おおね・ひとし●ドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』、Netflix、Hulu、U-NEXT等にて全話配信中。監督・脚本を務める映画『しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE』が、8月4日公開予定。
5月3日から全世界で配信が始まったNetflixオリジナルドラマ『サンクチュアリ -聖域-』。北九州育ちの極悪の不良が一攫千金を狙って相撲力士になるという粗筋は、オレにとって生涯最高の漫画であり、漫画界の至宝ちばてつや先生の最高傑作『のたり松太郎』を彷彿させるが、本作は実写ドラマ・映画では再現不可能と思われていた大相撲の世界を、リアリティと程よいケレン味をミックスさせて見事に表現している。
スポーツ・格闘技をフィクションとして描くのが難しいのは、当たり前だが選手やアスリートたちの競技・実戦・身体表現が本物には絶対に敵わないということだ。相撲モノで成功した例といえば『シコふんじゃった。』が唯一思い浮かぶが、あの映画は学生相撲の、しかも弱小チームという設定自体がいわば『がんばれ!ベアーズ』ジャンルに属するものであり、対して大相撲の世界にガチでぶつかっていった『サンクチュアリ -聖域-』は、初めて成功した相撲モノと言い切ってしまいますよ、オレは。
冒頭、主役の新人力士・小瀬清/猿桜がボコボコにしごかれる稽古場のシーンから始まるが、同部屋の先輩力士たちの体躯・動き・在り様が、力士そのものにしか見えず、綿密な取材によって作られたであろう相撲部屋セットのリアリティと共に「この作品、信用できる!!」と思わせてくれる。素質は弩級ながらもまだ技術が身に付いていない猿桜の筋肉の付き方も見事だ。元大関の親方・猿将を演じるピエール瀧は、実際はかなりの大柄だが、この相撲部屋のシーンで小さく見える。観ている側のパース感が狂うというか、明らかに尋常でない世界の扉が開く、素晴らしいオープニングシーンだ。
とんでもない素質を持ちながらも、競技そのものには興味がなく、元来の不良性から地道な練習をサボり、なかなか本気にならないという設定はよくある。文頭で触れたちばてつや作品でいえば『のたり松太郎』も『あしたのジョー』も『おれは鉄兵』も全部、主人公たちの目覚めまでにたっぷりと時間を使っている。これは連載漫画という、主人公の成長に長い時間をかけられるフォーマットの特性であり、本作も連続全8話の序盤1〜2話の約100分をかけて、清/猿桜が相撲に目覚めるまでの過程を描いている。
そして才能表現において重要なのは、その才能に気づく者たちのリアクションである。親方のピエール瀧、同部屋力士の相撲オタク染谷将太、新聞記者の忽那汐里がそれを担っているのだが、この3人の「周りはまだ認めていないが、自分だけはその天賦の才能に気づいている」という表現が抜群に上手い。特に染谷将太はこのテの芝居をさせたらワールドクラスと思う。映画『聖の青春』でも、どうしようもなく将棋が好きなのにその世界からは弾かれてしまう役を演じていたが、染谷将太自身が同世代の役者に「こいつには敵わない」と思われている天才役者というアンビバレントも含めて、心底感心してしまう。1話ラストで、部屋から逃げ出そうとした清を必死に引き留めるシーンは、本作序盤の白眉ともいえる名シーンだ。
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