上野 君は自分で家を建てたいと言った【2022年4月 世田谷ピンポンズ連載「感傷は僕の背骨」】

文/世田谷ピンポンズ 題字イラスト/オカヤイヅミ 挿絵/waca

https://tvbros.jp/setapon/

約束の時間はとうに過ぎていた。JR上野駅公園口に何度も目をやる。そわそわと落ち着きのない僕の横を老若男女入り乱れながら通り過ぎていく。

ガラケーが珍しく鳴った。親か、いつもの迷惑メール、こちらから連絡しない限り全く連絡をよこさない地元の友達、もしくは親しくもない友達からのワンギリか。二〇〇〇年代初めにはまだかろうじて友達同士で電話をかけ合いワンコールで切り、お互いに着信履歴を残す「ワンギリ」という謎の文化が残っていた気がする。普段は付き合いのないような友達から着信が残っていても、何も考えず当たり前のようにワンギリし義務を果たす。それで終わりだった。好きな人にワンギリして返事をもらう、みたいな心浮き立つ意味もあったにはあったらしいけれど、僕にはそれはなく、ほとんど不毛なコミュニケーションだった。それでも淋しくてどうしようもないとき、自分からワンギリをした。返信は条件反射みたいなものだったから、彼らはいつも返してくれた。ガラケーに残る「着信あり」の表示を見ていくら安堵してみても、彼らと実際に会うことは決してないのに、あの頃はそんなことで淋しさを紛らわすことが少しはできた。

 

君から届いたメールを開く。君と出会ってからは、僕のガラケーは君との生命線になっていた。

「いま田無を出たから、あと一時間くらいはかかりそう。ごめん(-_-)zzz」

顔文字が眠っている。君はさっき起きたところだろうか。

「全然、大丈夫! 気をつけて(^^)」

僕の顔文字は僕よりも笑っている。

君は絵描きで、その頃、田無に住んでいた。僕は田無の場所を知らなかったから、そこが上野から遠いのかどうかも分からなかった。現在のようにすぐにググったりはできなかったので、僕はきっと少し準備が遅れてしまっただけでも、田無から上野に出てくるのはとても大変なことなのだろうと思った。

時間つぶしに上野公園を歩き回る。幾人もの大道芸人が公園の至る所でパフォーマンスをしていた。大きな一輪車や空に放り投げられた無数のカラフルなボール。予定調和のピエロがおどけてみせる。拍手喝采のその横を早足で通り過ぎた。正岡子規記念球場では草野球の試合が催されている。球場を使用するプレイヤー達よりも、むしろひとりすました僕のほうこそ、教科書で見知ったあの正岡子規の横顔をしていたかもしれない。

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