見つけた言葉だからですよ。自分自身の経験や、自分が目撃したからこそ生まれた言葉だから説得力があり、本質をついている。

何度も観ているんですが、最初に観たときはそれほどピンと来なかったけど、年を取ってからのほうが余計にしみますね。私もやっと、いろんな人の立場が分かるようになったのか、って(笑)。

――私も今回、久々に観直して心にしみまくりました。

映像もいいですよね。日常にふと非日常が忍び込んでくる感じ。そのバランスも見事。たとえばニューヨークのグランドセントラル・ステーションで突如、ミラーボールが回り、音楽が流れてみんながワルツを踊り始める。脚本ではどういう表現になっていたのか分かりませんが、ギリアムだからこそなんじゃないかと思いましたね。

――私もそう思いました。あとは中華料理屋のシーン! ブリッジスとルールが、ウィリアムスの恋を手助けしようと、アマンダ・プラマー扮する彼が憧れている女性とのデートをセッティングする。

あのシーンもきれい。ウィリアムスとプラマーが、テーブルに落としたブロッコリーを箸で転がし合って楽しむ。そのシーンの切り取り方がファンタジーしていて、本当に愛おしくなる。ブリッジスがこのふたりをどうにかくっつけようと思う気持ちが伝わって来ますよ。

本当に役者がみんなハマり役ですよね。頭がおかしくなって浮浪者になった男はウィリアムスしか出来ないと思ったし、過激で悪者的なところもあるけど、そうはなりきれないいいヤツのDJにはブリッジスしかいない。女優さんふたりも驚くほど適役で、この4人、最高じゃないですか?

――素晴らしいですよね。

この作品は4人がいないと成り立たない。ブリッジスとウィリアムスだけでもダメで、ブリッジスとルール、ウィリアムスとプラマー、この4人、2組のカップルがいないと成立しないストーリー。そういう映画も珍しいし、しかもその4人がすべてハマり役というのもまずない。本当に見事なキャスティングですよね。

――ビデオ屋のおねえさんに扮したルールがアカデミーの助演女優賞を獲得しましたね。

そうなんだ。私は全員にあげたいくらい。浮浪者たちも含めて。みんな個性的でよかったですよ。

――私は歌う、ゲイの女装した浮浪者のおじさんがよかった。あの人が歌うシーン、もう泣けちゃって。

あのおじさん、出番は少ないけどインパクトが大きくて、最初に観たときはちょっと引いちゃったんですが、いまはいいなって。やはり映画って観る年齢によって、感じ方も観方も違ってくるのが面白いと思いますね。

――確かに! まるで違うときもありますから。子供の頃は最高だと思っていても、いま観ると何でこれが好きだったの? というのもあるし。

あるある(笑)。

――本郷さん、ほかのギリアム作品はどうですか?

ほとんど観てるんじゃないかなあ。それこそBOXセットもってるくらいモンティ・パイソンが大好きだったので、その頃から知ってましたし『バンデッドQ』(1981年)や『未来世紀ブラジル』(1985年)、『バロン』、最近『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(2018年)まで観てますね。監督作じゃないけど、彼が出演している映画のメイキングドキュメンタリー、『ロスト・イン・ラ・マンチャ』(2001年)も観てる。あのドキュメンタリーは、いかに映画製作が大変なのかが分かるのでとても面白い。

なかでも『未来世紀ブラジル』はよく憶えている。主人公と女性がデートするシーンがあるんですが、そのときの女性のセリフが「気にしないで、私もあなたのこと嫌いだから」って。上から目線で女性がボソっと言うのが心に残ってるなあ……って、ギリアム映画って意外とセリフがいいのかも。

――でもギリアム、なかなかのトラブルメーカーなので、映画を撮るチャンスをなくしている感じはしますよね。

『バトル・オブ・ブラジル』(『バトル・オブ・ブラジル:『未来世紀ブラジル』ハリウッドに戦いを挑む』)という『未来世紀ブラジル』のファイナルカット権を巡るノンフィクションを読んでも、彼と組むのは大変なことが伝わって来る。映画作りにすべてを捧げているからこそ、自分の意見を通すためにはバトルする。

その本自体は大変面白いし、ギリアムのこだわりや映画愛もわかる。でも、実際に一緒に映画を製作することになったら、かなり大変なおじさんなんだろうなという感じはしましたね。

――そういうこともあるから、なかなか映画を撮るチャンスがないのかもしれないですね。同書にも書かれているリドリー・スコットは、そういうトラブルを避けている感じなので、いまだにメジャーで映画を撮り続けていられるのかもしれない。

そういうテリー・ギリアムのもっとも元気のあった時代の傑作が『フィッシャー・キング』。面白い映画はみんなに勧めたくなるものだけど、本作はまさにそんな1本ということですね。ぜひとも、みなさんに観てほしいです。

イラスト/本郷みつる

<解説>
テリー・ギリアムが3つの“禁足”を破った快作

『フィッシャー・キング』
The Fisher King/91年/米/137分
監督:テリー・ギリアム
脚本:リチャード・ラグラヴェネーズ
撮影:ロジャー・プラット
出演:ロビン・ウィリアムス、ジェフ・ブリッジス、マーセデス・ルール、アマンダ・プラマー

過激な発言で人気の高いラジオDJジャック(ジェフ・ブリッジス)はあるとき、常連のファンに、殺人を扇動するかのような言葉を浴びせかけ、あろうことかそのファンは実際に無差別殺人を起こしてしまう。それから3年、DJを辞め、ビデオレンタルショップを経営するアン(マーセデス・ルール)のヒモ生活を送るジャックはひょんなことで浮浪者のバリー(ロビン・ウィリアムス)と出会う。そのバリーこそは無差別殺人によって妻を殺され、頭がおかしくなった男だった。はからずもジャックは、自分の忘れたい過去と向き合うことになる。

テリー・ギリアムには映画製作における3つのルールがあるという。その1、自分の脚本以外は使わない。その2、メジャースタジオでは仕事をしない。その3、アメリカでは撮影をしない。この3つすべてを破って作った作品がこの『フィッシャー・キング』。他人の脚本だとは言え、あまりにもテリー・ギリアムらしいストーリーだったから断り切れなかったと言われている。実のところ、監督候補としては、かのジェームズ・キャメロンの名前もあったというが、キャメロンは先に『ターミネーター2』の撮影が決まったので、こちらを諦めることになったという。もしキャメロンが監督していたら、聖杯を盗み出す、ケイパーフィルムになっていたのではないかと言われている。

また役者も、ジャックにはケヴィン・クラインやブルース・ウィリス、アンにはエレン・バーキンらの名前があがっていたというが、最終的には今回の顔ぶれに。一番理想的な形で収まったことになる。

本作はアカデミーではロビン・ウィリアムスの主演男優賞、マーサデス・ルールの助演女優賞、脚本賞、美術、音楽の5部門でノミネート。ルールが助演賞に輝いた。ギリアムの映画で、これだけ賞に関わった作品もないかもしれない。

 

0
Spread the love