好きでい続ける【大根仁 6月号 連載/最終回】

おおね・ひとし●ドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』、Netflix、Hulu、U-NEXT等で全話配信中。監督・脚本を務める映画『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE』が8月4日公開。

昨年放送されたドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』、先月5月17日に恵比寿リキッドルームで上映された映画(と言い切ってしまう理由は後述)『坂本慎太郎LIVE@キャバレーニュー白馬』、自分が監督を務めたこの二本の作品で、どうやらオレはある種の到達点に届いてしまったような気がしている。

20歳でこの業界に入り、ADとしてスタートし、ディレクターになったのは24歳の頃。今はドラマと映画の監督として活動しているが、そのキッカケとなった深夜ドラマを撮り始めたのは30歳を過ぎた頃だ。それ以前は自分でもどうかと思うほど多ジャンルの仕事をしてきた。カラオケビデオから始まって、情報バラエティ、クイズ番組、健康番組、子ども向け音楽番組、ライブビデオ、ミュージックビデオ、スポーツドキュメンタリー、海外旅番組etc etc……。今の時代だったらボコボコに叩かれそうな、ここには書けない人の道から外れたドブ板仕事もたくさんやった。正直、どれもこれもが自分ではピンときていなかったが、当時は何も考えずに、とにかくオファーされる仕事こそが自分の実力と言い聞かせて、手だけは抜かずに、ひたすらに撮って、編集して、納品して、次の仕事へ。その繰り返しだった。

「お前いつかドラマとか映画を撮れると思ってるだろ? 絶対無理だからな」死んだ目の先輩ディレクターに言われる度に「まあ、そっすよねえ」とヘラヘラ答えていたオレだが、心の中では「てめえとは持って生まれたセンスが違うんだよバーカ」と唾を吐きかけていた。根拠なき自信は若者の特権だが、今振り返ってもなぜあれだけ自分の将来に一抹の不安もなく、「まあこの仕事はセンスだけじゃやっていけないから、20代は経験とテクニックを身につけて、30代からドラマを撮って、40歳を過ぎる頃から映画だな!」とか呑気な夢想をすることができていたのか、わからない。そして実際にそうなったわけだが、これはもちろん綿密な計画の元に行動してきたわけでもないし、自慢をしたいわけでもない。ただ、どんなにつまらない仕事をしている時も、燻っていた時も、忘れずにいたことがある。

それは「好きなものを、好きでい続ける」ということだ。

オレが好きなもの、それは音楽・映画・テレビ・漫画・雑誌を中心としたその他諸々のオルタナティブな表現、まあ言ってしまえばサブカル全般だ。サブカルが好き。それだけは捨てずに、観て、聴いて、読んで、感じて、ワクワクして、わー!こういうのオレも作りたいなあ!! その気持ちだけはずっとキープし続けていた。夢を諦めなかったとか、踏ん張ったとか、そういうことではない。本気で好きでい続けただけだ。

映画『花束みたいな恋をした』で、道半ばでイラストレーターになることを諦めてしまう菅田将暉演じる主人公を観て思ったのは「あ、こいつ本気でイラストが好きじゃなかったんだな」だった。本気で好きなヤツは、その夢が叶おうが叶うまいが、やめないよ。つまりは、才能ってのはとどのつまり、本気かどうか? なんじゃないですかねえ。数々の天才を目にしてきて、自分との差に何度も何度も打ちのめされて、才能の無いことには絶対に自信を持つオレが言い切ってしまいますよ。

ドラマ『エルピス』は、先日発表された2022年度ギャラクシー賞大賞受賞という、いわば「去年放送された全てのテレビ番組の中で、最もクオリティと志が高かった作品」という評価を得て、これ以上はない大団円で区切りをつけることができた。オレにとっても、誰も観ていない深夜ドラマという荒地から始まって、NHKからテレビ東京まで全ての局でドラマを作り、“数字は保証しないがクオリティだけは負けない”という謎のモットーでやってきた20数年間の、ある種の区切りであり、最高到達点となった。そして『エルピス』を制作したプロダクションや現場スタッフが、テレビ局紐付きではなく、すべて外部のオルタナティブな体制で作られたということも痛快だった。さらに脚本・渡辺あやはオレが現役脚本家の中で最も好きな人であり、民放ドラマとは無縁のオルタナティブな存在だったということも付け加えておく。

『坂本慎太郎LIVE@キャバレーニュー白馬』は、昨年の坂本慎太郎ライブツアーで、熊本にある現存する日本最後のグランドキャバレー「ニュー白馬」で行われたライブを16ミリフィルムカメラ複数台で撮影し、3画面マルチスクリーン・ライブサウンドミックスで上映するという、間違いなく世界で誰もやったことのない形式の“映画”だった。何を持って“映画”とカテゴリーするのは難しいことだが、オレにとっては、映画館で上映されるものだけが映画ではなく、【不特定の人たちが集まり、巨大な画面に映し出された映像を一緒に観て、時間を共有する行為】それこそが“映画”なのだ。

5月17日に恵比寿リキッドルームで行われた上映は2回、1回目は機材トラブルなどあって、不本意なものとなってしまったが、それでも3面スクリーンに向かって盛り上がり、歓声をあげ、踊るお客さんを観て、何度も鳥肌が立った。完璧な状態で上映された2回目は観ている間ずっと夢心地だった。16ミリフィルムの朧げで酩酊感のある美しい映像、実際のライブ以上にダイナミックな音質と音圧、スクリーンに向かって盛り上がる観客、自分が求める“映画体験の理想型”が、そこにはあった。そしてスクリーンに映し出される坂本慎太郎は、電気グルーヴと並んでオレが最も好きなミュージシャン。こんな幸福あるかいな!

テレビドラマと映画、子どもの頃から夢中になり、それが自分の仕事となって、幾度も失敗し、何度か手応えを感じ、様々な人たちの手助けを得て、ようやく自分で納得ができる作品が作れるようになって、そしておそらく現在のキャリアの最高到達点にたどり着いたのがドラマ『エルピス』と、映画『坂本慎太郎LIVE@キャバレーニュー白馬』だ。

さて、次の最高到達点はいつ、どんな作品になるだろうか。さすがに歳も取ったし、体力も気力も落ちてきた。だが、好きなものを好きでい続けていることさえやめなければ、またいつか、そこにたどり着けそうな気がしている。

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