御茶ノ水と神保町 重なる道と重ならないせいしゅん【2022年2月世田谷ピンポンズ連載「感傷は僕の背骨」】

文/世田谷ピンポンズ 題字イラスト/オカヤイヅミ 挿絵/waca

 

「このあたりがお父さんが大学時代を過ごした街なんだよ」

少しだけ興奮して話す親父の声を僕の右耳はさらっと受け流す。

小春日和の東京。中央線・快速が神田川沿いを走っている。高校に入りたての頃だっただろうか。当時、路上ライブから火がついて、あっという間に時代の寵児となったフォークデュオの影響ですっかりシンガーソングライター気取りだった僕は、土日を利用し、親父と御茶ノ水の楽器屋を目指して東京に来たのだった。この日、御茶ノ水でフォークデュオの片方が初期の頃に使っていたタカミネのアコギを見つけると、僕の頭の中には逆にもう東京なんてなくなってしまった。特急に乗って二時間もかからずに地元へ帰る。誰もいない実家の二階の部屋に僕のステージがあった。中央線はただの移動手段。まだ東京と自分が結びついていなかった。

 

お茶の水橋から臨む神田川の景色を好きになったのは大学生になってからのことだった。当時、金曜日の講義は六限まで入っていたけれど、早起きして一限に出るともう何だか満足し、かつ投げやりな気持ちにもなって、あとは自由に東京の好きな場所へひとりで遊びに行っていた。うっちゃらかした講義の数が多いほど解放感もひとしおだったけれど、それでも単位を落とすことはなかった。手帳の後ろに書かれた講義を休める回数をしっかりと確認して電車に飛び乗るからだ。いつでも無理は決してしないのだった。

神田川に沿って駅に入る中央線のオレンジが何度も交錯する。嫌でも絵になってしまう光景に強く東京を意識した。この風景にはそれだけで物語がある。一人前に何かを憂いたような顔をしてみては欄干にもたれる。自分には色恋も夢も何にもない。悩みなんてないということがあの頃の僕の悩みだった。

明大通りを下って神保町へ。願書を出していたのに、結局受けなかった明治大学。三省堂書店本店や書泉グランデにはよく漫画を買いに行った。のちに好きになる古本にはこの頃まだほとんど興味がなかった。

御茶ノ水と神保町を歩くことがとにかく好きだった。回数から言うと神保町から御茶ノ水方面への方が多かったと思う。当時住んでいた三軒茶屋からは半蔵門線で二十分弱、休日には歩行者天国ができて賑わう三軒茶屋の街を離れて、神保町まで来ると、人はそんなに多くはなく、古書街もあって一人で行動する人が多いように思えた。神保町へ来ると安心した。

 

 

「友達とパチンコ屋から出てくるとさ、うしろから石が飛んできたんだよ」

親父は御茶ノ水と神保町の間くらいにある理系の大学に通っていた。

「いわゆるノンポリってやつで、政治には無頓着だったんだけど、周りは学生運動が盛んだったからさ」

親父に青春みたいなものがあったことに想像が及ばない。しかし確かにあったはずのそれをなぞるように、親父がよく歩いたであろう界隈を偶然、僕も歩いている。

うしろから石が飛んできた経験が僕にもあった。

中学生の頃、休日に家でぬくもっていると友達から呼び出しの電話がかかってきた。指定された公園に行くと、当時付き合っていた彼女と女友達、僕の男友達数人がいた。友人関係で悩んでいた彼女のことを心配した彼らが気を利かせて、みんなで遊ぼうということらしかった。しかし僕は男友達から「ちゃんと悩みを聞いてやれよ」と言われるまで何のことかも分かっていなかった。それが彼らにとっては歯がゆかったのだろう。僕と彼女はせいぜい一緒に帰ったりするくらいで、二人のパーソナルに深く入り込むようなことは一度もなかった。付き合う友達が変わったなとか、一人で教室を出てきたのを何度か見たことがあったけれど分からなかった。僕はいつも自分のことしか考えておらず、周りはどんどん大人になるのに、いつも取り残されたまま、それで何とかなってしまっていた。

「大丈夫?」と聞いた瞬間に彼女が泣き崩れ、僕はひどく狼狽した。慰め方などもちろんわからないし、たまたま彼女とグレーのパーカーが被ったことなんかがひどく気になって、ずっと黙って彼女の横に座っていることしかできなかった。遠くからは友達のはしゃぐ声。

「聞いてくれてありがとう」

少しして彼女は笑った。こんなふがいない自分に笑いかけてくれたのだった。

「ひゅん」

飛んできた石が僕の右肩すれすれを通って、そのまま前方の地面を滑った。

振り返ると男友達がゲラゲラ笑っている。みんな笑っているから怒れない。ふやふや口を歪ませたまま彼女と帰った。

石は無頓着に向って投げられたのだといまは思う。人に対し無頓着であるという罪に向って投げられたのだ。だから僕にもノンポリだった親父たちにも石が飛んできた。いまも僕はあの時投げられた石の鋭さを覚えている。

 

京都に移住しても、ライブなどで東京を訪れるたびに神保町と御茶ノ水の間を歩いた。

すっかり古本の楽しみを覚えていた僕にとって、神保町は輪をかけて魅力的な街になっていた。古書街や三省堂書店本店などで購った小説を喫茶店でパラパラとめくる。こういった楽しみを知ったのだった。さぼうる。ラドリオ。伯剌西爾。神保町には魅力的な喫茶店が軒を連ねている。店主がおっかないと聞いていた田村書店でおそるおそる上林暁の本を買ったこともあった。店主は丁寧に梱包してくださった。ラドリオの奥にあるひとり用の席でカレーをぱくつきながら、そっと買った本を紐解いたことを覚えている。そんな田村書店の店主も昨年亡くなったときいた。

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